| ★言語によるコミュニケーションのできないリーダーをどう扱うのか |
言語は、政治指導者と市民の間をつなぐ、重要な通路である。歩く姿や握手するシーンを見るよりも、口を開いて語りかけられるとき、市民とってははリーダーがなにを考え、なにを目指しているのかを知る、絶好の機会になる。だから、たくさんのことをしゃべルことが望まれる。ただし、しゃべるだけでは困る。市民が考え、判断する材料となる話し方、話の内容でなければ、こちらにはそれを聴く意味がなくなってしまう。リーダーの仕事を評価するための材料として、言語ほど貴重なものはないはずである。
その言語がないがしろにされている。小泉首相の話すことは、それを聴く者に思考を促す類いのものではない。その話をきっかけとして、対話や会話が成り立つことがない。せいぜい、その口から発せられる言葉を繰り返して、笑ったり嘆息したりするぐらいである。それを聞かされる側には、これがリーダーである人物から聞かされる言葉であろうかと、しばし茫然とする他にないことがしばしばある。年金未納あるいは未加入を巡る首相の発言は、その最たるものであった。
議員当選後まで社員だった不動産会社に勤務実態がないことを問われて、当時の社長(いまも存命であることを知らなかったようだが)からの指示で、次の選挙で議員に当選することが仕事とわきまえていたと答えている。「全部、社員と同じ仕事をすればいいというものではない」と述べたが、不動産会社の社員が、不動産に関わる仕事をしていないことについて、ここではなにも語られていない。「いいご身分でしたね」という漠然とした感想を期待しているかのようである。
この社長について、「30年前はそういう太っ腹な見返りを期待しない、いい社長がたくさんいた」と評している。このような意味で太っ腹で見返りを期待しない社長がいい社長で、そういう人がほんとうにたくさんいたのなら、日本経済はバブルどころか、その前に沈没していたにちがいない。事実と異なる感想を言われては、話は少しも進まない。
こういう「会社員」を平気で抱えていた会社であるとすれば、厚生年金の本人負担分も会社側が払っていたのではないか、と指摘されたときの答えは、「忘れました。知りません」であった。「忘れているけれど、当時の関係者などにただして事実をお伝えする」あるいは「いまはわからないけれど、調べて後にお知らせする」という受け答えが、少なくとも、本来のもののはずである。
ここには、言語を通じて、相手に、つまりメディアの向こうにいる市民に対して、何事かを伝達しようとする意思は見えてこない。言語手段によるコミュニケーションがないがしろにされている。それは、市民との間の通路が構築されていない、あるいはそうする気持ちがないことを意味している。
これらの問答について、「珍妙」と評したのは、5月30日付け『朝日新聞』社説である。30年も昔の話だから、「目くじら」を立てたくないけれど、「いただけない」説明だから一言ということであった。そして、結論は「首相の言葉はあまりにも軽いのだ」となっている。
これでは、メディアとしての仕事はなされていない。このような感想はだれでも抱く。問題はその先である。だからどうするのだ、と市民としては、新聞に問いたくなる。言語コミュニケーションを放棄する、あるいはする意思がないリーダーに対して、この社会に於ける公的コミュニケーションのかなりの部分に関与しているメディアは、どう対応するのか。それを問うのも、市民としての権利である。
先の社説と同じ日の同紙では、別のページで、フランス平和・戦略研究センターの所長で、政治社会学者のアラン・ジョクスが、アメリカ帝国にいかに対抗するかを語っている。このジョクスに、日本でも評判になった著作『帝国と共和国』(逸見龍生訳 青土社)がある。そのなかで、現在の過渡期の時代に、メディアの役割のひとつを、大要、次のように述べている。
「民主主義にとって大切なのは、政治指導者の用いる言葉に罰を与え、いましていることについて彼らに口を開かせ、真実を語らせることである。この分野で、大きな役割を果たすべきは、ジャーナリストと、メディアにアクセスできる議員たちで、彼らによって、市民の理解が促されもするし、後退もする」
小泉氏の発言が、「過渡期の時代」のそれとは思えないけれど、指導者の発言は、メディアとその周辺によって、もっともっといたぶられなくてはいけない。「珍妙」で「軽い」という程度の漠たる感想は、相手の「太っ腹」や「いい社長」と同列の印象にすぎない。
言語によって、市民に意思を伝えることをしていない、あるいは怠っている、あるいはその能力のないリーダーは、その適格性を疑われることになる。こうしたリーダーを放置してきたメディアは、本来の仕事をしていないとして非難されるのが当然であろう。
★
[04.5.31.]
(2004.5.31.)
![]()
この記事のURLを友人・知人に知らせる
│HOME│自由意志購読│フレームを外す│BACK│