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★国連調査団派遣には疑問がある
ヨルダン川西岸の町ジェニンで、住民虐殺があったかどうかを調べるための国連調査団が派遣されることになった。メンバーには、緒方貞子氏も参加すると、23
日の新聞は伝えている。
しかし、3 月末以来のイスラエル軍の行動を追ってきた者には、この調査団派遣に疑問がある。
おそらく今後、調査の手続きをめぐって、イスラエル側との間に、さまざまの軋轢が生じるのであろうが、その過程で、すでに忘れられようとしている問題の本質から、ますます遠ざかると考えられるからである。
この一ヶ月近くのあいだ、前線のイスラエル軍に見られたのは、兵士たちの精神的な混乱であった。彼らは自分がなんのために、パレスチナ人を追いつめているのかがわからなくなっている。ある者は「蛮行」へ向かって突出し、ある者は命令に服従せず、またある者は逡巡する。
軍隊内部に、戦闘行為へ向かう「ひとつの意思」が認められない。それが「虐殺」の本質ではないか。
この点に関連して、軍事研究の三野正洋氏(日本大学教養・基礎科学教室専任講師)が、昨年1月に刊行された著書『どの民族が戦争に強いのか?』(光人社 2000
円+税)のなかで、興味深い見解を述べている。
以下に引用させていただく。
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中東の現代戦争史に興味を持つ者として、著者は第三次戦争終結以来、イスラエル人の兵士としての資質に変化があるような印象を受ける
それははっきりと言い切る自信はもちろん無いが、兵士(同国の場合、そのほとんどは一般市民)の国家に対する愛国心そのものが低下したのではないかと思われる。
建国、独立、そして国家の存続が問われていた時期において、ユダヤ/イスラエルの人々は明確な目的を持っていたため、紳士に闘い続けた。
パレスチナ、アラブ人の捕虜に関しても、少なからぬ敵意を抱きながらも正当に扱ったといわれている。
しかしここ一○年ほどの紛争においては、捕虜への虐待がたびたび問題になっている。
この状況はイギリス、フランスのテレビ局のクルーの撮影したフィルムによって、世界に報道され、大きな国際問題に発展した。
これまでの政権は、PLO の弱体化を見越して国土の拡大-それはパレスチナ人の土地収奪に直結しているが-に力をいれている。
まさにイスラエルの増長、おごり、力による拡張主義とは言えないだろうか。
このような様相こそ、かつての日本を思い起こさせる。
国家の存亡のかかった日露戦争において、明治維新を終えたばかりの我が国は、勇気を持ち、国際法を厳格に守り、強敵ロシアを完璧に打ち負かした。
捕虜の処遇においてもそれは一点の曇りもないものであった。まさに当時の日本は最強の軍隊を有していたのである。
ところが、その後の増長ぶりと近隣諸国に対する行動は決して首肯されるものではない。
現在のイスラエルとその政策を遠く極東の地から眺めるとき、日露戦争後、急速に変化していった日本の状況が重なり合うのである。(同書
246-247 ページ)
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三野氏の述べるように、兵士のほとんどが「一般の市民」であるという状況を考えるならば、前線の退廃は、イスラエル市民のそれを写す鏡に他ならないであろう。
かつて日本軍が侵攻する満州・中国東北地区に派遣されたリットン調査団は、日本の軍事行動の正当性を否認する報告書を発表したが、事態の進行を食い止める役割はなんら果たさなかった。
国連調査団による事実確認作業は、かえって、イスラエルの内的崩壊から、人々の目を逸らすことになるにちがいない。
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