★〈日の丸・君が代〉の最前線から=12 根津公子

5月7日(水)

 南大沢学園特別支援学校に。

 今朝も越前谷さん、学校近くにお住まいのSさんが来てくださった。今日の越前谷さんのプラカードのことばは、「10・23通達の/撤回なくして/真の教育の場は/あり得ない」。日替わりの越前谷さんのプラカードのことばに、何人もの教員が、「今日は?」と期待を寄せている。今朝も私が到着する前に、そう声をかけてきた人がいたそうだ。

 私のプラカードは、「わたしは、どんなにおどされても、まちがっていると思うことには、したがいません」。

 「迷惑なので、お帰りください。本校の教育活動には関わらないでください」と、校長が小中学部の副校長を伴い告げに来るのは、今朝はいつ? と待っていたのに、とうとう来なかった。

 先週は、校門前に10人近くいたので来なかったのかと思っていたけれど、今日も来なかったのを見ると、理由は別にあったのか?「迷惑」が解決したのか? あきらめたのか? 一方的に言うだけ言うと帰ってしまい、私の質問(=私に指示する法的根拠は?)には答えない校長に、今度は言いに来なくなった理由を聞きたい。そうしてくれないと、校長の行為が一貫性のないものに私には思えてしまうのだけれど……。

 「ご苦労様です」「お疲れ様です」「熱いから気をつけて」等々、声をかけてくれる元同僚たち、そして元気な声で挨拶をしてくれたり、おしゃべりをしていく、あるいは、駆け寄ってきて全身で受け入れてくれる生徒たちからたっぷり優しさと元気をもらう。3月最後の授業から1ヵ月半が過ぎたのに、生徒たちは私のことを忘れないでいてくれる。今朝も一人の生徒は、「先生、ちゃんと仕事しているのに、(教育委員会は)ひどいよね」と、一緒に怒ってくれた。

 午後遅くなって、来客。カナダに移住された日本人で、「9条世界会議」参加のために帰国されたKさん。短い時間だったけれど、ちょうど下校時だったので、校門前の雰囲気は感じ取ってもらえたと思う。

 日差しの強い1日だった。

5月8日(木)

 8時から都庁前でチラシ撒き。私と河原井さんのほかに15人が参加してくださった。

 今日のチラシは、片面が4月8日に提出した質問書への都教委の回答ならぬ「回答」を、もう片面は、三鷹高校の土肥校長が都教委に「職員会議での裁決禁止」の通知撤回を求めたことを報じた毎日新聞記事を載せた。

 土肥校長は記事の中で、「教職員が『何を言っても意味がない」と思うようになり、活発な議論がされなくなった。教員の意見が反映しにくくなった」「教育現場で言論の自由が失われている」と言う。校長も教職員も誰もが感じてきたことである。

 やっと、本当のことを言う校長が現れた。良心を持ち続け、立ち上がった校長がいらしたのだ! とっても心強い。土肥校長の行動に触発され、自己の良心を呼び覚ます校長がもっと出てきてほしい。まだ、いらっしゃるでしょう? そういう校長たちと私たち一緒になって、子どもたちの教育を取り戻したい。今が実現の時。そう思いながら、教育庁や都庁で働く職員の方々にマイクで訴えた。

5月12日(月)

 まずは先週末の補足から。9日に多摩中時代の教え子のTさんから突然のメールをもらった。「覚えていますか?」に始まり、「先生は世間などよりも自分の意思を一番に持ち人としてすごい憧れ、尊敬します」と書いてくれていた。

 数えると今年20歳になる。多摩中で、私が攻撃され弾圧されるのを見聞きしてきた生徒の一人が、6年のちにこうして気持ちを伝えてくれる。筆舌に尽くしがたいほどきつかった多摩中での攻撃と弾圧に、屈せずにいてよかった! と、回想にふけり、喜びに浸った。成長した生徒に認めてもらえることほど、力を与えてくれるものはない。私には最高のプレゼント。教員だから体験できる幸せをかみしめた。

 さて、今日は久しぶりの鶴川二中。今日もうれしいことがあった。登校する生徒たちの波が消えた時、門の影から、「根津先生、おめでとうございます」とぴょこんと男子生徒が飛び出てきた。続いて4〜5人の生徒が出てきて、口々に「おめでとうございます」と言う。私が授業を担当した3年生たちだった。その一人は、少し前に私と挨拶を交わし、校舎に向かった生徒であった。

「まあ、ありがとうございます! あなたたち、私がクビにならなかったことを知っていたのね」と言うと、「ユーチューブ見ました」。そして、「先生、今の心境はどうですか」と。「クビにさせなかったことはすごいこと! たたかって、勝ち取りました。だから、とってもうれしいです」と答えると、歓声を上げてくれた。

 私が立てかけたプラカードの文字を読み、「三鷹高校の校長先生がどうしたの?」と一人が聞くので、簡単に説明し、「都の教育委員会のやっていること、間違っていると、とうとう校長先生が発言したのよ」と話した。そこにまた別のグループが合流し、盛り上がった。

 始業時刻が迫り、中に入っていくその3年生たちを見送りながら、幸せに浸った。ドキュメントの動画の威力はすごい。

 生徒たちが校門の裏側から出てくる前のしばらくの間、門の裏側かなり近くに生徒たちの声が聞こえてはいた。でも、まさか、こういう展開になるとは! 言い出しっぺがいて、相談した結果の行動だったのだろう。大人には真似のできない柔軟さだ。

 今日はプラカードの下半分を三鷹高校の校長の発言を紹介したのだが、この生徒たちの他にも質問してきた生徒がいた。

また、今朝は、「何で停職になったのですか」「停職って何ですか」と聞いてきた1年生が複数いたり、立ち止まってじっくり文字を読んでいく生徒が何人もいた。質問をするという行為を実行に移すのに、先に観察期間が必要だったのだろう。

 昼間の間、虹のたねの皆さんと交流し、下校時再び、校門前に立った。帰りにはいつもの3年生男子が6〜7人でやってきて、しばらく遊んでいった。「君が代についてはよくわかんないけれど、大勢に嫌がられても、自分を貫き通すのはできることじゃない。何でそこまでできるのか、それを知りたい」と言う。一人は、何度もそれを繰り返す。

 「何でそこまでするのかって?──私を観察したり、『君が代』について調べ、考えていったらいいと思うよ。急ぐことはないよ」と言い、「私は間違っていると思えば、やらない。正しいと思えば、一人でも行動する。みんながやるからやる、ということはしないの」と答えると、別の一人が「先生、KYって知っている? 空気読めないの?」。私は、「読めないではなくて、私は読まないの」と答えた。生徒たちは「根津先生、屈するな! 根津先生、屈するな!」とシュプレヒコールのように小さくこぶしをあげて叫び、帰り、あるいは部活動に行った。

 2006年、私がここに異動させられた停職中から、根津は「ルールを守らない教員」「教員を辞めろ」と地域に徹底して宣伝がされ、バッシングが行われ、生徒たちはその動きに乗せられた。私はめげそうになる気持ちを整理して生徒からのバッシングと対峙し、前に進もうとしてきた。それから中1年が経ち、この春には私たち「君が代」被処分者の声を届ける報道やインターネットでの動画配信があり、中学生にも正確な情報を得る機会ができた。そういう中で、こうした生徒たちが出現した。生徒たちに柔らかい頭で考えていってもらえるなら、私への弾圧も意味があったというものだ。

 帰るまでのしばらくの間、感慨にふけりながら、学校周りの道でトレーニングする生徒たちを眺めて過ごした。一人の3年生は、「先生、制服のボタン、自分でつけています」と報告してくれた。1年生の授業でやったことを活かしてくれているんだ。

5月13日(火)

 あきる野学園に。登校・出勤の人たちに挨拶を交わし、私は都庁で撒いたチラシを、近藤さんは、ご自分の挨拶の手紙を職員に手渡した。今日も皆さん、気持ちよく挨拶をしてくれる。

 プラカードの前でじっと立ち止まっている生徒に「これは私のことです」と声をかけると、その生徒は、「不当って、どういうことですか」と聞く。私は「君が代」不起立で処分されていること、それは不当だと思うことを話したうえで、プラカードの書いた2つのことを尋ねた。プラカードには、「『君が代』の意味を知っていますか? なぜうたうのか、考えて歌っていますか?」と書いていた。彼は、「意味だけでなく、歌詞もよく知らない。歌詞も意味も習わなかった」「なぜ歌うのかも考えたことなかった」と言い、「みんなに話してみよう」と言っていた。

「よかったら名前を教えて」と言うと、「高○年A」さんと教えてくれた。

 今日は都合で10時に引き上げた。

 近藤さんの手紙は、次のとおり。

  「日の丸・君が代」、東京の教育、
      そして生徒のこと 〜考えてみませんか〜

八王子市立第五中学校夜間学級
        被処分者 近藤 順一

あきる野学園の教職員の皆さま

 4月の半ばから、こちらにお伺いしております。私は、この3月卒業式において「日の丸・君が代」不起立、不斉唱により2回目の処分(減給10分の1)を受けました。東京都教育委員会の2003年「10.23通達」以来、都立高校ばかりでなく市区町村の小中学校でも「日の丸・君が代」が強制され、延べ400人以上の処分が強行されました。

 私は、自分の不起立・不斉唱を、一人の教員としての職務遂行であると考えています。なぜなら、教育は異なる考え、異なる表現が認められることを前提とするからです。ましてや夜間中学には多くの外国籍生徒も学んでいます。その多くはアジアの諸地域から来た者です。都教委、市教委の「日の丸・君が代」強制は多文化共生に逆行し、一律の形式からはずれる者を処分、排除しています。そして、今進められている学習指導要領の改定、教育振興基本計画の作成、教員免許更新制などによって、一層統制が進行することを危惧しています。

 私は、自らの思想・良心の自由を保持し、教育の本来のあり方を取り戻すため、昨年の処分に対しても東京都人事委員会に不服審査請求を行い、今回も同様の措置を執るつもりです。都教委は、被処分者を「服務事故発生者」として「再発防止研修」を課すでしょう。これは事実上の「転向強要」です。

あきる野学園の管理職の皆さま

 日ごろの皆さまの教育実践に感服しています。貴校の根津教諭は現在停職6ヶ月の処分を受け、復帰は10月になるでしょうが、それまでにも公式、非公式に話し合いの機会をもっていただけたらと思います。

 都教委は、私たちを「校長の職務命令違反」で処分しました。このように学校に分断を持ち込むやり方に強く抗議します。それぞれ考えは異なっても粘り強く話し合い、不一致点は留保していく必要があります。

 私は、根津氏を支援するというよりも、一人の教員として、また、被処分者として、共に考え行動していくつもりです。共に考えていきましょう。

5月14日(水)

 南大沢学園特別支援学校へ。寒く、かなり激しい雨。

 越前谷さんの今日のプラカードのことばは、「『知事』でなく『私事』で都教委を支配する石原慎太郎こそ即刻『クビ』だ!」。大雨だと言うのに、Sさんも早朝からいらして、みんなで生徒や職員を迎えた。雨の音で声が聞こえにくい。あとは、笑顔で気持ちを伝え合った。

 雨で生徒たちもほとんど出てこない中3人、車で来校する方に門扉の開閉をしてあげたり、おしゃべりをして過ごした。Nさんが台東区から、Sさんが海老名市(神奈川)からいらして、高等部の生徒が実習する喫茶室に行った。

 ここで越前谷さんは、今春卒業し、パンを売りに来た高等部のBさんに再会した。渡部さんは越前谷さんを見るなり、走りよって、大喜び。越前谷さんの喜ぶ顔がとっても素敵だった。

 下校のバスを見送る時に、バスの中のCさんが私に気づき、赤系の表紙の冊子を見せようと窓越しに盛んに訴えてくれた。私は大きく頷き、両手で○のポーズをし、返事を返した。修学旅行のしおりなのかな?

 昼頃か、校長が二人の人に同行して校門を通過したので、「この間の質問に返事をください」と言ったが、校長は聞こえないかのように中に入っていった。質問とは、ここに立つな、と校長が主張する法的根拠は何か、である。これで3週続けて、「立つな」と言いに来なくはなったけれど、言った責任は取ってもらわなければ。公人としての発言なのだから。

 次は、3月に校長が私に出した業績評価である。

 業績開示についての面接記録  3月19日(木) 14:10〜 鈴木副校長同席 

 校長に業績評価の開示を求めようと話を切り出したら、「そのことでこちらから話がある」と呼び出された。本人から開示請求がなくとも校長が開示をしなければならない対象はD評価の時と定められている。もしや、と思ったら、案の定であった。

 「本人開示通知書」を渡され、以下の1〜4を読み上げられた。文書を見て読み上げているので、コピーを要求したが渡してもらえず、一言一句間違えのないように記録した。

 「本人開示通知書」には、「学習指導」が「D」、「生活指導・進路指導」が「C」、「学校運営」が「D」、「特別活動・その他」が「C」で「総合評価」は「D」と記されていた。末尾に校長と副校長の押印があった。

1. 業績評価がDの教職員は開示と同時に面接をします。

 根津先生は業績評価が総合でDです。Dの理由を言います。

 評価項目「学習指導」にかかわる内容として、一つ目が週案の提出について繰り返し指導したにもかかわらず、提出しなかったことです。

 二つ目が、学習活動中に、不適切なトレーナー・Tシャツを着用しました。再三の注意、及び指導をしたにもかかわらず従わなかったことです。さらに(3点目)、学習指導中に、不適切なトレーナーTシャツを着用しないように職務命令を受けたにもかかわらず、着用を続けたことです。

 評価項目「学校運営」についてです。一番目、職員朝会で不規則発言をする、不適切なビラを配布するなど学校運営に支障を来たす行為をしたことです。

 二番目、学校経営計画に沿った個人の具体的な目標を設定する自己申告書の提出を拒むとともに、具体的目標設定もしなかったことです。

 三番目、目標達成状況を確認あるいは指導する機会である自己申告書に伴う校長面接に応じなかったことです。

2. 昇給が3号級(通常は4号級)になります。

3. 苦情相談制度についてです。

 苦情相談については、評価結果と開示面接の校長の対応について苦情相談ができます。申し出期間は、4/14〜4/25です。相談したことの結果通知は7月の下旬です。苦情相談制度では、プライバシーに配慮します。苦情を出したことで不利益にはなりません。

 申し出期間前に退職したら対象になりません。

 聞き終わったところで、質問をした。

根津:普段の学習指導を見たことがありますか?

校長:本日はDの理由について説明をしました。

根津:週案や服装など、学習指導に属するものではないでしょう。学習指導の実際について、いつだったら説明して貰えますか? 私の学習指導を見ているんですか?(そう私が言うと、「それを書いておいてください」と副校長に促す)。

根津:校長が見ているのに私が見ていないと認識したらまずいので聞いているのです。

 学習指導とは本来私がどう子どもにかかわっているか、なのではないですか。立川の校長も町田の校長も、学習指導について、例えば、「Aに限りなく近いB、若い人を指導してほしい」などと評価しました。同じ教員が、そんなに変わるはずはないでしょう。週案・トレーナーしか尾崎校長は言わない。なぜ学習指導について説明しないのですか?

 校長はまったく答えなかった。

 「学校運営」が「D」の理由に挙げた「職員朝会で不規則発言をする」も「不適切なビラを配布する」も言いがかりもいいところ。前者は、朝会の司会者に事前に発言を申し出、了解されていたところ、管理職が司会者にやめさせたものであり、後者は勤務時間外にしたことで、言われる筋合いのないものであった。
08.5.12.
〈日の丸・君が代〉の最前線から=11


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