| 日本のBar |
初めての「リーチバー」は、おびえながら入った。陶芸家として一家をなしたイギリス人、バーナード・リーチが、自分の希望をすべて述べ、和風建築で知られた吉田五十八が「そっくりもらって」形にした酒場だと。そう聞くだけで、おそろしい。そんなだいそれた場所でお酒をのむのかよぉ。よたりたくもなる。 入ってしまえば、木をふんだんに用いた、気持ちのいい空間であった。穏やかな空気が流れる。しかし、長いカウンターに向かいかけて足が止まる。低い背もたれの付いた、高脚の「止まり木」が恐れ多く、傍らのテーブル席に坐り込んでしまった。この行動が、その後の成り行きを決めた。 注文したのは、スコッチのソーダ割。すると、ウィスキー、ソーダ水、氷がそれぞれ別々の容器で運ばれてくる。予想外の展開になった。これが流儀かといぶかりつつ、自分でハイボールをつくる。気に入らない。上手にできないよー。 しかし、後で、チーフバーテンダーの古澤孝之さんの話を聞くと、かならずしも「客にお任せ」ではない。 「はじめから、こちらが踏み込んでいかずに、お客さん好みのお酒を楽しんでもらいたい。同じハイボールでも、ソーダの注ぎ方ひとつで味が変わります。もちろん、店の味をとのご所望なら、おつくりします」 当方も、あのとき怖じ気を振るわずカウンターに向かいさえしていれば、お酒をつくっていいかどうかを、バーテンダーが尋ねてくれたはずだったともわかった。 さらに、古澤さんは、こうも言う。「私の頭のなかに、お客さんひとりに1枚ずつのカードが入っているようなものです。そこには、その人の好み、人柄、細かい日々の事々が書き込んであります。お見えになると、そのカードをめくり、さらに、その日の表情、顔色を確かめながら、状況に合ったお酒をつくる。結果、おいしいねと言われることを目指すのです」 イチゲンの客を見抜くのは無理だけれど、2度目に足を踏み入れてもらえば、もうカードが頭に入っているから、客の好みに沿うつくり方ができるはずだという。 古澤さんの人生の時間が、バーを訪れる客ひとりひとりのカードを繰りながら、過ぎていく。 もっとも、このヴェテランも30年あまり前は、客のおもちゃにされる、新米ウェーターであった。バイトで入ったバーでのこと。客がメニューを指さし、「このカクテルには何が入っているのか」と尋ねる。なにもわからない新人は、あわてて先輩に訊いてきて答える。すると、「じゃ、これは?」と、またやられる。 3度、4度とつづくと、さすがに遊ばれていると気づく。くやしい。すぐにカクテルブックを買い、レシピを必死に暗記しはじめた。これがきっかけで、カクテルの虜になったという。 一流バーテンダーへ背中を押されたと思えば、いじわるな客も天使かな? |
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