| ★八王子「絹の道」で記憶に出会う |
|
横浜線の橋本駅前から乗ったバスを「絹の道入り口」で降りると、目の前に梅林がある。紅白の花は、やや寂しげで、林の中を、黒ブチの太った猫が通りすぎていった。
すれちがう人のない、上り勾配の道は「絹の道資料館」に通じている。幕末から明治にかけて、内陸の生糸が八王子に集められ、文明開化の横浜に運ばれて、当時の日本の、最も重要な輸出品となったという。その運送ルートにあたる、ここ旧「鑓水 (やりみず) 村」には、生糸の仲買に活躍する商人たちが居を構えていた。
そのひとりの屋敷跡につくられた「資料館」もまた人けがなく、係員の姿さえ見えない。所在なくテレビの前に座って、解説ビデオをぼんやり眺めていると、眠くなってくる。映像の前で居眠りをするのは、ことのほか気分がいいのである。
気をとりなおして、先へ進もう。「絹の道」の矢印に導かれて、竹林に沿った間道に入っていく。勾配は急にきつくなる。やがて、アスファルトの道が消えて、石ころ道に変わってしまう。ここはかつて、横浜へ向かう生糸が通った道であったという。
若い女性がふたり、道の真ん中で写生をしている。それを、近所の主婦らしい人が眺めている。だれも一言も言葉を発しない。無表情の女たちが三人、薄暗い林のなかに、黙っている。その間を歩いていくのは、なんだか気が重い。早く彼女たちから離れねば、と思う。
犬を連れたサンダル履きの若者とすれちがう。雨が降った後で道はややぬかるんでいる。こんなときにこんなところでサンダルか、と思う。行き過ぎてしばらくして振り返ったが、道は大きくカーブしていて、もう若者は見えなくなっていた。
突然に前方の視界が開ける。記憶がどっと湧き出たのは、その瞬間である。十数年前、ぼくは八王子方面からこのあたりを歩いたことがある。あのときは桃の花が満開であった。そうだ、まだ小学校に入るか入らないかの娘が一緒だったではないか。
もう少し春が深まってから来たほうが少しは気持ちの浮き立つ場面に出会えたかもしれない。それでも、たぐり出された記憶の糸のおかげで、風景からよそよそしさが消えた。かつて来たことがあると思うだけでも、気持ちが休まる。結局、さらに四十分、片倉駅まで歩いてしまった。
★
[2003.7.28.]