★〈日の丸・君が代〉の最前線から=13 根津公子

5月19日(月)

 3週間ぶりの立川二中。

 登校時、今日も近寄ってくる生徒や、立ち止まってじっとプラカードを読む生徒が何人もいた。

 一人の男子は「君が代?」と私に答えを求めた。「そうよ、君が代で立たなくて、停職6ヶ月、6ヶ月間学校に来るな、給料もやらない、って教育委員会から言われたの」と答えると、「えーっ!」。「ひどいでしょ?」に、「ひどい、ひどい!」。

 別の男子は、近寄って、じっと読んでいた。顔を見ると、なんだか見覚えのある顔だった。「お兄ちゃん、いる?」と聞くと、案の定。

 「ネットで見ました。がんばってください」と言う女子。数人で登校してきた女子が、「がんばってくださーい」と言ってくれた。聞き覚えのある声だった。そうだ、前回も元気な声でそう言ってくれたっけ。

 他にも何人か立ち止まって読んでいく生徒もいて、地域の挨拶隊の女性は、それに感心されていた。

 今日は、明日台風が来るというほとんどどんよりした空模様であったが、下校時間帯だけは太陽が照りつけ、暑かった。一人の男子が、「暑いですよ。大丈夫ですか? お茶、飲みますか?」と、かばんから水筒を出しながら声をかけてくれた。「ありがとう、気遣ってくれて。私も水筒を持ってきているから、あなたの優しい気持ちだけいただくわ。お気持ち、うれしいわ。ありがとう」と答えた。「暑いから気をつけてください」と言い、ぴょこんと頭を下げて、彼は帰っていった。

 昼過ぎ、北多摩高校に進んだ二中の卒業生Aさん・Bさんが、定期試験中だからと、立ち寄ってくれた。明日の試験勉強があるだろうに、優しい心遣いがとってもうれしい。

 近くにお住まいのという方で、今日初めて出会った方が3人。お一人は日本在住のアメリカ人。かわいいお子さんを連れていらした。「今どき『君が代』を強制するとは時代錯誤もはなはだしい」とおっしゃる。

 72歳とおっしゃる男性は、お兄さんを特攻で亡くされ、戦争は絶対反対。でも、戦後、日本がおかしくなったのは、教育基本法のせい。人権、自由を言い、放任の教育をしてきたから子どもが悪くなった。だから、愛国心も必要なのか。気持ちが揺れるのだとおっしゃる。

 「子どもが悪くなった、とマスコミは言うけれど、子どもの犯罪は、昔の方が多かったですよ」と言い、私の教育観を少しだけ聞いていただいた。私がプラカードに書いた「命令で人は育たない」を指して、「その通り!」と語気を強められた。

 それで思い出したように、おっしゃった。ある学校を訪ねた時、校長室に「しゃべるな。それが命取り」と書いた紙が張ってあったのだという。「校長先生にその意味を聞くと、保護者にも会議でも意見を言うな。言ったら身が危ないと職員に言っているのだと言われた。今学校は、意見を言ってはいけないのかね?」と。

 私は、「その校長がどういう意味で言われたかはわからないけれど、今の学校が意見を言ってはいけない。黙って、指示に従えっていうところに成り下がっているのは本当です」と答えた。彼は「意見を言わないところはダメだ。根津さんが言うように、命令で人は育たないよ」「応援しているよ」とおっしゃって帰っていかれた。

 また、やはり70代はじめと思しき男性が話していかれた。プラカードをじっと見ていられるので、「これは私のことです」と告げると、「君が代で停職? 今どき、あってはならんことだ」とおっしゃる。戦争の悲惨さがわかったら、「日の丸・君が代」など、持ち込むことにはならない。石原都知事は、戦争の悲惨さを知っている世代のはずが、ひどいものだ、としばらく話していかれた。「署名があればしたい」とも。

 車から、あるいは自転車から挨拶をしてくださった方が、ここで知り合いになった方を含め、今日は4人。

 Nさんとおっしゃる方が、訪ねてくださった。多摩市であった映画会に参加されて、そこで私のことを知られたとのこと。それからインターネットで見ていらして、南大沢学園養護学校の卒業式の朝、学校前の行動に参加してくださったのだとおっしゃった。私がキャッチできていない、いろんなところに、力を貸してくださっている方がいらっしゃる。

5月20日(火)

 激しい雨の降る中、あきる野学園に。何人もの教職員が私を気遣い、心配して声をかけてくれた。

 車でお子さんを送ってこられる保護者の多くが挨拶をしてくださる。PTA広報に校長が私の紹介を寄稿してくれたからかな? それを読んでいらっしゃらなかったという保護者が、プラカードを見てどういうことかと、聞いてこられた。説明をすると、「それはひどい! 応援しますよ、がんばってください」と言ってくださった。

 この雨の中を近藤さんは、いつもの時間に「同行出勤」して来た。近藤さん作成のプラカードを持参して。近藤さんが家を出たころは、雨だけでなく風も相当激しかっただろうに、何と律儀な人なのだろう!

 昨日立川二中の前に来られたNさんが今日はここに来られた。 

5月21日(水)

 南大沢学園等別支援学校へ。やや風は強いが、湿度の低いさわやかな青空、気持ちのよい1日だった。

 今日は、越前谷さんにSさん、そして調布のNさんが初参加され、計4人で生徒たちを迎えた。今日の越前谷さんのプラカードのことばは、「先生を管理しない/これが教育の本質/学校の在り方」だった。教員だけでなく生徒も何人か、いつもプラカードを読んでいく。生徒も教員も多くが気持ちよく挨拶を交わしてくれる。「今日はお買い物に行くの」と教えてくれたり、「どんぐり(喫茶室)に来てください」と言う生徒、「中に入れないって、変だよね!」と気持ちを共有してくれる生徒もいる。

 校外授業で昨年担当した生徒たちが門から出てきた。「根津先生!」とCさんは叫ぶ。握手するDさん、からだをくっつけるEさん、Fさんは私の帽子をほしがる、などなど。2ヶ月前に重なるこの時間は瞬時と言えども、大切な時間。「行ってらっしゃーい」とみんなを送った。

 用事で来校され、門の外にいる私を怪訝そうに見て挨拶をされる保護者に、また停職にされたことと、おまけに異動もさせられたことを話すと、「それはひどいですね」。やっぱり、そう思われる人のほうがずっと多い。

 私たちの方に顔を向けている副校長の姿が、職員室の窓越しに頻繁に見られたのはどうしたことか?

5月22日(木)

 都庁第一庁舎前で情宣、チラシ配り。私と河原井さんのほかに14人が参加してくださった。

 チラシの内容は、前回第二庁舎前で配ったものと同じ。片面が2、3月の都教委の対応について私たちが質問したことに対する都教委の当事者責任をまったく感じない「回答」についてであり、もう片面が職員会議での採決を禁じた通知(2006.4)の撤回を求めて立ち上がった現職の三鷹高校校長を報じた毎日新聞の紹介である。

 昨日の朝日新聞夕刊も三鷹高校の校長の撤回要求をA4サイズで取り上げた。都教委が学校・教育を壊していることを広く情宣し、石原銀行の問題と絡めて、退陣に追い込みたい。都民のかなりがそう思っているはずだ。朝日新聞には校長のことばが次のように紹介されていた。「都教委は校長主導と言いながら、校長を自らのロボットにしている。民主主義を教える教育の世界で言論の自由がないのは許されない」。

 チラシ配りの後、本人開示請求をするために都教委30階に行った。ところがどうだろう。30階は今日も、通路に職員が立ちはだかり、通常の受付の場所まで行けないようにしている。「教育委員会が開催されるから」というのを理由にしていたらしいが、私が訪ねる目的は「傍聴ではない」と言っても部屋の中には入れてくれない。目的を私に言わせてようやく文書係りの職員に話を通した。

 都教委職員はあまりに頻繁にこうした対応をしてきたので、失礼な対応であることの意識が薄らいでしまってはいないか。

5月24日(土)

 あきる野学園スポーツフェスティバルが行われたので、見学させてもらった。昨夜の予報では「1日雨」だったが、朝起きると太陽がうっすら顔を出していた。新聞の予報を見ると、「午後から雨」。ところが午後も降らずに、陽はささず、最高の「あきスポ」日和だった。

 みんな和気あいあいとした雰囲気の中、それぞれにがんばっている姿を見せていただいた。

 ハンドサッカーというスポーツをはじめて知った。障碍の状態に配慮し、誰もが参加できるように上手くルールが決められていて、感心することしきり。それから、その試合で生徒たちが、みんなにボールが行くようお互いに気遣いながらプレイしていたことが印象的だった。温かい気持ちにさせてもらった。

 10月を想像しながらの、自主研修でもあった。
08.6.13.
〈日の丸・君が代〉の最前線から=12


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