★映画『珈琲時光』の上映館から

『小津と語る』■

 台風22号は、非常に強い台風という予報で、関東地方に上陸するとのことだが、この日でははないようであった。しかしテレビのニュースでは、中部から関東にかけての被害状況を盛んに報じている。ということは間もなくやってくるのかな。しかし、たとえ東京を襲ってもきっとなにも起らないだろうという、漠然とした安心みたいなものがある。その根拠がどこにあるのかは、自分でもわからない。ほんとうは根拠などないのかもしれない。それでも、そう思い込んでいる。いったいなぜなのか。いままで長いことなにもなしに来たから、これからもなにもないだろうと思っているだけのことであろうか。
 目が覚めたときにはもう雨は降りだしていて、傘だけをさして出かけた。アメリカ海軍放出のブーツがあるんだけれど、それを履こうなどとは考えもしなかった。台風対策などなにもなしでも寒いような気がしてはいて、ジーンズのジャケットだけは着ている。

 9時数分前に家を出た。10時少し前には、大江戸線の新宿駅に着く計算であった。しかし実際には、10時をややまわってから到着した。ここで下車するのははじめてのことだが、これから行こうとしている場所にいちばん近いので、この駅を選択したのであった。大江戸線というのは、新しい地下鉄だから地下深度が大きい。地表までにたどるのにだいぶ時間がかかる。地上に出たら、すでに10時10分近くになっていて、慌てた。10時20分開始の映画を観ることにしているのに、これで間に合うであろうか。

 さらに歩道橋に上って、新宿駅に出入りするJRの線路群の上をまたいで、高島屋などがある、新宿南口タイムズ・スクエアにようよう到着する。エレベレーターに駆け込む。なんだか息せき切っているみたいではないか。地下鉄、エスカレーター、歩道橋、エレベーターとつづく移動施設の連なりに、ぼくの身体は慣れることができないでいるらしくて、所要時間の計算ができていないみたいだし、スムーズにこれからあれへ、さらにそれへという風に移っていけない気がする。頭でいちいち確認しないと、次の行動に移れない。地上を歩くのだったら、そんなことはないのだから、都市の装置の進化に置き去りにされつつあることが、よくわかる。

 ところで、エレベーターを乗り違えたようで、12階で下車するつもりが11階で下ろされた。この階までしか行かないやつに乗ってしまったのである。幸いすぐ目の前に上方へ向かうエスカレーターがある。それに乗ると、運良く12階の映画館のすぐ前に出た。入場料の800円を払いながら、チケット売り場の時計を見れば、まだ10時15分である。どんぴしゃではないか。計り間違えて偶然そうなったにすぎないわけだけれど。

 この日ははじめ、11時半から映画『珈琲時光』をここで観ることにしていたのだが、その前に『小津と語る』というドキュメンタリーを上映するというのを知って、そっちも見ようと欲張ったのである。それで早出して、街にもてあそばれたことになった。『珈琲時光』は小津安二郎へのオマージュとしてつくられた映画とのことである。

 『小津と語る』開映直前の客席は、がらがらもいいところで、ぼくのような親爺が4人と、若い女性が1人だけで、広々とした海を漂流しながら助けを待つ人々といった感じである。自分もそのひとりかと思いつつ、仕方がないか、という感想を抱いた。じつは友人を誘っていて一緒に観るはずだったのだが、大江戸線の車中で、「二本目のに行く」というメールを相手から受け取っていた。つまり11時半からのに合流するということであろう。

 『小津と語る』は、各国の映画監督たちに、小津について語らせるというものであった。もちろん、小津の映画が大好き、小津に影響を受けたという人たちばかりである。そのラインナップは次の通りであった。香港のスタンリー・クワン、フィンランドのアキ・カウリスマキ、イギリスのリンゼイ・アンダーソン、フランスのクレール・ドニ、アメリカのポール・シュレーダー、ドイツのヴィム・ヴェンダース、それに台湾のホウ・シャオシェン。

 豪華な顔ぶれで、期待したけれど、結果は外れだったと思う。各人のインタビュー時間が異常に短い。小津との出会いのことと、彼への賛辞だけで、ほとんどの場合終わっている。自分のなかの小津に踏み込んだのは、スタンリー・クワンとクレール・ドニぐらいだったというのが、ぼくの印象である。しかし、インタビューとは関係のない箇所で魅かれたことはある。香港の海がフィンランドの海に反転する瞬間がすごかった。途切れているのに続いているイメージは衝撃であった。もっとも、作り手がそれを意図したのかどうかはわからない。それから、ヴェンダースが、小津が使っていたとされる徳利を愛撫する手つきが、とても可愛らしい。

 映画館の出口の売店に、キネマ旬報の臨時増刊『小津と語る』があったので買った。10年前に出たもので、古本扱いだからと定価より500円高かったけれど、文句も言えない。いま観たドキュメンタリーのなかで各国の映画人たちが語っていたことが、そっくり活字になって収録されているというので、改めて確認したかったのである。映画館の外に椅子とテーブルがある。近くのファーストフード店の利用者用なのかもしれないが、構わず座ってしまう。友人を待つ間、読んでみた。この映画には、国内版と国際版とがあって、いま観たのは前者らしいことがわかった。各人の発言の中に、映画のなかに出てきていなかったことが採録されているようである。国際版のほうを活字にしたということなのであろう。なんだ、そうなのかと、拍子抜けの感じであった。

70点は甘いのでは■

 友人は11時15分ごろに現われた。すぐにチケットを買った。ぼくが代表して窓口へ行ったのだが、戻ると友人は、自分のもシニア切符を買ってくれたかと訊く。ぼくはたしかにシニアの資格があるけれど、相手はその年にはなっていない。「いや、そっちは一般だよ」と言うと、「どうして?」と不審そうな表情をする。そう問われても答えようがないので、黙っていた。向こうも本気で言っているのではないであろうし。

 場内は、さっきほどではないけれど、見事に空いていることには変わりがない。客は、真ん中の通路の両側にだいたいかたまっている。台風接近のせいなのかどうなのか。

『珈琲時光』を観ようと思い立ったのは、知り合いがくれたメールのなかに、こんなくだりがあったのがきっかけであった。

 一青窃〔ひととよう〕を聴いてます。ちゃんと聴いたのは初めて。日曜日に侯孝賢(ホウ・シャオシェン)監督の「珈琲時光」を見たことがきっかけです。この映画の主演(陽子役)で主題曲も彼女の歌です。映画自体はホウ監督にしては、うううむでした。期待が大きすぎた。観客は身勝手です。なにもないという『計算』があざとい感じがしました。  疲れた身体を横たえてうとうとするのに最高の映画。これは皮肉ではなく、それくらい時間の流れがゆったりしてるし、ある種、居心地のいい映画なのです。なので金返せとはもちろん言いません。でも世界の巨匠ホウ・シャオシェンが撮った映画であることを知らなかったら……新人監督のデビュー作だったとしても70点でした、わたしには。

 そういう評価があるのなら、おもしろそうだと思った。観た後のぼくのほうの評価を先に言うと、70点は甘いかもしれないというものであった。少なくとも居心地のいい映画ではなかった。そんな気分は、自分の身体にも転移して、椅子のなかで3回座り直した。気持ちのいい映画であれば、メールをくれた人のようにうとうとできるのであるが、眠りにさえ拒絶された気がする。「小津安二郎生誕100年記念」の映画と銘打っているところを見ると、侯孝賢は、みずからの発意ではなくて、松竹から依頼されて引き受けたのではないかということまで考えてしまった。実際はどうかわからないけれど、迸る意欲みたいなものが感じられなかった。

 小津は東京を丹念に描いているから、じゃ、ヒロインを東京のあっちこっちへ行かせようじゃないか。小津は家族を執拗にテーマにしているから、じゃ、ヒロインを上信電鉄に乗せて実家へ帰らせようじゃないか。小津には、親たちが上京してくるストーリーのものがあるから、ヒロインの親を田舎から引っ張り出そうじゃないか。そういう、断片を繋ぎ合わせて、一編の映画をつくりだしたわけではまさかないだろうけれど、そんな意地悪な見方をすると、『晩春』と『東京物語』、その他いろいろをつきまぜたみたいな気がしてくる。

 小津の東京というテーマではすでに、ヴェンダースが撮っている。たとえば、この台湾の監督のよく知る台湾の都市で、小津を忠実になぞる『台北物語』といったものを撮ったほうがずっと面白かったのではないか。あるいは、かつて小津の助監督をした経験もある山田洋次監督が、小津作品のパロディに本格的に取り組むとかはどうであろうか。もっとも、かつての寅さん映画は、小津のすぐれたパロディだったと、ぼくはつねづね考えている。小津作品は、強烈な階級意識に支えられているが、その階級レベルを思い切り下げていくと、柴又の寅さんに至る。

 一緒に観た友人と後で話していて、いちばん盛り上がったのは、映画のなかで、都電荒川線の線路際の木造アパートに住むヒロインが、父母が訪ねてきたので母屋の家主のところまで酒を借りにいくシーンについてである。家主のおばちゃんは、玄関のドアから、一升瓶抱えて出てくる。ヒロインが、同行した母に「お醤油も、ないときは借りるのよ」と話し、母親はしきりに恥ずかしがるというくだりである。これって、明らかに、『東京物語』で、笠智衆と東山千枝子の老夫婦が、戦死した次男の嫁、原節子を、彼女の一人暮らしのアパートへ訪ねていくところの「パクリ」である。あのときの原節子は、義父の酒好きを知っていて、隣へ酒を借りにいくのであった。『珈琲時光』では、それをパロディにするのではなくて、大真面目に組み込んでいる。

 「あんなことしないよな」と、したがって友人は言うわけである。「そうだよ、それもわざわざ玄関のチャイムなんか鳴らして、家主を呼び出すんだからね」とぼくも応じる。周辺のだれかが監督に、「そんなの、いまどき変です」と言ってあげたらよかったのにと、余計なことを考える。なんだか演出者に同情したいような気持ちまで生まれるのである。恥ずかしがるのは、余喜美子演じる母親ではなくて、ぼくたちのほうではないか。観客にいたたまれない思いをさせる映画は、ほんとうに困ってしまう。

黒豆納豆かきあげ■

 映画が終わって出てくると、1時を過ぎていた。昼食にしよう。ぼくたちは、映画館の上のレストランフロアで、日本そばの店に入った。まず生ビールを一杯だけ飲むことにしようじゃないか。つまみに黒豆納豆のかきあげを頼むとして、最後はもりそば一枚ということにしようと、話がまとまる。若い、不慣れな感じのウェートレスに注文をしないといけないのだが、こういうケースでは慎重に行かなくてはならない。「まずビールね。それからかきあげにしたいんだけど、どのくらいの大きさなの?」と尋ねる。ウェイトレスは両手で大きな円をつくる。「じゃ、一人前でいいか」「そうだね」とぼくたち。さらに、「それに、もり一枚ずつ。かきあげのほうを先にもってきてね。しばらくしてもり」。ここまで指定しないと不安なのである。注文したものが全て一度にどっと出てきたり、順番が逆転したりして、せっかくの飲食が台なしになる経験を何度もしている。友人は、注文を終えたぼくに、笑いながらうなづいて見せた。ようやるよ、ということであろう。

 一件落着した。大きな窓の外に展開する、雄大な街の風景を眺めながらのビールがおいしい。真下に拡がるJRの線路が、前景の地面を占領し、西新宿の高層ビル群がバックをかためている。本気で現代の東京を描くんだったら、こういう感じを取り込まなくてはサマにならないのでは。『珈琲時光』の監督には失礼ながら、そんなことを考える。

 ビールにつづいて出てきたかきあげは、ウェートレスの描いた円とは似ても似つかない。ちっちゃなのが2個。友人は、そのひとつを割ってみて、渋い顔をする。そして、ウェートレスを呼ぶ。「ここ白っぽいけど、火がちゃんと通っていないのでは?」 ウェートレスは、かきあげの皿をうやうやしく捧げて調理場へ入っていく。間もなく、同じく捧げながら戻ってきて、「これは納豆ですから、白くていいのだそうです」。友人は完全にはこの説明に納得はしていないようだけれど、黙って食べる。

 台湾の監督に、こういうところを見てほしいものである。極大と極小の間を揺れ動くトウキョウのぼくたち。わかりあえない人間たちが精一杯努めて「共生」しようとしているいま。このような状況のもとで、小津という切り口がなお通用するのか、というところまで問われなくてはならないではないか。失礼ついでに、どんどんいろんなことを考えてしまう。

中村橋から四谷へ■

 ぼくたちは、この後、地上に下りた。新宿から山手線に乗り、池袋に至り、さらに西武池袋線に乗り換えて、中村橋で下車する。このルートを選択するのに、そば屋にいる間に、あれこれ比較検討した。中村橋にたどりつくのには、地下鉄や、別のJRを使う手がいくつかある。しかし、いずれの場合もバスを乗り継がなくてはいけない。バスの時間というのはアテにならない。とりわけ、この雨では。そして、無難な行き方を選びとった。おかげで、つつがなく到着することができた。駅からは歩いて数分、練馬区立美術館の建物が見えてきた。

 この美術館では、小熊秀雄を中心にした「池袋モンパルナス」の画家たちの作品展が開かれていた。こんなにまとまって、小熊の絵を見たことはなかった。しかし、ほんとうに魅かれたのは、わずか数点しか展示していないが、いままで何度も遭遇している長谷川利行の赤であった。利行の絵の前からなかなか離れられない。いつもこうだ。かつて、いまはもう死んでしまった写真家のS氏が、浅草の喫茶店の馬蹄型をしたカウンターで、大きな声で利行礼賛を語りつづけた日のことが、しきりに甦ってくる。写真家は声が異常に大きく、顔見知りの喫茶店のおばちゃんが、びっくりしたように何度も、こちらに視線を向けていたのが思い出される。雨の日に利行か、と思う。

 美術館を後にしたけれど、本日のぼくたちの東京放浪は、まだつづくことになった。友人が、何日か前に、四谷で出会ったおでんをどうしてももう一度食べたいから、行こうじゃないかと言い出したからである。行こう行こうと応じたのはぼくのほう。中村橋から池袋へ引き返し、遠回りする地下鉄丸ノ内線は乗る気がしないからやめにして、山手線、中央線を乗り継ぎ、四谷に至る。その結果、目指す店はなんと休み。仕方がない。すぐ斜め前の居酒屋も、おでんを売りにしているのを知り、そっちへ流れて、やっと落ち着き場所を見つけた。午後5時半になっている。

 『珈琲時光』には、電車がたくさん登場した。画面が電車で埋まっているみたいなこともあった。東京を「電車都市」と捉える認識においては、ぼくも納得する。おそらくは友人も。しかしぼくたちの間ではもう、あの映画の話は出なかった。

[2004.10.18.]


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