渋谷駅の構内に、「渋谷駅案内図」という立面図のボードがある。駅の 3 階建て構造を図解したものである。何度見ても飽きない。じつにおもしろい。子どもならともかく、いいおやじが物好きな、と言われるかもしれないけれど、おもしろいものはおもしろいのである、とわけのわかんないことを言っているけれど。
2 階部分に集中するプラットホーム。1 階と 3 階を固める改札口( 2 階にもひとつある)が、これを上下から挟んで「サンドイッチ」にしている形がよくわかる。図には、1 、3 階と 2 階を結ぶ直線が 13 本描き込んであり、階段の位置を示している。それらのどれかを上り下りして、人は電車に乗り、あるいは街へ出ていくわけである。
「案内図」を眺めていて、JR の渋谷駅は地上駅なんだと、妙に納得した。地下に及んでいない。しかも、路上からそのまま構内に入る気安さがある。
日本一の雑踏と言われる、スクランブル交差点に向かい合う「ハチ公口」あたりでは、街と駅がたしかに渾然一体になっている。駅前にタクシーが並んでいるのでもない。やや大げさに言えば、街を歩いてきて、気づくと駅のなかである。
駅から流れ出す人、街から駅を目指す人が、スクランブルの信号がグリーンに変わるとともに、交差点上に群れ、入り乱れる。渋谷駅は呼吸でもするみたいにして、人を吐き出し、あるいは呑み込む。これが最終電車まで、休むことなくつづくわけである。駅が、まるで心臓のように脈動しているのを感じる。
近くのビルの上から、この交差点を見下ろすと、東京の巨大なエネルギーに圧倒される思いがする。
「案内図」は、活動しつづける肉体としての駅の解剖図とも見える。図の奥からは、駅と街とふたつの鼓動が競い合って聞こえてくるかのようである。
過日、「ハチ公口」から渋谷駅に入り、品川・東京方面行きの山手線ホームへの階段を上がっていった。
電車が到着したところで、最後尾の車掌室の扉が開き、車掌さんがホームに降り立つ。白い手袋をした右手を柵に乗せながら、乗降を確認する。手袋の人さし指で前方を指さしつつ、ふたたび車内に入る。扉を閉じて窓から身を乗り出し、改めて前方を確認するらしい。この一連のジェスチュアに魅かれる。
次の電車、さらにその次の電車と、車掌さんたちは同じ動作を繰り返すのだが、人によって微妙にちがっている。立てた人さし指をワイパーのように振る人、ただ指すだけの人、ドアを勢いよく開閉する人、静かにそっとやる人、さまざまである。
念のために言うけれど、ぼくは暇つぶしに、ホームで人間観察をしていたわけではない。新宿から山手線に乗ってくる仕事仲間を待って、ここで合流する手はずになっていた。やがて携帯が鳴り、相手は 20 分ぐらい遅刻しそうだという。
そこで、3 階への階段を上った。かねて「案内図」を見ていて、いつか行ってみようと思っていたあたりを、この機会に「探検」する気になったのである。
3 階の中央改札口から左手へ、動く歩道のある、広々とした空間が開けて、スペースをたっぷりとった、まだ新しいホームへ通じていた。そこには、埼京線や湘南新宿ラインなどが入ってくる。山手線の駅特有の慌ただしい雰囲気とは縁遠い。こんなところがあったんだ、と思う。
このときは、昼ごろという時間のせいもあったにちがいないが、ホームには人もまばらで、雑踏の渋谷にいるとは信じられないくらいの静寂である。線路を隔てて、渋谷から代官山へ通じる裏道の風景も眺められる。
ここ 3 、4 番線から振り返ると、数十メートル離れた1
、2 番線に、お馴染みの山手線の電車が忙しげに出入りしている。まるで別の世界ではないか。「JR 渋谷駅はふたつある」と、ぼくは大発見をしたつもりになっていた。
★[2004.2.20.]