★"SEX
AND THE CITY" of TOKYO(1) |
三十代、女、独身、子ナシ■
1年前、岡嶋恵子さん(31歳・仮名─以下同じ、総合食品メーカー営業部)は、六年付き合った男をふった。これを転機と思い、職場でも、希望してそれまでの事務職から営業に移った。
彼とは、結婚の約束をしていた。しかし、クスリを常用する鬱気味の男で、さっぱり煮え切らない。両親に会わせてもロクに話もできない。結婚式場を見にいけば上の空である。それでいて、彼女の会社の近くのマンションに引っ越してきて、ずるずる同棲に持ち込もうとする。そんな姑息なところも気に入らなかった。
「あなたとは結婚できない」と、電話で告げた。たまたま、合コンで知り合った別の男からのアプローチを受けていたので、思い切った行動に出ることができた。新しい彼にさっそく「じつは別れたんだけど、どう思ってんの私のこと?」と迫った。相手は驚いて、引いていった。付き合いだしてからまだ半年しか経っていなかった。
「いきなり、ハイレベルの交際を望んだ私の失敗でした。ちょうど30歳になったので、結婚して子供を産んでみたいなこと考えていたから。ふったら、次にはふられて。その頃ですね、SATCを真剣に観はじめたのは」
『Sex and the City(セックス・アンド・ザ・シティ)』の頭文字をとって、SATCである。トレンディなニューヨークの街を舞台に、美しく元気な4人の女たちが織りなす連続ドラマは、アメリカの有料テレビHBOで、じつに6年間にわたって放映されつづけた。日本では、WOWOWの人気番組になったうえに、DVDが23万本以上売れた。
このテレビシリーズは、優れたエンタテインメントであるばかりでなく、女性にとっては、いかに生きるべきかを学ぶための、かっこうの教科書、指南書になっている。
岡嶋さんも言う。「マニュアル女みたいで恥ずかしいですけれど、これを観て、恋や人生のことを学んでいます。私の生き方の先生です」
メインキャラクターのひとりで、結婚願望の強いシャーロットの名言「仕事と同じように恋愛も頭を使ってしなくては」を、彼女は肝に銘じている。
「だから私も、結婚するまでは、たとえ彼がいても、合コンには行きつづけようと。もっといい人が見つかるかもしれない。いろいろ見て、試して」
SATCに登場する女たちは、30代である。日本でも、同世代の、とりわけ独身女性がファンの中心になっている。岡嶋さんは「恋や仕事で傷ついてもプラス志向で、また皆で頑張ろうって感じがとてもいい。自分の気持ちも明るくなります」と話している。
30代の子ナシ独身女性の生態を描いて、昨年、社会現象になったエッセー『負け犬の遠吠え』(酒井順子著・講談社)の人気とも重なる。
さらに、やはり昨年から今年にかけて、『オニババ化する女たち』(三砂ちづる著・光文社新書)という本も話題になっている。テーマは、更年期を迎える前の女性にとっての性と生殖である。怖そうな書名は、更年期を過ぎた独身女性が山に籠り、ときおりエネルギーのはけぐちを求めて若い男を襲う昔話から採られた。三十代に対して、セックスと出産を大事にしないでいると、更年期を乗り切れないという、重大な警告をしている。
期せずして、「三十代、女、独身、子ナシ」に注目が集まったのである。
脂の乗った男が見当たらない■
「あのドラマには、男の人のサンプル数が、ともかく莫大に多いんですよ」
これは、アメリカのビジネススクールでMBAを取得した橋本美子さん(34歳、ビジネスコンサルタント)の発言である。SATCには、さまざまなタイプの男が登場してヒロインたちと絡む。そこで、良いサンプル、悪いサンプル、とんでもないサンプル、いろんな男を比べられる。これが楽しい。
ところが、日本の現実を見渡せば、三十代女性たちの身の回りとなると、極端に独身の男が少ない。とりわけ、これはと思える男がいない。
橋本さんは、SATCの主役キャリーの彼を見ていて、三年ほど交際した7歳年上の元彼を思い出して、しばし見入ってしまった。彼女自身が仕事に追われて、付き合う時間が見つけられないでいるうちに、この男は、別の女にさらわれていった。こういうことは珍しくない。結婚しようと思っていたら、逃げられてしまったというケースも。
三年前に、仕事先の外資系金融企業で、男の90%近くが「できちゃった婚」という話をされて、彼女はなるほどと思った。勤め先が有名企業で、稼ぎも十分という男たちは、かっこうの標的になってしまうのである。
「ニューヨークだったら、男の本質、つまり雄としてどうかで評価されるから、日本の男はもてません。でも、東京だったら、身体を差し出して、将来の安定をもぎとろうという、わかりやすい女の子たちが、どんどん寄ってきます。男はもてたとかんちがいして、あっけなく落ちてしまう」
こうして、脂の乗った男はすでに生け捕られているのである。生け簀にも檻にも、覗けば、かんちがいした男たちばかりという情景が見られる。
「私のほうには、その代わり、不倫のお声がけだったらたくさんありますけど」と、MBAホールダーは苦笑した。
30代と言えば、男はともかく、女性は分別が備わっているから、ものわかりはいいし、高額のプレゼントもほしがらない。30代であるうえに独身となると、自分たちが、日本の消費を引っぱっているのだという自負があるから、振舞いもファッションも、それなりに堂々としている。
そのうえ見栄えがするとなればいっそう、既婚の男たちにとっては狙い目なのである。
そんな「お誘い」をさっさと断ってしまうと、「男マーケット」に残っているのはダメなブツ、なんともダメな男たちばかりということになる。こんなのをつかまされるほうとしては、迷惑もいいところにちがいない。
これだけダメな男たち■
30代の独身女性たち自身が、慚愧の思いを抱きながら語ったケースを挙げることにする。
《二股男》
小笹乃梨子さん(35歳、元服飾メーカー営業企画部)は、5年前、職場の同僚の男から、別れた彼女とのトラブルの相談を受けた。話を聞いているうちに、彼に魅かれてしまい、付き合うようになった。ところが、ふたりで会っているときにケータイが鳴ると、相手に妙に邪険な対応をして、いかにも素っ気なく切ってしまう。これを見て変だと思った。もうひとりの女の影を感じたのである。
当時30歳だった彼女は、ともかく結婚すればなんとかなると考えた。1年後に婚約して、結納を済まし、式場を仮押さえする。しかし、どうしても気になる。思い切って「いるんでしょ?」と問いかけると、男はあっさり認めた。別れたはずの女性で、しかも妊娠中だと告げられた。
当然、婚約を解消した。彼女は、「仕事が面白くて仕方がなかった」職場にも居づらくなってやめてしまった。いまは、別の会社でアルバイトとして働いている。5年が過ぎて、その後、男はどうなったのであろうか。「その女の人と結婚しましたよ。でも、風の便りに、腎臓を悪くして入院したとかききました。やっぱり神様は見ていてくださるんだって思いましたけど」
昨年の暮れ、35歳で同い年の紀宮が婚約を発表したとき、「あのサーヤまで嫁ってしまうのよ。あなたはどうするの?」と、母親に尋ねられた。しかし、なんとも答えようがなかった。自分にもどうするのか、皆目わからないのである。
《合い鍵男》
「25歳ぐらいで結婚の一波が来ますよね。30歳ぐらいで駆け込みでどーっと行きます。30過ぎて31ではまだまだちょっとはみだしたぐらいだから、あまり考えない。32で、世の中から見たらヤバイかしらってことになる。33になると、さすがにどっぷり30代」
このように30代の心情を話す廣田佳織さん(35歳、大手流通企業商品開発室)の場合は、合コンで知り合った男から、突然葉書が来たところからはじまる。葉書には「デートのお誘い」とあった。だれに見られるかわからない葉書でなんて、変な人と思った。ところが、会って話をすると楽しくて楽しくて。たちまち夢中になってしまう。
男は3歳年上で、花形マスコミの中堅社員であった。「自分は、家族にも友だちにも心を開けない人間で、ひとりぼっち。理解してくれるのはキミだけだ。キミだけが家族だ」と言われ、どうしてもこの人のために、と彼女は考えるようになる。
まもなく、お互いの部屋の鍵を交換した。彼の部屋で、ひとり洗濯物を畳んでいたりすると、深夜を過ぎて帰ってくる男は、「そんなことしないでいいんだ」と言う。家事を自分でする男なんて素敵、と思い、「私の理想の男」と確信した。朝になって、寝不足のままで会社へ行くのも気にならない日々がつづいた。
付き合って五ヶ月が経ち、ふたりで住む部屋を一緒に探している途中で、音信が途絶える。メールを送ると、「自分の生き方がわからなくなった。どうしたらいいんだろう? 」と、逆に問いかける返信が来る。「あなたの人生はあなたが決めてください。でも、どういうことになっても、あなたが好きなことには変わりがありません」と答えた。廣田さんにしてみれば、それが精一杯の愛情表現であった。
それでも、心配になって訪ねていった。と、彼の部屋のキーが開かない。すでに合い鍵が換えられていたのである。なぜ? 廣田さんは、気が済まない。闇に佇んで待っていると、酔った彼が友人を連れて帰ってくる。
「ぼくが相談したのになぜ真剣に答えてくれないのか」と詰問された、あげくは、「結局、ぼくたちは住む世界がちがうんだよ。しっかりしたサラリーマンが、きみには合うんだと思う」と言い残すと、男は部屋のドアを乱暴に閉じてしまった。
後は、無用になった合い鍵を送り返し、相手も同様にして、終わった。「自分のことだけを考えている人なんだ、私はどうでもいいんだとわかりました。それにしてもラヴ・イズ・ブラインドってあるんですよね」
《自己破産男》
斎藤紫野さん(35歳、鋼材販売会社経理部)のダメ男は、大学で同学年であった。学生時代からずっと音楽活動をしている。「協調性ゼロ」で、バンドを組むことができず、ライブハウスには、ソロで出演しつづけている。
「ものになりませんね。その見込みもないですね」と、齋藤さんはつれない言い方をする。十年前に付き合いだしてすぐのころに、「私はあなたとは結婚できませんからね」と告げた。それっきり、男は結婚を話題にしない。
なぜ、そんな男といまもつづいているのか。「いい男なんです。魅力的で。学生のころもてたし。なによりも話していて楽なんですね。気にしなくていい。それに私のこと、いちばん親身になってくれる。まさかのときに来てくれるのは、きっと彼だと思う。ウチの親たちも会ったことあって、『いい子ねって』言うんです」
だったら、一緒になっても……。「生活能力がまったくありません。宅配便の配送員をしてますけど、生活費が回らなくなってしまい、自己破産を一度したことがあるんです。やっぱりそうかって思った」
時の過ぎゆきに任せる、中途半端な関係が、なんとなくつづき、今日に至っている。「ときどきは会いたくなることもある。でも向こうから電話があると、忙しいからと断ったりして、なるべくつながりを持たないようにしています」
彼女もサーヤと同年である。サーヤの婚約者、黒田慶樹氏が真面目で誠実な人だと知って、感動し、とても嬉しい気持ちになったという。「このトシになったら、ああいう選択もあったのか。私は、結婚できないほうへ、できないほうへとばかり行ってしまっているんだなと思いました」
《メソメソ男》
城野さとみさん(34歳、美容コンサルタント)には、離婚の経験がある。夫は外資系の保険会社に勤めるエリート・ビジネスマン。結婚生活は、家賃数十万円の高級マンションで、はじまった。
彼はすでに一度結婚していたことがあり、前妻との間に、子どものことでトラブルを抱えていた。そのうえ、典型的なマザコンで、母親の言うなりであった。彼女義母から軽く扱かわれているように思えてならなかった。一方、会社での彼は出世街道まっしぐら。とうとう浮気も発覚する。城野さんは、家のなかに自分の居場所を見つけられなくて、男の元を離れた。
途端に立場が逆転した。男は、電話をしてきては、そのたびに泣いて訴える。戻ってきてくれと。以前は彼女のほうが泣いていたのに。「困ってしまいますよね。もう愛は残っていませんけれど、情はあります。どうしたらいいか、わからなくなってしまいます。元に戻れるわけではありませんしね」
男というものは結婚すると変わるのだとつくづくわかった。だから、男に対して臆病になり、新しい男を見つけて付き合っても、慎重になりすぎるし、つい不安が先に立ってしまう。
「いまの彼のマンションへ行ってピンポンしたとき、向こうが電話中でドアを開けてくれないことがありました。するとすぐに不安に襲われます。前の夫と同じで冷たくなったのではと」
──これまで、自分の力を信じて人生を切り開いてきて、身の丈にあった男と、素敵な関係を築きたいと念願している女性たちにとって、だれきった男たちの風景ほど我慢がならないものはないであろう。強さも優しさも、そのかけらさえ発見できないことに、女性たちは苛立つにちがいない。
先の橋本さんは、次のように言う。「もちろん、男が全然いないということではないのです。ただし、日本の男は同年代の女を対象として見ませんね。つねに下の世代に目が行っている。つまり、私たちにとってアヴェイラブル(手の届くところにいる)男がいないってことです」
「それって、オタクじゃん」■
「そうよ、そうなの。みんなぁ、どこへ行っちゃったのよ、おーいって感じ」と同感するのは、柏田良子さん(36歳、外資系投資銀行調査部)である。
去る1月末のある日の夕刻、東京駅を見下ろす丸ビル36階のレストランのテーブルで、柏田さんは、大西美意子さん(37歳、大手広告代理店制作部)と向き合っていた。
柏田さんは、1年前までニューヨークに在勤していた。東京に戻ってきて、SATCを観ていると、マンハッタンの街の楽しい記憶が甦ってくる。帰国して当初は、アメリカへ戻りたくて戻りたくて、キャリアの女性を対象に、外国人を紹介してくれる結婚相談所へ出かけた。
「30万円で紹介するのは3人だけだって言うの。しかも自費でニューヨークまで行くのよ。それでひょっと見たら、同じ値段で十人紹介っていうコースもあるの見つけたから、こっちに入りたいって言ったの。図々しいけど。そしたら、そちらは英語ぺらぺらの帰国子女の方だって。それだけじゃない。その後にやはりお若い方ってきた。もうこりゃだめだって、さようなら」
おかげでガイジン・マジックは解けた。「別にいいんだ。私は、一緒に散歩ができたり、飲み屋でビールとエビフライをおいしいねって食べたりできるパートナーがいたら、それでいいと思う。別にジョンくんである必要はないんだって」
そこで、改めて身近な男たちを見渡し、合コンにも積極的に出かけるようになった。そして、税理士事務所勤務のふたつ年下の彼と付きあいはじめた。
昨年の暮れ、友人を訪ねて久しぶりにニューヨークへ行ったときに、この新しい彼にメールを打った。「どうしてる?」 すると男は、すぐに返してきた。「ガンダム見てる」と。
ここで「あっ、そりゃ、だめだ。オタクじゃん」と口をはさんだのは、それまで口数の少なかった大西さんである。まるでこの瞬間を待ってでもいたかのように。待ってたかのように。
これが発端で、ふたりは、ダメ男をさらに超えるサイテー男との遭遇話に突入していった。
30代独身女性ふたりのやりとりは、彼女たちを取り巻く男事情の荒涼ぶりをいっそう際立たせるのである。
しばらく再録する。
柏田 「ああ、お子ちゃまなんだってね。期待した私がすみませんでした ̄みたいな」
大西 「それで?」
柏田 「東京に帰ってきて、ともかく気を取り直して、初詣の約束したのよ。こっちが年上だし、教えてあげましょうみたいに、鷹揚にかまえて。そしたら、当日確認したところ、そんな約束したっけだって」
大西 「ひどいよ」
柏田 「頭に来たから、寿司買ってきてひとりで食べてた。すると、メールが来るわけ。夜の7時頃。これから会おうって。あれってなによ?」
大西 「オタクの特徴。あの人たちって、ケータイメールはマメにする」
柏田 「そうなんで。寿司屋行こうって言うわけ。こっちはもうお腹いっぱい。寿司なんか要らない。でも断れない。向こうが食べてるのぼんやり見てるだけ。それでもこの年になればそれなりに譲るのかと思ったりして。相手にはそのうち成長してくれるかもと期待しつつ」
大西 「でも、私の最悪ぶりに比べたら、全然いい。三つ年上。東大法学部卒だからまあいいかと思って付き合いだしたら、童貞だったの。40歳でよ。サイテーでしょ〜」
柏田 「驚かない。さっきの彼もデビューは28だって言ってた。それまでなにしてたのって訊きたいくらい」
大西 「いいわよ、28なら、まだまだ。私なんて彼にとって最初で最後の相手なんですよ、きっと。だから、してあげたようなもの。SATCでも、シャーロットが言ってたわよね、すぐにやらせちゃダメって。(テーブルを叩く) 泣くに泣けない。ただするだけの相手だったら、お金もらいたいくらい」
柏田 「もう中庸というものがない。これが日本の現実ね」
大西 「そう思う。それでね、この男、けっこうハゲが来てるんだけど、両方の握りこぶしを頬に当てて『オタクが世界をつくってるんだ』って言いながら首を振るわけ」
柏田 「気持ちわるいよ。それって、なにオタク?」
大西 「軍事らしい。銃、爆弾、戦車、戦艦とかとか」
柏田 「ああ〜っっ、もう付き合えん」(手を三回激しく叩く)
大西 「だから、日曜日はオタクの集いに出かけるから会えない。空いたら電話するよって。当日になって、これからどうって電話が来ることもあるし、こないことも。私は待ってるだけ。こういうのってありかな? 3ヶ月で破綻。私は最低2年は付き合うから、これまでの最短ね。最短の最低」
柏田 「私も初詣の翌日、メール打って別れた。さっぱりした。そんなのに待たされるのまっぴら」
大西 「結局、そういうのしか残ってないってことよ。私の場合、くやしいのは、あいそつかされたってことに、向こうが全然気がついてないこと。別れた後も、『お元気ですか。ぼくはハワイへ行ってきました。男と一緒ですが』なんてメール寄越したりしてた」
柏田 「こんな男ばっかり。もう日本は終わりね。外貨預金いっぱい持っててよかったよ」
(つづく)
[2005.4.14.]