| ★イラクWMD未発見とウォーターゲート |
Weapons Of Mass Destruction (大量破壊兵器) は、いつのまにか、WMD と略されるようになった。この表現はたちまちメディアに頻出するようになり、これに対する関心がたちまちに行き渡った。
WMD をイラクが保持している-これが、アメリカおよびイギリスを中心とする「同盟軍」によるイラク攻撃の理由であったことは周知の通りである。しかし、WMD
はいまだにまったく発見されていない。ということになると、あの戦争はなんだったのかという疑問は当然である。実際に、アメリカ国内でも、イギリスでも、この大義名分をめぐる議論が盛んになっている。
この問題を等閑にして、日本では、「イラク復興支援特別措置法」なる法案が、国会に提出される。戦後復興に協力するために自衛隊の派遣を容認しようというものである。
そもそも戦争をなぜはじめたのかがあいまいになっているいま、勝者とともに、「復興」に力を尽くす、という。そのために、武器を携帯した「非戦闘要員」が、戦闘がなおつづいている現地に送り込まれる。
WMD の「不在」は、イラク戦争と「戦後」に棚引く、黒い雲である。
アメリカの法律評論誌『ファインドロー』で、コラムニストのジョン・ディーンが、WMD をめぐる、ブッシュ大統領の「誤言」集を、発言の日付順にまとめている。
ジョン・ディーン。懐かしくも不吉な名前である。1970 年代はじめ、当時のニクソン大統領の法律顧問を務めた。当時若干
31 歳であった。ウォーターゲート事件に連座し、4 カ月を刑務所のなかで過ごした。ホワイトハウスの録音テープの存在をはじめて明らかにしたのは、彼であった。これがニクソンの失脚につながったことはよく知られている。
そのディーンが編んだ、現大統領の「虚言」ではないかもしれないが、いまはともかく「誤言」とは呼べる発言集を掲げよう。
*
「現時点で、イラクは、生物兵器の製造に使われる施設を拡大し、改良している」
-国連での演説。2002 年 9 月 12 日
「イラクは、生物兵器と化学兵器を保蔵していて、さらに多くの兵器をつくるための施設を再建中である」
「サダム・フセインが最近、現地司令官に化学兵器、つまりこの独裁者が保持していないと言っている兵器を使用する権限を与えたとの情報を、複数の情報源から得ている」
-ラジオ演説。2002 年 10 月 5 日
「イラクの現政権は……生物化学兵器を所有し製造し、核兵器を志向している」
「この政府が、マスタードガス、サリン神経ガス、VX 神経ガスを含む、数千トンの化学物質を製造したことを、我々は知っている」
「我々はまた、イラクが、広い地域に生物化学兵器を撒き散らすのに使用できる有人無人の航空機の数を増やしていることを、諜報機関を通じて知るに至った」
「証拠の示すところでは、イラクは、その核兵器プログラムを再構築しつつある。サダム・フセインは、イラクの核科学者、彼が『核のムジャヒディーン』つまり核の聖戦士と呼ぶところのグループと会議を重ねている」
-オハイオ州シンシナティでの演説。2002 年 10 月 7 日
「我が国諜報関係者の推定によれば、サダム・フセインは、500 トンにものぼる、サリン、マスタード、および
VX 神経ガスをつくれる原料を確保したという」
-大統領一般教書演説。2003 年 1 月 28 日
「我が国および諸外国の政府が集めた機密情報によって、イラク政権が、これまで考えられるなかでもっとも危険な兵器のいくつかを引き続き所有し隠匿していることに疑いはない」
-全米向け演説。2003 年 3 月 17 日
*
以上が、開戦直前までの発言である。なかで重要なのは、一般教書であろう。これは、大統領が年頭にあたって、連邦議会で行うもので、アメリカ国民を代表する上下両院の議員たちの前で、WMD
について語っている意味は大きい。
連邦法は、「アメリカ合衆国あるいはそのどの機関をも、いかなる方法いかなる目的であろうと、欺くことは犯罪である」と明記している。したがって、これらの発言が誤言でなくて、虚言であったと証明されれば、嘘の理由を述べてアメリカを戦争に引きずり込んだ罪は、まちがいなく、ウォーターゲイトよりも重いことになる。ジョン・ディーンもそう言っている。また、ジョンソン大統領は、ヴェトナム戦争の真実を歪めて、アメリカ国民に語っていたことを暴露されて、1968
年の大統領選への出馬を断念せざるを得なかった事実を指摘しておくべきであろう。
せっかく 2000 年大統領選の得票疑惑が、テロリズム騒動で雲散霧消しかけているというのに、新たな難題を抱え込んだことになる。とんでもない事態になるのを避けるために、ブッシュは、また戦争をはじめなくてはならないかもしれない。実際、次の相手はイランであり、国防総省の特別計画局が、イランにおける体制変更をめざす秘密工作を進めているとも言われる。
なお、ブッシュの WMD 発言は、彼のスタッフによって、さらに強い調子でバックアップされてもいた。フライシャー報道官は、2003
年 1 月 9 日に、「あそこには兵器があることを、我々は事実として知っている」と述べている。先頭に立ってイラクへの攻撃を主張したラムズフェルド国防長官になると、WMD
が「どこにあるか、それらがティクリットとバグダードの間にある」ことを知っているとまで言い切っていた。
なぜ、このようなことになったのか。ジョン・ディーンは、二つの可能性を挙げている。ひとつは、ブッシュ政権における国家安全保障機能に重大な欠陥があったと考えられる。そしてもうひとつは、大統領本人が故意に国家と世界をミスリードしたという可能性がある。後者の場合、当然、その側近も共犯であるわけで、ディーン自身が関わったウォーターゲート事件を、さらに大規模に、さらに悪質にしたものということになる。
経済学者で、『ニューヨーク・タイムズ』のコラムニストでもあるポール・クルーグマンは、WMD がイラクにあるという主張が虚偽であれば、戦争を売りつけるという、アメリカの政治史上最悪のスキャンダルであり、ウォーターゲートやイラン・コントラをしのぐとまで言っている。ジョン・ディーンの言いたいのもこれなのであろう。
昨年、国務省の情報調査部門のトップにいたグレッグ・シールマンが辞任したが、彼の次の発言は示唆的である。「私が深く憂慮するのは、諜報機関の報告に関して、ヴェリー・トップ
(頂上) が不誠実な発言をすることである。その最たるものは、核の分野である」
ヴェリー・トップが暗にだれを指しているかは、おのずと明らかであろう。
ジョン・ディーンが、もっとも重要視しているのは、CIA のイラク情勢秘密報告を、ブッシュが操作したと考えられる点である。これはやはり『ニューヨーク・タイムズ』が伝えているところで、この報告のなかで、開戦を正当化するための情報だけを際立たせたとされている。これについては、上院議員のひとりの証言がある。上院がブッシュの戦争行動を支持する決議を採決する前に、この報告を上院のメンバーに開示するように求めたところ、都合のいい部分だけが送られてきたと、この議員は述べている。
かつてニクソンは、連邦議会で弾劾されかけ、あわてて辞任した経緯がある。この弾劾決議の理由は「大統領による
FBI と CIA の悪用」にあった。だから、その後の大統領たちは、こうした非難を受けないように、細心の注意を払ってきた。もしブッシュが
CIA を「悪用」したとなれば、弾劾までの距離は一気に縮まるであろう。ブッシュとしては「国家安全保障」のためという、取っておきの弁明があるかもしれない。しかし、ニクソンもまた同じことを言ったのだと、ジョン・ディーンが保証してくれている。30
年を経て、ウォーターゲートの亡霊がさまよい出てきている。
しかし、ブッシュ陣営も黙っているわけではない。新保守派の論客アンドルー・サリヴァンは、言うわけである。「WMD
をめぐるスタンドプレーが次第に馬鹿げたものに思えてくる理由のひとつは、それが、イラクの解放はいかなる事情があろうと道徳的義務であったということが益々明らかになっている自明の理を避けたがっている連中に由来しているところにある」
もってまわった言い方だが、サダム・フセインの排除という「道徳的義務」が達成されたのだから、そこに至るプロセスをどうのこうの言うのは馬鹿げていると主張しているわけである。結果が光り輝いているのだから、それでいいじゃないかと。
ひき逃げの被害者が、強盗事件の犯人だったと判明したら、ひき逃げのほうの加害者は免罪されることになる。
★
[2003.6.13.]