★ドラッカーの「夢の実現」方程式

自分の強みを生かせ■

 昨年11月11日に、ピーター・ドラッカーが亡くなった。九五歳であった。それから数日は、哀悼のメッセージがブログを賑わした。

 なかに「ドラッカーに会って話をするのが夢だったが、もう叶わない」と嘆く書き込みもある。ドラッカーがこれを読んだとしたら、生真面目な表情で、問い返すにちがいない。「だけどきみは、その夢とやらを成就する自信があったのか? そのために、いったいなにをしたんだい?」と。

 どんな夢を抱こうと勝手だけれど、重要なのは、その実現のステップであり、どう踏み出して、どう進んでいくのか、それを自覚的に行うことなしには、現実のものとはならない。これが「経営学の父」のドリームズ・カム・トゥルー戦略の基本である。

 「人は、強みを生かして初めてなにかができる。なにかをすることによって、なにかを達成できる」

 自分の強みを生かせ。これが出発点になる。とは言っても、強みがわかっていることは少ない。それがぴんときていないために、結局、アテのない夢想や幻想の落とし穴のなかで、必死になってもがくのではないか。

 そこで、ドラッカーは、自分の強みを知る、唯一のの方法として、「フィードバック分析」を勧めている。

 なにかをしようと心に決めたら、数ヶ月後にはどんな結末になっていると期待できるかを書きとめておくのである。後になって、はじめ予想したことと結果とを照らし合わせる。「思った通り」であるほど高得点と考えられる。この試行を三年もつづけると、自分がなにに強いかがはっきりするという。
 
自己実現と貢献■
 
 これでやっと前へ進める。夢はじっくりスタートさせるのである。ただし、強みだけではやがて息切れがすると、ドラッカーは自らの人生を振り返って、確信してもいる。

 若いころドラッカーは、ロンドンの投資銀行で働きながら、経済学の勉強をつづけていた。順風満帆であったという。早くも成功者のひとりになっていた。銀行での仕事はお金持ちの資産の管理と運用である。

 しかし、他人のお金を動かして利益をあげることに、どうしても満たされない。そこに自分の強みがあるかもしれないけれど、自分がこう生きるべきと考える価値観とはちがう。つまり、世の中に貢献する仕事だとは思えなかった。

 そこで、当時は大恐慌の真っ只中だったにもかかわらず、次の仕事のアテもないままにやめてしまった。価値観に反し、外の社会に貢献できない仕事をつづけるわけにはいかなかった。

 ところで、ドラッカーは、経営学者としてのキャリアをスタートさせた当初は、経営者のための、いわば「組織経営学」を論じることに力を傾けた。

 やがて彼は変わっていった。ふつうの人生を歩む、ふつうの人に「自分マネジメント」の仕方を懇切に教えてくれるようになった。同時に、彼自身の生きてきた道についても、多くを語りだした。その人間性が輝きを増すのも、そのころからである。

 ドラッカーの「変化」は、ひとつには、人の寿命が組織のそれより、明らかに長くなってきたことに起因する。会社がなくなっても人は残る。さらには、組織を点々とする生き方も珍しくなくなった。日本でさえ、シュウシンコヨウはあっさり捨てられた。いまでは、いかに仕事をすべきかは、いかに生きるべきかを抜きにしては考えられない。人はなによりもまず、自分自身を「経営」しなければならない。

 いま身を置いている組織と自分とは、どうすれば、お互いの利益のために共存していけるか。つまり、自分が実現しようとしている夢は、組織の目標達成に、いかに貢献できるか。

 「強みを生かす者は、仕事と自己実現を両立させる。自らの知識が組織の機会となるよう動く。貢献に焦点を合わせることによって、自らの価値を組織の成果に変える」

 自己実現と貢献、ふたつを振り分け荷物のように肩に負う。成果をあげるためには、無闇に走ることも勝手に休むことも禁物である。時間を味方につけることである。
 
時間からスタートする■

 「成果をあげる者は、仕事からスタートしない。時間からスタートする。計画からもスタートしない。何に時間がとられているかを明らかにすることからスタートする。次に、時間を管理すべく、時間を奪おうとする非生産的な要求を退ける。そして最後に、得られた自由な時間を大きくまとめる」

 見晴らしのいい空き地を切り開いて、思う存分に力を振るえる環境を整備するのにも似ている。

 ただし、こうしてまとまった時間をとるためには、まず、地道な努力がしなければならない。

 ドラッカーは、例によって記録を重視する。自分は時間をどう使っているかを、その都度チェックしておく。これをしばらくつづけた後に総点検し、無駄な時間のカット、そのうえで、使える時間のかたまりづくりへと進む。これが、システマティックな時間創造である。
 
キーワードは優先順位■

 さて、ひとたび時間があるとなると、人はとかく舞い上がってしまう。手当たり次第、なんでもはじめたがる。冷静なドラッカーは、これを制して、次のように述べる。

 「成果をあげる者は、機会を中心に優先順位を決め、他の要素は決定要因ではなく制約要因にすぎないとする」

 優先順位。これこそ人生の一大キーワードである。なににプライオリティ(優先権)を与えるか。それを決めるのは自分である。成功も失敗も、リスクをとり、チャンスをつかまないことにははじまらない。

 ある外資系日本法人の社長は、かつて高校を一年で中退したという。群れてだらだらと受験になだれこむ道よりも、自立の道をさっさと優先させた。協調するよりひとりのほうが成果があげられる。だから、そこに力を集中しようとした。結果、板前として自立し、さらには大検経由で一流大学に進んだのである。

 リスクをとり、優先させるものを自分で選びとったことにより、人生を自分に引き寄せられた。

自分自身が主役■

 選択することなしには自己実現はありえない。だから、周囲からの圧力にまどわさる必要がないことは当然である。もっとも、意思決定を行う場合には、迷わないわけにはいかない。

 かつてドラッカーに経営学者として大成するきっかけを与えた、当時のGMの総帥アルフレッド・スローンは、あなたが会社から期待されていることはなにかと問われて、「重要な決定を正しくする」ことだと答えている。そのために高給をとっているのだとも。

 組織の経営で言えるのと同じことが、「自分の経営」でも言える。正しい意思決定が求められる。そのためには時間をかける。

 「決定には判断力と同じくらい勇気が必要なことが明らかになる。薬はにがいとは限らないが、一般に良薬は苦い」
 勇気をもって決定するのでなければ、成果という果実を手にすることはできないであろう。

 「もう一度考えてみてから」という不決定の言い訳は通用しない。ただしドラッカーは、漠然とした不安があるのなら少しだけ決定を延ばしなさいよと、老爺心を見せることも忘れているわけではない。

 選択し、決定したなら、迷わず進んでいく。ドラッカーは天国へ昇ってしまったらしいけれど、ここからが、ドラマのほんとうのはじまりである。主役は、自分自身ということになる。
[2006.1.30.]


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