★イラクで大暴れしてしまったアパラチアの人々

 アメリカ軍が管理するイラクの刑務所で、囚人たち(すべてイラク人である)が虐待を受けていた事実が明るみに出た。現場が写真撮影されていて、やったほうは、言い逃れができない。軍はしばらくメディアに対して口封じをしていたようだが、もはやそれも効かなくなった。

 この件では、ブッシュ大統領がふだんは付合いのないアラブ・メディアのインタビューに応じたりして、火消しにおおわらわで、ラムズフェルド国防長官を叱責した事実も洩れてきている。

 『ワシントン・ポスト』のフィリップ・ケニコットが、戦いに勝利するときは「アメリカが勝った」なのに、軍の犯罪行為、残虐行為となると「アメリカはしくじった」と、どうして言えないのか、という意味のことを書いている。

 すべては、個人の所業、異常な人間の異常な行為として片づけられる。今回も、大統領は「ソーリー」とはけっして言っていない。胸がむかむかするようなことをした連中を厳罰に処するという決意以上の約束はなにもしていない。

 大統領の発言に対して、虐待行為にかかわったとされる女性兵士の縁者が逆襲している。「あの子たちがどんな修羅場をくぐってきたかを、ブッシュは知らない。戦争に行ったことのないヤツになんか、なにがわかるというのか」

 もちろん、ブッシュの兵役忌避疑惑に言及しているわけである。

 個人の悪業に収斂させようという努力をあざ笑うかのように、行為者たちのバックグラウンドが明らかになる。それにつれて、背景には、まぎれもない「アメリカ」が控えているのが明らかになる。

 残虐行為を実行したのは、この刑務所の治安維持にあたっている 372 憲兵中隊だが、ここに所属する兵士たちの多くは、アパラチア地方の出身である。東海岸沿いに南北に伸びるアバラチア山脈の山すそに住む人々の貧困は、アメリカ人ならだれでも知っている。そこで、アパラチアから連想するのは、つねに、プア・ホワイトという、いかにも弱々しい声音の言葉である。

 13 州 1,600 万人が住む、この地方の貧困は絶望的であり、しかも、住民の圧倒的多数が白人であることで、貧しさがいっそう身に迫る。かつては炭坑地帯であった。いまや石炭を必要とする産業は皆無である。小さな町に、中小の工場が操業し、労働力を細々と吸収していたが、それも、近年は海外への生産設備移転がつづいている。雇用市場は冷えきった。

 だから、軍に志願するのも、まずまちがいなくお金のためであり、大学進学の資金稼ぎもできる。自立心が強ければ強いほど、兵役に就いて、困難な人生を切り開こうと考えるのである。

 このあたりの、とくに屈強な男たちが頼る、有力な「雇用主」に刑務所がある。看守になれば、収入が安定する。

 372 中隊の兵士たちのなかにも、元看守が目立つ。中隊長自身、窓のブラインドのセールスマンを生業にしているが、かつては、ペンシルヴェニアの州刑務所に勤めていた。そこでは、囚人虐待問題が起っている。

 中隊長をはじめとする元看守の兵士たちが、アメリカにいたときから囚人をいためつけていたかどうかは、わかっていない。しかし、虐待を受け容れる環境にいたことはまちがいない。

 それに、妻や元妻から、家庭内暴力で警察を呼ばれた「履歴」のある者もいる。そのひとりは、妻への暴行で訴えられ、別居したけれどストーカーとなって、つけまわす。裁判所は人身保護命令を三度も出している。この男の場合、地元の眼鏡工場に就職したのに、工場がメキシコに移ったために失業の憂き目に遭ったという。

 なお、こうした暴力事件では珍しいことに、加害者の側にまわっていた女性兵士(全裸で床にころがされたイラク人男性を犬のようにひきずっている)の身元については、アメリカのメディアが詳細に調べた。その結果、彼女は、少女時代から暴風雨が大好きで、気象学者を目指して大学に進もうとしていたという、興味深い事実も明らかになった。

 兵士たちの出自をたどっていくと、ふだんはメディアに登場することのない最下層のアメリカ人たちが、まるで川底から泥濘が浮いてくるみたいにして、姿を現わすのがわかる。

 彼らはこういうことに慣れているのである。つまり、仕事や家庭の場で、つねに暴力と隣り合っていきてきたわけだし、さらに言えば、その生の最初から「外れ者」として、社会規範からはみ出している。アメリカの栄光もブッシュの思惑も、そんなもの俺たちになんの関係があるのかよ、無抵抗のイラク人をいたぶるのがおもしろくてしかたがないんだよ、という声がするようである。

 372 中隊の兵士は、異常かもしれないが、「アメリカ」とは関わりない、例外的な存在などではない。アメリカ社会に澱のように沈殿する、外部にはもっとも知られたくない要素のひとつでもある。ブッシュは、アパラチアに足を踏み入れたことがないかもしれない。身体を覆うだけの襤褸に裸足という、信じられないような「衣装」の子どもたちもいる、「白い貧者」たちと握手をした経験などないかもしれない。

 しかし、『ウォールストリート・ジャーナル』のジェームス・テイラントは、聡明なネオコンだから、なにが問題かを直ちに理解したようで、次のように提案する。

 「兵士の質を上げる必要がある。エリート大学の反軍的な姿勢を改めさせて、優秀な学生を軍が採れるようにするべきである。軍事教練は禁止、軍のリクルートはシャットアウトという、左翼的な大学当局の方針は変更されねばならない」

 アパラチアそのものはないがしろにされたままである。アメリカがグローバル帝国へ前進していく過程で、同じような事態が何度も起きている。前進に用がないか、あるいは邪魔になる要素は切り捨ててられる。したがって、捨てられた人やモノ、組織やシステム、技術や思想、それらがアメリカじゅうに散らばっているはずである。いつか復讐のときが来る。

 イラクの刑務所が「現場」ではあるけれど、これもまた、アメリカの国内問題なのである。

[2004.5.7.]

 


この記事のURLを友人・知人に知らせる
HOME自由意志購読フレームを外すBACK