★羽村市 多摩川取水堰から奥多摩街道へ


 羽村堰のすぐ上でバスを下りる。目の前の水門に並ぶ、水量調節用のネジというのか、ウグイス色の金具の上に、烏が一羽ずつ載っている。多摩川の対岸の丘の緑が、お風呂屋みたいにボウボウと煙っている。初秋のある日、午前 11 時を過ぎて、早朝からの雨がやんだところであった。

 バスは行きすぎ、ダンプが奥多摩街道の道幅の狭さをものともせずに突っ走る。福生のほうからずっと、玉川上水を囲む林に視界をさえぎられながらやってくる人もクルマも、ここで突然に、大きく広がる空間に投げ出されるのである。

 ぼくはしばらく、停留所の標識の前で逡巡していた。すぐ前の階段を下りれば、堰の上を通り過ぎ、豊かに水を湛えた上水を伝いながら、木々の間を歩くことができる。しかし、このまま街道を進むと、雨上がりのボウボウの遠景をしばらく眺めていられるであろう。どちらにしようか。

 雨に濡れた樹木からは滴が落ちて、首筋にを伝い、背中を流れ下るかもしれないな。そう思ったとき、きょうは上水を諦める決心がついた。

 街道を渡り、郵便局につづいて、建物の裏で職員らしい男がひとりしきりに背伸びをしている取水所の前を過ぎる。その隣には、水神宮の古さびた、小さな社が、我れ関せずみたいな、素気ない表情で道の端にころがっている。

 その前の横断歩道を渡って、もう一度街道を渡ると、脇道に入っていく。本来はこちらが奥多摩街道であったという。羽中 4-8 の番地表示板が、店じまいしたのか単にお休みなのかわからない美容室の前に打ちつけてある。きょうは火曜日ではある。

 川に面した側に、結構高い柵があって、背伸びをして、柵の上から見下ろすと、川縁でフライフィッシングをしている人が転々といるのが見える。チッチッチッと、鳥の声が、空の中から聞こえてくるような気がする。しかし、灰を溶かしたみたいに濁った空には、なにも見えはしない。

 道は気持ちよくうねって、禅福寺という禅寺の山門に至る。室町中期の創建と、傍らに由来が記してある。墓石の間を抜けて、方丈の賽銭箱に小銭を入れて、手を合わせる。そのまま振り返ると、案の定、対岸の緑とボウボウが目に入る。ひっそりとした方丈と、緑の遠景の間に、自分がいる。

 同じ道を帰ると、山門のかやぶき屋根に青草が筋になって生えているのが見えて、それがメッシュを入れた髪みたいでおもしろいと思う。「毛染め」の山門をくぐって、目を上げれば、川との間にたてこむ家々に邪魔している。昔は一望の多摩川三昧だったのにちがいないのである。

 近々とある小なるものを愛で、一方では、遠く茫洋とした景観に想いを馳せる。その振幅の妙を、感情の起伏に沿わせるところに、日本における修景の偉大な秘密の、少なくともひとつがある。


[2003.2.12.]


この記事のURLを友人・知人に知らせる

HOME自由意志購読BACK