★アメリカ人同胞への手紙

 イスラエル軍の包囲攻撃下にあるラマラ在住のアメリカ人、マハ・スビタニは、アメリカを中心に数十アドレスに、メールを送りつづけている。当サイトでは、すでに「議長府の隣人からの手紙」「ブッシュ米大統領への公開書簡」を紹介した。新たに、アメリカ人たちへの呼びかけの文書が届いた。

                    

ラマラ/2002.4.17.午後12時19分

知らないことは言い訳にならない

 私はかつて交通裁判所の法廷で、スピード違反の言い訳をいろいろ並べました。判事は私のほうを見て、微笑しながら言いました。「お嬢さん、法律を知らないことは言い訳にならないのですよ」 その通りでした。私は自分の行動のツケを払わされました。

 現在私はパレスチナに住み、包囲下のラマラで生きています。私は、私たち自身の政府のひどい政策を目撃しましたし、犠牲者のひとりでもあります。私たちが支持し、覆い隠しそうとしている残虐な行為について、いつか、喜んで我が議会で証言するつもりでいます。

 私たちアメリカ人は、自分自身の言い訳を信じるのにすっかり慣れてしまっています。「知らない」「そのために議員や大統領を選んである」「マスコミがそう言った」といった類の言い訳です。

 まだ 2-3 週前のこと、私は友人とチャットをしていました。彼女が言いました。「アメリカ人の平均知能指数って 100 なんですって」と。なるほど、IQ100 ののこの同じ人々が、昨年 9 月、双子ビルが爆破されて犠牲者がたくさん出たことが、なにを意味しているかちゃんと理解できています。正邪の区別がつくのです。大統領や議会やユダヤ・ロビーから、なにをしなければいけないかを言われることはありませんでした。私たちはふつうに行動し、これは犯罪だと声高に叫んだのです! おぞましく、下劣な犯罪でした。数千人の罪なきアメリカ人が、ひどい犯罪とだれにでもわかる行為の犠牲になりました。

 想像してみてください。救急車と救援隊のすべてが、災難に遭った被害者を助けたり、そこまで到達したりすることを妨げられたらどうでしょう。瓦礫の下の人々が、助けられるのを待ち、祈りながら、そのまま死んでいくままにされたとしたら。平均 IQ100 のアメリカ人は、これを是認するでしょうか。ぜったいに NO! です。

 とすれば、たとえばジェニンで進行している事々は、それとまったく同じであることを、私たちは知るべきです!

 いまになって、虐殺について知らないフリをするのは馬鹿げています。また、シャロンとその政府が私たちの盟友であるかのように振る舞いつづけるのは、さらにさらに馬鹿げています。現在起こっていること、そして、私たち自身の政府が保存している記録から、シャロンは戦争犯罪者以外のなにものでもないことに、私たちはまったく疑いを持ちません。シャロンは(国務省のプロパガンダとは逆に)、平和の徒などではけっしてなく、血に飢えた犯罪者であることは、周知の事実です。もしご存じないなら、目を上げてよく見てください。あるいは、あなたが選んだ議員に説明を求めてください。

 現実を直視し、他人に責めを負わせるのはやめることです。私たちひとりひとりに責任があるのです。議会を操っているユダヤ・ロビーでもなく、優柔不断で弱々しく完全に盲目の大統領でもなく、メディアでもありません。
 私たち、個人としてのアメリカ人の責任です。

 私たちが、虐殺を支持し、テロリストを友人に選び出すことを望んでいるとすれば、それは私たち自身の選択です。しかし、世界の他の人たち、ヨーロッパ、極東、南アメリカなど全世界が、私たちに抱いている感情、怒り、あるいは反発に驚き、混乱させられるべきではありません。私たちアメリカ人ひとりひとりが、議員をその席に座らせ、私たちの国の大統領を選んだのであり、私たちはその代償を払うとともに、いまなら、異なった道に転じることを成し得ます。

 同じアメリカ人のみなさん、目覚めてください、遅すぎはしないのですから、と言おうとして、これを書いています。イスラエル政府は、私たち自身の政府の支持を得て、私たちの税金を使い、パレスチナ自治区のさまざまな町で虐殺を行っていますが、この犯罪行為の加担者になってはいけません。キリスト教徒もムスリムもいる 320 万人の罪なきパレスチナの人々を文字どおり殺害し移送することに手を貸してはいけません。全世界のキリスト教徒の聖地である聖誕教会の破壊に参加してはいけません。

 自分自身と向き合うときです。私たちひとりひとりがきょうから、この事態を終わらせることができます。選挙で選ばれた議員や公務員に対して、虐殺と罪のない人々の殺害に関与することを望んでいないと告げるだけでいいのです。

 もうひとつの選択は、沈黙を守り、知らないと言いつづけて、歴史の厳しい審判を甘んじて受けることです。
 私たちは全て、自らの選択によって生きています。

マハ・スビタニ
包囲攻撃下のアメリカ人
占領ラマラにて


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