★ロングライフデザイン・本と暮らす・男性ネイリスト

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 小学生の娘がふたりいる。クリスマスには、彼女たちの望むものをプレゼントする。しかし誕生日は、親が買ってあげたいものを渡す。上の子のバースデイに野球のグローブを贈った。娘に、である。女の子である。なぜ?

 ナガオカケンメイさん(41)は、子どものとき、父の黒皮のグローブがほしくて、やっともらった喜びを忘れない。手入れの楽しさも。世の中には手入れしつづけてこそのモノがある。道具の大切さを、我が子に伝えたかった。

 大人と子ども、親と子、世代のちがいを越えて共感できる普遍的なモノに価値がある、と思う。

 ナガオカさんは、グラフィックデザイナーである。服飾、インテリアあるいはウェブなど、日本中で20万人とも30万人とも言われる「デザイナー」のひとり。

 趣味で、リサイクル店を巡っていた。そこにあるモノのほとんどはデザイナーがデザインした。新しいデザインばかりがもてはやされる結果、「リサイクルのごみ」が山をなしている。

 その山から古くならないデザインを拾い上げ、生活者に提供しよう。「デザインしないデザイナー、新たにモノを生まないデザイナーとして食べていこうと」

 東京の南のはずれ。東急大井町線九品仏駅という、地元の人以外には馴染みの薄い駅で下車。商店街を10分近く歩くと環状8号線に。クルマがビュンビュン。人通りはごくわずか。

 6年前、この大通りに面した築40年前後のビルに、「ディアンドデパートメントプロジェクト」(D&DEPARTMENT PROJECT)をオープンした。

 400坪に及び、家具と生活雑貨を揃えた、デザインのリサイクルショップ。売り場には、製造の日付は新しくてもデザインが30年以上前のモノばかりである。

 「最新型を追いかけるのは虚しい。ここは、最新型がないからゆったりしている。いつ来ても、売っているのは同じモノ。たまに最新型の匂いがするのを扱うと、客に叱られる」

 当初の2年は、売り場にほとんど客の姿がなかった、という。いまは、店を目指してくる。建物の外壁には、看板も店名表示もない。「わざわざ来る人にそんなもの必要ない」という割切り方である。

 ナガオカさんが坐る、黒ビニールのソファは、39年前のデザイン。この店で売りはじめて火がつき、いまでは、以前の10倍の売り上げを挙げているとか。

 手にするコーヒーマグは、もともと両親が結婚式の引き出物としてもらってきた夫婦カップで、実家から借り受けて復刻した。

 「シンプルで、もらってもとりたててうれしくはないけれど、違和感なくずっと使いつづけて、新しいモノが来ても古くさいとは言われない。そういうロングライフデザインを扱っていきたい」

 ナガオカさんは、個人で買い物をするときも考える。これって10年後にリサイクルして自分の店で売れるだろうか、と。ノーなら、やめておく。

 狂ったような消費都市・東京で、「そうは言っても」とつぶやきながら、良いデザイン、良いモノにこだわりぬく。(2006.12.14)

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 9年前、内澤旬子さん(39)と、フリーのライター・編集者の南陀楼綾繁さん(39)とは恋仲になった。彼女は、イラストと文章の両方を駆使するイラストルポライターである。

 彼のほうは当時、谷中の民家の2階に住んでいた。無類の本好きで、部屋が本で埋まっていた。1階の住人から、ドアの開け閉めができないと苦情を言われるほどであった。

 彼女は、付き合っている間、一度も彼の部屋に入れてもらえなかった。ぎっしりの本だけが理由ではなかった? 彼は座敷にカセットコンロを持ち込んで煮炊きをしていた。この暮らしを、恋人に見せたくなかったのかもしれない。

 ふたりは、翌年のはじめから一緒に暮らすようになり、やがて結婚する。しばらくは、棟割り長屋の1軒を借りていたが、その後、1LDKのマンションに移り、いまに至る。

 結婚で部屋の風景も変わったのでは? じつはあまり変わっていない。

 マンションの部屋は、どこもかしこも本がぎっしり。足の踏み場に困る。あとは夫婦ふたりの寝床を延べられるぐらい。妻は、本棚で区切って自分の仕事の場を確保し、夫は本に取り囲まれ「コックピット状態」で過ごしている。

 妻は当初、夫の本探しに同行した。自分自身も、装幀や製本を手がける本好き。しかし、自分が書店を1軒見終わるころに3軒はこなす、夫の脚力と意欲にはかなわない。結局、出だしと最後だけ一緒になる「キセル状態」に。

 夫の本への執着はハンパではない。

 妻「生まれ落ちたときからの本好きで、そのまんまなんですよ、この人は」
 夫「ぼくがなにもしゃべらないうちに勝手に言わないでくれよ」
 妻「異常な子どもよ」

 夫の生まれは、島根県出雲市。いまから28年前、東京駅前に、超大型書店の八重洲ブックセンターがオープンしたニュースを、新聞で読んだ。翌年、小学校6年生のとき、上京する親戚に頼み込んで、一緒に東京にやってきた。

 念願叶って、東京駅前の「ブックセンター」に出かけた。帰宅してからしばらくの間、自分の家の裏山に憧れの書店が建っている夢ばかり見ていたという。

 プロのイラストレーターでもある妻は、本に夢中の夫から、モクローくんという動物キャラクターを発想した。本を買いすぎてモク妻に叱られ、しょんぼりするモクローくん。知己の喝采を浴びる。

 本へのこだわりが、ふたりの愛情を育てているにちがいない。

 ふたりが自宅に揃う夕刻。夕食が終わると、就寝まで「夜の編集会議」が開かれる。ふたりでつくるミニコミの打ち合わせをしたり、新しい企画のアイディアを出したり。

 2年前、編集会議で「古本市をやりたいね」と話し合った。これがきっかけで「不忍ブックストリートの一箱古本市」が実現した。店の軒先を借り、シロウトが段ボール1杯の古本を売る。そこには、本を遊ぶ気分が横溢する。今年は春と秋の2回行われた。

 「今度は彼女と共著で本を一冊つくりたい」と夫は言う。あくまで本から離れようとしない。(2006.12.21.)

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 有名になりたい。子どものころから、横山周平さん(22)はその一心であった。

 高3のときのこと。ガールフレンドに白のマニキュアを渡された。両手をひらひらさせながら、「お願いね」とささやく彼女は、面倒くさがりの女の子。横山さんは、言われた通り爪に塗ってあげようとする。ところがうまくいかない。白はむらが出やすい。

 それでも、してもらう彼女のほうは満足そう。一方、横山さんとしては納得できない。自分にできないことなどないと思いこんでいる自信家だったからである。

 その翌日のテレビで、爪のケアと化粧が専門のネイリストという職業があるのを知った。しかも、男性のネイリストはほとんどいないと。その瞬間、横山少年は、だったらネイリストになろうと思う。男が少なければ目立つ。目立てば有名になるチャンスだ。

 もともと体育教師が志望である。ネイリストでは180度ちがう。おそるおそる父に切りだすと、「よし、やるなら日本一を目指せ。女なんかに負けるなよ」と。やや見当外れの発言の気もするが、ともかく親子は日本一で一致した。

 入学した専門学校のクラスで男は他にいない。2年間の課程を修了したが、就職活動で大苦戦。ネイルサロンに電話すると、男とわかった瞬間、切られたり。そこで、アポなし直撃訪問を数十軒。しかし、履歴書を渡してもほとんどなしのつぶて。問合わせれば「男性お断り」の一点張り。

 ときに面接までこぎつける。横山さんはここぞと、「日本一の夢」を熱く語った。結果、遂に1年前、銀座松坂屋にある美容サロン「クイックスタイル」に採用された。ネイリストのなかで、唯ひとりの男性。

 技術を磨けばトップ・ネイリストになれると、はじめ横山さんは信じていた。いまはちがう。

 恋人でもない女性の指先に触れなくてはならない。女性は当然緊張する。嫌そうにする人もいる。それでも、爪を磨き整えながらおしゃべりをするうちに、緊張が解けていき、楽しい雰囲気が、自分と客の間に生まれる。やがて客は、また来たいと思いはじめる。

 「この流れがつくれて、次回にぼくを指名してくれたときは、ヨッシャという気持になります。大切なのは、おしゃべりと笑顔ですね。ぼくもこのごろやっと、自然に笑えるようになりました」

 仕上がった爪をじっと見つめる客が「きれい」とつぶやき、顔を上げ、横山さんに「ありがとう」と一言。自分のしたことが報われたのを知る瞬間である。

 「あなたがきれいに塗ってくれたから、1週間楽しめるわ」と言われたことがある。女性をそんなに長いあいだ幸せな気分にしつづけられるなんて、すごいことをしてるんだな、と思った。

 ここには、異性の間ならではの感情も通い合うにちがいない。

 客に喜ばれて初めて成り立つ仕事。だからいまは言える、「ぼくのなりたいのは日本一支持されるネイリストです」と。

 ところで、あの白のマニキュアの彼女とは? 「別れました。ネイルが理由ではないですけど」とか。(2007.1.11.)
[2007.4.20.]

読売新聞都内版・木曜日「枝川公一の東京ストーリー」連載中!


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