★議長府の隣人からのメール

 「イスラエル人が我が家を占拠した」と題するメールが届いている。送信者は、アメリカ国籍のマハ・スビタニで、アラファトが監禁されているパレスチナ自治政府議長府の隣に住んでいる。事件の発生は3月29日である。

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 午前5時、私は巨大な戦車が移動するような音に目を覚まされた。窓の外に数台が見えた。30分後、イスラエル兵士たちが呼び鈴を鳴らしたが、私たちは応えなかった。すると、階段を上ってくる足音が聞こえた。玄関を破ったにちがいない。ドアを叩く音がしたので、夫が開けると、無数の銃口がこちらに向けられていた。彼らはドアを押し開くと、隣り合っている住まいとオフィスに散開した。50人以上の重装備の兵士たちがいた。なにが望みなのかと尋ねると、黙って座っていろと言われた。

 私はアメリカ人だと言うと、そんなことは知ったことではないと言われた。家から出ていってくれ、アメリカ人として彼らがしていることに抗議すると、私は言い続けた。彼らは、「お前の国がアフガニスタンでしていることとトントンだ」と言った。もしここにどうしても居続けるのなら、階段と屋根を使ってくれ、家とオフィスからは出ていってくれと私は訴えた。すると、「黙って座っていろ、なにをどこでしようと俺たちの勝手だ」と彼らは答えた。私はパスポートを見せて、指揮官を呼んでくれと要求した。退去を考慮中だと指揮官は言った。それはいつかと訊くと、もうすぐだという答えであった。彼らはカーテンをむしりとり、モノを壊しだした。そんなことはやめてくれと言い、灰皿を渡して、タバコを床に落とさないでほしいと頼んだ。ひとりが灰皿を受け取ると、廊下に投げつけた。この時点で、彼らが統制に服していないことがわかった。

 私は電話のところへ行って、アメリカ領事館を呼びだそうとした。3人の兵士に襲われ、腕をねじられ、電話をもぎとられた。私はオフィスのコンピュータのところへ行こうとしたが、押され、銃でこずきまわされ、家へ戻るように言われた。私は大声で、「こんなことをされるなんて信じられない。私がアメリカ人だってことがわからないのか」と叫ぶと、指揮官は兵士たちに、私から離れるように命じ、ラップトップを手にすることを許してくれた。彼らは笑いだし、私のことをブッシュと呼んだ。

 ラップトップにたどりつくと、ガシャッという音がしたので、家へ走っていくと、夫が3丁の銃を突きつけられて床に押しつけられているのを見つけた。私が大声で指揮官を呼ぶと、やってきて、兵士たちを引き離した。彼らは家中にいて、勝手きままなことをし、床にオシッコまでした。コーヒーを取りにキッチンへ行くと、そこらじゅうにオリーブオイルがまきちらしてあった。彼らはただ野卑で野蛮で、私がその粗野な行動をとがめると、極端に困惑した表情を浮かべた。

 指揮官は、4人の兵士が座り込んでいる、私のベッドルームに私を連れていき、周囲の建物について質問した。周りの建物にはたいていたくさんの子どもたちがいると、私は説明した。ひとりが言った。「A地区には子どもがいません」 私はいろいろな電話から電話をしようとしたが、そのたびにひどく痛めつけられ、電話をむしりとられ、電池を抜かれた。それから私はトイレへ行きたいと言い、部屋着のポケットに入っているモバイルを使うことができた。当局者たちに電話をしていると、やがて兵士たちがトイレに押し入って、電話を奪った。それから30分経たないで、彼らは、電話による退去命令を受け、家もオフィスも瓦礫の山にしたまま出ていった。

 彼らが去るとすぐ、私は総領事に電話をしようとした。ボイスメールになっていたので、いまここで起こったことについてメッセージを残した。彼のオフィスにも電話して、個人的に話したいと要求しつづけた。「アメリカ市民サービス」部のヴィクトリア・コフィノー部長が電話に出て、アメリカ市民数十人から同様の苦情が寄せられていると話した。このときの憂慮すべき電話の詳細を、私はやがて公表するつもりでいる。そうすることによって、我が国の海外出先機関がいかなるものか、私たちが税金相当のサービスを受けているかどうかについて、同じアメリカ人の皆さんが理解する助けになると考えるからである。そして、いわゆる同盟国によって私たちがいかなる扱いを受けているかについても。

 戦車の数は急速に増えている。いまのうちに皆さんにメッセージを送らねばならない。また後でメールするつもりである。彼らはアラファトを殺害しようとしている。窓から見ていると、それがわかる。罪なき者を、神よ助け給え。アメリカ人が真実を見ることを手助けし給え。



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