☆〈日の丸・君が代〉の最前線から=6 根津公子

2007年9月19日(水)

 南大沢学園養護学校に。今朝は、近藤さんとTさんの方が私よりも先にいらしていた。やや遅れてSuさんが見え、みんなで生徒の登校を迎えた。生徒たちの登校が終わった頃、西八王子から10km走ってMさんが、国分寺からは若い3人の女性が、そしていつものSさん、Mさんと、総勢9人がいらした。

 今日は暑くもなく、いい天気だったからか、外での授業が多く、子どもたちが次々に外に出て行った。私だけでなく、皆それぞれが子どもたちに声をかけ、にっこりする時間を楽しませてもらった。訪問者の半数はもう、お馴染みの人たちになりつつある。

 みんなをいつもの喫茶室に案内し、100円のお茶とMさんが差し入れてくれたお弁当で交流した。こうしているとのどかなものだ。

2007年9月20日(木)

 鶴川二中へ。生徒の登校が終わった頃、ご近所にお住まいのMさん母子、Rさんがいらした。私を記録されているSさんたちもいらしていたので、校門前はにぎやか。「今日は大勢だなあ」と学校前にお住まいのおじいさんIさんも加わって、井戸端会議。しばらく後に、Yさんは市民センターで学習会をするというので立ち寄られ、Mさんのお友だちのTさん母子も寄っていかれた。Mさんは、2月に鶴川で開かれた「君が代不起立」の上映会に参加された方。Tさんは、Mさんにその後映画を見せてもらって、関心を持たれた方。Yさんは、昨年ここ校門前で知り合った方。皆さん、校門前「出勤」と映画で知り合った方々だ。

 立川と比べ、私に過剰反応し、組織的なバッシングが起きた鶴川の地では、それにおかしいと思われる方が意思表示され、こうして訪ねてくださることもまた多い。そういう出会いが去年も今年もたくさんあった。異動させられる度に、たくさんの出会いがあるのはうれしい。

2007年9月21日(金)

 都庁第一庁舎前でチラシまき。22人の方が参加してくださった。今日も初めての方が2人。高齢の方が通勤電車で混雑する中を参加してくださることに、本当に感激する。夏に体調を崩されたIさんがいらっしゃらないのが、気になる。

 マイクを持って話をしている私に、笑顔で挨拶をしてくださった方がいらした。私も話しながら、笑顔の会釈を返した。勇気づけられる。

 チラシまきに混じって「『君が代』解雇をするな」の署名を呼びかけたSさん、署名に応じてくれたのは、3人だけだったと言う。駅頭でするよりずっと反応が悪い。都庁の前での署名は周囲の目が気になるんだろう。

 この後は、ニュースの発行作業。

2007年9月26日(水)

 南大沢学園養護学校に。プラカードには「来週から学校の中に入ります。皆さん、どうぞよろしくお願いします」と書いて、常連となったメンバーで立った。私の名前を一度で覚えてくれた生徒のTさんは、今朝は近藤さんに名前を尋ねた。3ヶ月の間通い続けた近藤さんを、身近な人と思ってくれたのかな、と思いうれしかった。同僚になる人たちも、「いよいよ来週からですね。待っています」と声をかけてくださる方が何人もいらした。

 校長は私の前で立ち止まり、一呼吸置いてから、「来週来て下さい」と言った。「私は出勤時間を聞かされていませんよ」と答えると、「時間(について)は郵送します」と校長。「郵送、です?!」。私はびっくりして思わず口を突いて出たが、校長は「はい」とだけ言い、頭を下げて中に入っていった。こんなやり取りさえ、校長は都教委から禁じられているんだろう。都教委の言う、校長の「裁量」は一体どこにあるのか? 教えてほしいものだ。

 校長の自尊心は傷つかないんだろうか。上意下達の中に組み込まれてしまうと、自分の自尊心が傷つかないだけでなく、他者に対してどんなに人権侵害をしてもまた平気でいられるのだろう。「命令に従うのが、私の職務」と思い込むなんてことがどうしてできるのか、私にはわからない。

 10時を過ぎてしばらくして、「お茶に行きましょうか」と切り出すと、初めて見えたSさん、「日記で読んでいて、ずっと待っていたんです!」。「今日はここへの『出勤』最終日だから」とUさんも後から駆けつけてくれて総勢8人、Mさんが用意してくれたお弁当で昼食会をした。「お祝いの日だから、おかしら付きよ」と言って、Mさん、たい焼きも並べた。なるほど、おかしら付きだ。今日は高等部の生徒たちがいなくて寂しかったけれど、ゆったりとしたひと時を過ごさせていただいた。

 夕刊に、八王子の中学校副校長が痴漢行為をして逮捕されたという記事が載っていた。校長や副校長の破廉恥行為が発覚することがしばしば、昔よりもずっと頻度が高いように思う。個人の問題だけではなく、仕事のなかで人間性を抑圧されるはけ口として、こうした犯罪が起きることは明らかではないか、と思う。

2007年9月27日(木)

 鶴川二中最後の停職「出勤」。プラカードには、「来週から南大沢学園養護学校で仕事をします。皆さん、今までお世話になりました。私はこれからも、おかしい命令には従いません。正しいと思えば、命令されなくても、進んでやります」と言うようなことを書いた。プラカードをいつも立ち止まって読んでいく生徒は、私の到着前に登校したようでちょっと残念。

 しばらくすると、副校長が校舎から出てきた。今朝も報道人が同行したからだった。「生徒は写さないから大丈夫ですよ」と言ったが、私の監視は仰せつかっている大事な職務なのだろう。私と一緒に登校する生徒に挨拶をかけていた。

 いつも元気づけてくれる生徒の一団が登校してきたので、今日は私から手を振った。「今日でここに来るのは最後。来週からは、ここで仕事に戻るよ」とプラカードの「南大沢」の文字を指して告げると、一人が「先生来なくなると寂しい。戻って来て家庭科教えてよ」と言ってくれる。私が隣にいた副校長を指して、「管理職が私を戻してくれると、できるのよね」と言うと、また別の一人が「そこまでしてなら、いいや」。しばしの戯れをして、一団は中に入っていった。背後から私は、「今までありがとう。元気でね!」と声をかけた。この一人は、つい数ヶ月前までは私に罵声を浴びせかけた生徒だった。5月の連休あたりから挨拶を返してくれるようになり、6月頃からは、いつも励ますことばをかけてくれるようになった。何か心に留まるものがあったのだろうが、何だったのだろうか。

 来年またここに立つことになるかもしれないけれど、一区切りとして今日が最後。そんなことを思いながら、校舎や校庭をしっかり脳裏に焼き付けた。

 最後だからと学区のKさん、Mさんが来てくださった。また。今日はMさんたちが声をかけてくださって、集まりを持ってくださった。幼児や乳児連れで若い人たちが10数人、それにMiさん、Sさんも加わってくださり、教育と今の東京の学校について語り合った。変な損得なしにまっすぐにものを見ている方たちだった。「君が代不起立」や停職「出勤」が取り持った縁である。「日の丸・君が代」に初めから関心を持っていらした方ばかりでないところがとりわけうれしい。こうした「不断の努力」を積み重ねていったら社会や政治は確実によくなることがわかっているから、権力者は、人々を長時間低賃金労働に追い込み、それをさせない。考える機会と力を奪う。

 電車に乗ろうと鶴川駅に着くと、Uさんたち3人が、29日町田教組主催の「根津を解雇させるな」の集会のチラシをまいてくださっていた。

 帰宅したら、昨日の南大沢学園養護学校の校長が言った出勤時間を知らせる案内が届いていた。昨日ことばで伝えれば済むことだったのに、税金80円を浪費して。
07.10.9.
〈日の丸・君が代〉の最前線から=5
〈日の丸・君が代〉の最前線から=7


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