★アメリカ大統領選を階級・階層から読む

 アメリカ連邦政府に勤めるおじさん、日本流に言えば国家公務員の家にしばらく泊めてもらっていたことがある。

 毎週月曜、夕食が済んだころに決まって、おじさんと同年配の男がひとり、訪ねてくる。ふたりは揃って地下室に降りていき、2時間ぐらいは出てこない。

 その間なにをしているかというと、戦争ゲームである。手製のボードゲームで、サイコロを振りチップを進めながら戦う。一回の勝ち負けが決するのに三ヶ月はかかるそうである。ふたりは10年来の「戦友」ないしはライヴァルであるという。

 よほどの仲良しなのだろうと思い、尋ねてみると、おじさん曰く「彼は友人ではない。かっこうの対戦相手、ただそれだけだ」とあっさりしている。

 理由はお互い身分がちがうというところにあるという。アッパークラス(上流階級)、ミドル・クラス(中産階級)、ロウア・クラス(下層階級)のなかでは、どちらもミドルクラス(中産階級)に属していることでは同じだが、この階級はさらに、アッパー・ミドル(中の上)、ミドル・ミドル(中の中)、そしてロウア・ミドルに細分化される。人と付き合う場合には、同じ階層の相手がいちぱんと考える。それが常識になっているようである。

 この定式に当てはめると、ぼくの「家主」はミドル・ミドルで、そのゲーム仲間はロウア・ミドルに分類される。そのため友だちとして付き合うには、越えねばならないハードルがある。そこまでして友だち付き合いするほどの相手ではないということか。

 この身分の分類について、アメリカ人ならだれでも分かっているはずである。しかし、あまり口に出さない。ホワイト・カラーの大多数がミドル・ミドルであることはまちがいない。

 こうなると思い当たるフシがある。おばさん、つまり止宿先の女主人は、おじさんのゲーム相手がやってくると、一応の挨拶はするけれど、それ以上の会話に入ることはない。10年来の客とは思えないくらいよそよそしい。相手も同じことで、対面すれば唯ニコニコするばかり。

 ぼくに対して、おばさんが夫のゲーム仲間に関わる話をしたことが一度だけある。彼が毎回持参する自家製ビールについて、「あれは冷えてないし、まずいのよ、とっても」と言ったのである。

 ここまで来ると、なんらかの悪意さえ感じてしまう。

 ぼくが世話になった家は、サンフランシスコ郊外の閑静な住宅地にあった。週末には回り持ちでホームパーティが開かれていた。おじさんのゲーム仲間やそのかみさんの顔をそこで見かけたことはない。

 だいたいその夫婦がどこに住んで、なにを生業にしているのか、正確なところは告げられなかったし、こちらもその話題に突っ込んでいこうとはしなかった。

 アメリカ人が好きな自由と平等。これらがあるから、どんな可能性でも追求し、チャンスに賭けることもできる。そう信じられている。しかし、日々の暮らしでは分相応の暮しぶりをよしとする。男でも女でも、同じ階層の、気の合う相手を見つけて付き合うのが、心地よい日常を過ごすには不可欠の条件だと、多くの人が考えている。それはたしかである。

 いまアメリカでは、8年間我慢してきた大統領を放擲して、新しいホワイトハウスの主を選ぶための戦いが進行している。この選挙戦の金の圧倒的な部分は、アッパーとアッパーミドルから出ている。実際の選挙戦を主導するのはミドル・ミドル。メディアは、この階層の動向にもっとも着目し、その意向を探り出し、報道する。

 しかし、選挙の帰趨を最終的に決するのはロウア・ミドル以下の下層である。とりわけ近年は、これら下層のアメリカ人が、自分たちの力を自覚しはじめている。最近の大統領選が必ず接戦に持ち込まれるのは、そのためで、下の階層の政治参加意識が、どう動くかに、選挙結果が左右される。政治評論家たちのご託宣が効かなくなっている。それはたしかである。
 中流が力を失って久しい。
08.9.1.


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