★「中国電機王者」ハイアールのCEO、人材を語り尽くす |
銀座街頭に突如、謎の街頭広告■
一昨年の夏、東京銀座四丁目の交差点に近いビルの上に、紺地に白い文字で Haier と浮き出させた屋上看板が登場した。夜になるとネオンが点灯する。この界隈は屋外広告の一等地で、いまもっとも勢いのある企業を知りたければ、ここの交差点に立って、ぐるっと見回せばいいと言われるくらいである。
しかし、Haier とはいったい、どこの会社? だいたい、この企業名の読み方からしてわからない。道行く人々の多くが、見上げつつ首をひねった。
当時、中国企業ハイアール(海爾集団)の知名度は、日本ではそれほどに低かった。この企業が中国最大であるばかりか、世界でも有数のブランド力と売り上げを誇る電機メーカーだと言われても、容易には信じられなかったにちがいない。日本人の情報感度はだいぶ偏っているらしい。
同じころ、アメリカのビジネス誌『フォーチュン』は、アメリカ以外でもっとも強力なビジネス・リーダー25人のひとりに、ハイアールのCEO、張瑞敏(チャン・ルエミン)氏を選んだ。張氏は、アジアでは、日産のカルロス・ゴーン、サムスンの李健煕(イ・ゴンヒ)と並び称される存在になっている。
ハイアールの総売り上げは、2004年に1000億元(約1兆4000億円)を突破したと推定される。
張氏が、山東省青島市の町工場に過ぎなかったハイアールの前身の企業で、工場長に就任したのは一九八四年のことである。それから20年、年間70%という、驚異的なスピードで成長しつづけ、ここに至った。なかでも、家電分野では世界第2位のマーケット・シェアを確立している。なお、中国国内にかぎると、35%のシェアを確保して、断然トップである。
中国経済の急成長の立役者として、やっと認知されつつある張氏が求める管理職像を質すべく、空路三時間あまりの青島へ飛んだ。
整然と並ぶ工場群を背後に従えるようにして、本社ビルが、池と庭園に囲まれて屹立している。四隅に立ち上がる赤い円筒に支えられる、特異なデザインの建物に入ると、最上階までの吹き抜け。がらんとした空間に人影もまばらで、ぼう然と立ちつくす他にない。とりとめがないことこのうえない。中国一活気のある企業の本拠に足を踏み入れたという実感が、まるで湧いてこないのである。
20畳ほどの広さの、がらんとした部屋で待つことしばし、突然、張氏が現われる。はにかんだような笑顔を浮かべる、のびやかな表情が印象的である。きびきびした動作の中年女性が同行している。党委宣伝部長の肩書きのある蘇芳
さんである。
そのままインタビューに入っていく。全てが何気なく進行する。こちらの質問を、張氏は、うなずきながらじっくり聴く。おもむろに口を開いて答えはじめ、やがて雄弁に語り出す。自らのリズムのなかに、相手を自然に巻き込んでいく。生来備わるリーダーの資質が、この20年あまりの間に磨き上げられ、穏やかな光を放っている感がある。
日本企業が「失速しつつある」理由■
張氏が管理職について語るとき、特徴的なのは、管理職と部下の関係について重視していない、というか、より正確に言えば、この点には一顧だに与えていないことである。
「上と下のピラミッド的な関係はかつてはたしかに大切だったけれど、いまはちがう。両者ともに、広大な市場に直接向き合っているのだ。市場との関係のほうがずっと重要になっている。たとえば、部下の役割は、上司の命令に従うよりも、いかにして百個のオーダーを市場から取ってきて、上司にもたらすかにある。それを考えるべきなのだ。上司は、この百個をつくり、オーダーを満たして、消費者への責任を果たすことに努める。市場に対しては、管理職も一般の社員も同じ立場にいる。どちらも市場に対してこそ忠誠心を向けるべきなのだ」
それにしても、ハイアールの社員が一体となって、市場に向き合う姿勢をとるなど、以前には考えられもしないことであったにちがいない。
張氏が工場を運営するためにやってきたころのハイアールは、まだ青島冷蔵庫という名で呼ばれていた。当時は、「軍隊のように命令を下し、命令通りにやり通すことを目指す、まさに上意下達の時代だった」と述懐している。
そのころは従業員800人ほどの工場で、147万元の負債を抱えていた。8時の始業時刻になっても出勤する者はわずかで、やがてさみだれ式に出てきはしても、いつの間にかどこかへ消えてしまう。工場の窓もドアも壊され、煙突の煙に巻かれて雀が死ぬほどの衛生状態であった。工場長の張氏は、「工場内で用を足すのを禁じる」という指示さえ出さなければならなかった。
これでは、軍隊式の命令も必要だったにちがいない。その後、ドイツや日本に学んで研修制度を導入し、とくに日本の人事管理と工程管理のノウハウ、チームワークの精神を取り入れて、全社一体の努力をつづけた。やがてそれが、企業の急激な成長となって実を結ぶわけである。
しかし、これだけでは追いつかなくなる。その原因が、IT時代の到来である。張氏は、次のように述べる。「IT化が進むにつれてもっとも大きな変化は、スピードに表れる。日本企業はいまでも世界一流だが、以前のような強さはなくなっていると思う。それは、市場変化のスピードについていけないからだ」
スーパーやデパートでの買い物に慣れ親しんできた消費者が、近年、インターネットへどんどん向かっている。急激な速さで変わっていく。シェアを拡大するには、数多くのライバル企業に先んじて、この新しい消費者ニーズをとらえ、対応することが、必須条件になる。そこで、「会社が生き残れるかどうか、そのキーワードは速度である」との信念が生まれてくる。
昨年10月に来日したとき、張氏は、都内の量販店で小型冷蔵庫などハイアール製品の売り場を見て回った。その際「若い人ほど製造元がどこかに関わらず、気に入った商品を買う。これは世界共通の現象で、ハイアールの勝機がここにある」と感想を述べている。世界の市場を一体と見なし、消費者ニーズに素早く応じていこうとする、積極的な姿勢がこのあたりにも表れている。
社内の人的システムなどより、社員総体が市場と向かい合うほうに、ビジネスの核心を見ているのである。
結果優先、人脈排除■
それでは、このような時代に於いて、理想とされる管理職像とは、どのようなものであろうか。これに対する張CEOの答えは、明快であった。
「つねにイノベーションの精神を持っていること。自分の見解、発想のもとに語れること。そのためには、個々の管理職は、はっきりした目標を設定することを求められる。会社ももちろん、ある程度の資源を提供はするけれど、多くは本人が創造しなけれぱならない。結果として、会社全体に活気が溢れれば、だれかの指示で動くようなことはなくなるにちがいない」
管理職のミッションは、上手に管理することではなく、進んで新たな価値を創造することだというのである。他に先んじ、新しいことに挑戦すれば、上司ばかりでなく、部下にも高く評価される。したがって、指示を仰いだり、上司にうかがいをたてて決めてもらうなど、管理職のすることではないわけである。
イノベーションの活力を引き出すための、人材発掘の制度として、90年代の早い時期から、賽馬制を採用している。競馬で横一線に並んだ馬が、号砲一発で一斉に走り出すようにして、実際に走らせ競わせて、実力でポストをとることを奨励する、人材の選抜制度である。
こうして業績を上げ、結果を残してはじめて評価される。結果を残せる人材こそ、ハイアールがもっとも必要としているのである。もっとも、たしかに有能ではあるが、部下や同僚の間で評判が悪いということもあるにちがいない。その場合はどうするのか。
これについては、蘇宣伝部長が、簡明直截に答えた。
「業績が全てです。数字さえよければ評価を受けられます。業績は能力の現われだからです。その能力を最大限に伸ばせば、デメリットのほうはやがて縮小されるはずです。もっとも、性格が良くないし、仲間内の評判もどうもということになると、長い間にわたって結果を残すことはできないでしょうが」
モラルを重んじ、仲間を大切にするのは、中国社会の伝統である。結果を残すことを優先すれば、この伝統から離れていく。また、張氏は、「大卒者の大多数は、農村から大学へ進学し、そのまま入社してくる。その数は、毎年2000人にのぼる。彼らにはなんの縁故もない。中国は人脈重視の社会だが、ハイアールには、まったく人脈はない」とも断言する。
ハイアール文化は、こうして中国の伝統的な人間関係や考え方を捨てていこうとしていると考えられる。
ところで、いったん選抜された人材には、じつはなんの保障もない。ポストを与えられたからと言って、それをいつ失うかわからない。そのプレッシャーのなかで突っ走ることを求められる。
張氏が「一○一○の原則」と呼ぶ淘汰制による評価が、毎月実施されている。評価の上位10%は昇進、昇給の対象になる一方で、下位の10%には降格や左遷に遭う可能性が生じる。
ただし、いったん落とされても、リベンジのチャンスはつねにある。
その実例を挙げてくれた。35歳のA氏の場合は、三年前までハイアールPC事業部の部長をしていたが、業績悪化の責任をとらされて、いっきに平社員になった。しかし、その職場で業績向上に努め、ふたたび中間管理職に復帰したという。ハイアール商品流通本部長だった、38歳のB氏のように、業績が横ばいのため降格され、奮起してアフターサービス部門の幹部に転進したケースもある。
A氏もB氏も、それぞれの部門のキーパーソンだったために、降格人事は社員に大きな反響を呼び、もう一度這いあがってきたことで、さらに深い感銘を与えたという。効果的な人事政策だと言える。
上級管理職は、ハイアール全体で現在74名いるが、左遷される者が年間7、8名はいるという。
「あなたがだめなら他の人が代わるよ」というわけで、不断にアップ・アンド・ダウンが繰り返される。掃除の行き届いた水路を水が流れるように、人事に停滞感がない。したがって、上司の目に映る管理職とは、その地位にある者ではなくて、いまの時点で、その地位にいることが「もっともふさわしい」者である。だから、ふさわしくなくなったと判断されれば、ただちに去らねばならない。
張氏は、「危機感をつねに持たせ、学習を忘れないようにさせなければならない」と強調した。
みやびな庭園で管理職教育■
ハイアールでは、張CEOを補佐する立場の副社長たちはすべて30代である。管理職全体の年齢はさらに若くて、平均26歳という。社員全体では平均34歳だから、若手を積極的に登用していることがわかる。
これでは、たしかに能力は高くても、経験が明らかに不足している。そこで、2000年から、社内に、ハイアール大学が設けられた。これはもっぱら、事業部長以上の上級管理職を対象にした教育機関である。
本社ビルからクルマで数分のところに、控えめな「キャンパス」がある。蘇州にある庭園を模したという、瀟洒なスペースである。池を中心にして、そのまわりを、回廊が巡っている。その昔、哲人が思索し、詩人たちが詠じ、美しい女たちが逍遥した、雅な空間を思わせる。いまは、戦うビジネス・エリートたちの学習の現場である。
毎週土曜日の午前中三時間、「学生」たちは、職場からもたらされる最新の事例を分析し、吸収し発展させる。張氏もしばしば、講師として参加している。
回廊の一角に一群の竹が植えられている。案内役の王峰氏(対外交流部主管)からは、「内部が空っぽの竹のように、謙虚な気持ちで勉強しなさい、そして竹の青のように、老いることなく努めなさいという意味だ。竹に向かって反省し、しっかりできたかと自分に問いかけなくては」と教えられた。
あるいは、外に向かう窓ガラスの絵柄が、枠ごとにちがっている。これについては、「模様がちがい、見る角度が異なれば、見える景色も変わる。市場も同じで、その動向は毎日変化するのだということを肝に銘じるためだ」という。
どんなときでも、ぼんやり過ごしていてはいけないのだと思い知らされることになった。
インタビューは1時間あまりつづいた。その間じゅう張氏は、中国語が日本語に通訳されている間も惜しんで、声をひそめ、隣りの宣伝部長と小声で何事か打ち合わせをつづけていた。社員じつに3万人、加えて社外の関連就業者20万人あまりが各地に散開するスーパー・カンパニーのCEOが、寸暇を惜しむ姿は、感動的であった。
張氏の前には、かつて中国共産党が依拠した、果てしのない「人民の海」が拡がり、広大な市場を形成する。いまやそれは、中国を越え、世界規模に達するのである。
張瑞敏(チャン・ルエミン)
1949年生まれ。中国科学技術大学卒。84年に青島冷蔵庫の工場長に就任。売り上げを飛躍的に伸ばす。その経営手法は、ハーバード大MBA授業で取り上げられるなど、世界的な評価を受ける。
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[2005.5.13]
初出=『プレジデント』2005年5月2日号
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