東京のBar
cafeCalva

 鮎釣りが好きで、娘が生まれると、鮎香と名づけようとした。役所で断られた。漢字の鮎が人名には使えなかった頃という。お父さんはあきらめきれず、ひらがなの「あゆ」で我慢した。
 娘の石原あゆ香さんは、5年前、独立してバーを開くことになり、店名をカフェ・カルバとした。パリで味わったカルバドス入りのコーヒーがたまらなく好きになった。それがカフェ・カルバ。バーの名前には人名のような規制はない。そのままつけた。

 フランス・ノルマンディ地方の人々は、寝起きにエスプレッソをほしがる。飲み終わると、同じカップにカルバドスを注ぐ。コーヒーの残り香を楽しみながら、この酒の甘みを堪能するのだという。寒い地方だから、身体が温まる。

 このバーには、カウンターのなかの台に、蛇口のついたカルバドスの大瓶と、エスプレッソマシンとが載り、客の注文にいつでも応じる。「食事の後に寄ってこれだけで済ます人も、早い時間に夕食をしてきてこの一杯からまた飲みはじめる人も」と石原さん。

 カルバドスは、ノルマンディのリンゴからつくる蒸留酒である。石原さんの店には35種類前後ある。都内でも屈指であろう。年に一度は、フランスへ出かけていく。もちろん、行き先はノルマンディである。蒸留所を巡って歩く。

 行く先々で、自慢のカルバドスを飲まされる。味がわからなくなるくらいに。それでも頑張って十数本は買う。自分でかついで、汽車でパリに戻り、東京へ運ぶ。重くて重くて吐きそうになる。

 帰ってくると、客はしきりに「新酒」をほしがる。この酒は、アルコール度数が40度と高く、ふだんストレートで飲む人は限られている。ところが、このときばかりは生(き)のままで次々に出ていく。

 「ほんとうは残しておきたいものもあるのですが、売れてしまえば、私はまた出かけられますからね」と、このオーナー、いたって快活なのである。

 カルバドスとのつきあいの始まりは20代のはじめという。バーテンダーとして働きはじめたころ、ジャック・ローズが好きになった。このカクテルは、カルバドスを主材料として、ザクロのジュースとライムジュースを合わせてつくる。甘さと香り、それに見事な赤。眺め、嗅ぎ、味わう、三位一体の調和を楽しみつくすことができる。

 ザクロはシロップもあるけれど、石原さんは使わない。実を搾り、保存用に酒を混ぜておくフレッシュ・ジュースを用いる。ザクロが熟するのは、秋である。フレッシュが入らない季節は、ここにはジャック・ローズもない道理である。

 白金の外苑西通り、静かな坂の途中。ある夕べ、ドアを開けると、わずか数席の店内が、インドからの客で埋まっていたことがある。この不思議な光景が、忘れられない。
2006.11.24.


東京都港区白金台5-3-4  
電話 03-6408-0970
営業時間/20時〜翌2時
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休/日曜
カード/ほぼすべて可
カフェ・カルバ1500円 カルバドス1500円〜5000円、ジャックローズ1300円。チャージ500円

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