那覇 スターライト

 窓に面して、長いカウンターが伸びている。そこに座ると、市街が一望にできる。ここは、那覇のホテルの10階にあるバーである。

 アメリカ軍の将校クラブだった時代を含めると、オープンして33年目になる。今年初めまでチーフを務めていた先輩は、勤続13年のヴェテランであった。上地忠信さんは、この人からバーテンダーの基本を叩き込まれた。

 20歳のとき、このホテルに採用され、望んでバーに配属になってから6年。いまは他のバーに移っていった先輩から教えられたことは数え切れない。なかでも、もっとも衝撃を受けたのは、次のような発言であった。

 「酒棚に並んでいるボトルには、肩と首はあるが、かわいそうに頭がない。だから話ができない。そこでバーテンダーは、代わりにボトルたちの個性を把握して、お客さんに紹介するのが仕事になる。それぞれの性格、気質、相性をよく理解し、彼らのために仲立ちをしなければいけない」

 上地さんは、先輩のアドバイスを聴きながら、「そうか、酒は単なる酒ではなくて、人間のような存在なのだな。私も、自分の任務を果たすために、はやく客に認められるようなバーテンダーとして立たなければいけない」と思った。

 バーテンダーはまず、もの言えぬ酒のための通訳だとすれば、当然、客としては有能な通訳にお願いしたいわけだから。

 ボトルの気持ちを伝達するのと同じようにか、あるいはそれ以上に手がかかるのが、客の気持ちを知ることである。とりわけ独りの客。酒を自分だけで愉しむためにやってきたのか、それとも話し相手を求めているのか。カウンターに座る瞬間に判断する。人の心は複雑で、それだけにおもしろい。

 外の明るいうちに現われ、酒をゆっくり飲み、陽が落ちると席を立っていく客。その客をわざと無視するのも、バーテンダーのマナーのひとつかもしれない。

 上地さんは、通り一遍の営業が仕事だったら、バーのカウンターに立つことは望まなかったであろう。

 飲み手の気持ちを把握し、人間と人間としてつきあう。それがバーテンダーというものだと思う。

 上地さんは、宮古島の出身である。本島に来るまで、酒には泡盛とビールしかないものと思い込んでいた。そして、泡盛の飲み方は、大人たちが年がら年中やっていた、宮古島流一気飲みが全てだと。

 それは、「親」の采配で、飲み手たちが車座になり、あらかじめ水で割った泡盛を、ピッチャーからグラスに写しながら、隣りから隣りへと一気飲みを延々と繰り返す、究極の飲み会である。名付けて「お通り」と言う。

 上地さんは将来、故郷に帰って酒場を開くのが「最終目標」である。その場合、「お通り」の風習は、バーにとっては強敵にちがいない。自分のペースで飲むということが成り立たないのだから。

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