名古屋 ark BAR

「ぼく、お酒飲めないですし」
 と西川拓真さん(33)は、口癖のように言う。アルコールに弱いバーテンダーは少なくない。その多くは、「でも、お酒が好き」。西川さんもそのひとり。

 このバーテンダー、客にも弱いらしい。「緊張タイプ」なので、初めての客などに相対していて、気分が張りつめ、カウンターのなかで鼻血を出したこともあった。もっともそれは、13年前に、この仕事に就いたばかりの頃のことだけれど。

 ハンディを抱えながら、名古屋のホテルのバーでがんばっていた西川さんに救いの手が、東京・銀座から差し伸べられるのである。救いの神は、銀座のバー「テンダー」の、上田和男さんであった。

 上田さんが出してくれたギムレットに、衝撃を受けた。それがきっかけ。はじめにひとくち、口にしたときの驚きを、西川さんは、次のように話している。

 「最初の口当たり、第一印象がちがう。優しい味わい。お酒なのに、この優しさはいったい何? びっくりしながら、いままで自分がしてきたのは何なんだろう、何をつくってきたのだろうと思ってしまった。これはまるで別もんではないか」

 西川さんは、アルコールに弱いだけに「上田カクテル」の優しさをいっそう強く印象づけられたのかもしれない。同時に、ハンディを抱えた自分でもバーをやっていける道があることを教えられる思いがしたのではないか。

 上田さんのスタイルで行こうと決めてしまい、それからというもの、月に一度は名古屋から銀座に通うようになった。夕方の「テンダー」開店時間から新幹線の最終近くまで、居続け学び続ける。

 3年前、その努力が実った。オフィスビルの元床屋さんのスペースで、バーを開業し、オーナーバーテンダーの道を歩みだした。

 店のバックバーにはめ込んだ大理石の板。この意匠は、上田さんの店に倣ったものである。

 西川さんは、本道を行くバーテンダーのひとりとして、カクテルづくりにこだわる。自分独自の味わいをいかに出すかに苦慮する。結果、つくるのにもっとも気合いの入るカクテルは、ダイキリ、ギムレット、マーティニという。

 理由は、それぞれについていろいろあるけれど、三つに共通しているのは、混ぜる材料が少ないこと。西川さんは、カクテル職人らしく、少ない材料がせめぎ合って、より敏感な味わいを出すことにこだわる。

 この若手が理想とするのは、マーティニが名物の店である。カクテルの王様で客が呼べたら最高ではないか。「だけど、自分のマーティニに、それだけの自信がない」と告白する。

 しかし、もう誰も助けてくれないのはわかっている。心の師匠 (上田さんをそう呼ぶ)にも頼れない。行く手に何が待ち受けるか。不安と楽しみのふたりを連れて。

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