| ★地下で大変化するJR横浜駅 | ![]() |
ふだんあまり利用しない駅で下車する。どちらへ向かうべきか、一瞬とまどう。しかし、人の流れでたいてい判断できる。人が盛んに流れているほうほど、街の賑やかな部分に通じているからである。
線路を挟んでどちらかの街が賑わっていることが多い。したがって、南口か北口か東口か西口か、繁多と閑散とに分れがちである。
もっとも、最近の首都圏はちがってきた。都市再開発によって、街が変わり、駅そのものも様変わりすることによって、人の流れも読みにくくなった。
そのいい例が品川駅である。以前は、ホテルが集まる西口(高輪口)がメインで、東口(港南口)は地方の鄙びた駅という感じであった。この後者が急に、賑わいだした。
東口一帯の街に、超高層ビルがいくつも立ち上がり、丸の内に匹敵する、都内有数のビジネス・タウンになったからである。新たに東口にオープンした駅ビルには、ニューヨーク風という触れ込みの飲食街やグルメ食品の店舗も並んでいる。
駅の東西を往来できる、広々とした「東西自由通路」が、線路の上の二階部分を横切っている。そこには、東口へ向かう人、西口を目指す人、あるいは駅ビル目当ての人などなどが混じり合い、渦を巻いているかのようである。駅が躍動している感じがする。
この先輩格が横浜駅であろう。
かつての横浜駅の表口は東口で、煉瓦の荘重な建物であった。西口は、裏口と呼ばれた。この呼び方からして差別感がある。実際西口は、木造のこじんまりした駅舎で、近くには砂利置き場まであった。横浜駅と言えば東口、という時代が昭和30年代までつづいた。
高度成長がはじまり、日本が大量消費社会になるとともに、西口に、デパート、駅ビル、あるいは地下街がつぎつぎにオープンするようになり、西が東が圧倒する。
しかし、東口も負けてはいなかった。さらに規模の大きなデパートやショッピング・ビルが進出してきて、その結果、東西いずれ劣らない盛況を示すようになった。東と西両方から、地上に敷かれた線路を包み込むみたいにして商業施設が展開する光景は、すさまじい。
人間はどうしているか。東口と西口の地下一階部分を結ぶ「中央通路」に殺到する。とくに朝夕のラッシュ時には、自分が濁流にもてあそばれるごみみたいな気がする。縦横無尽に人が流れていく。「ここはどこ」状態にになってしまい、通路のまんなかあたりの観光案内所に助けを求めたこともある。
東口の駅前広場に面した建物に、バーが一軒ある。ここに、日本のフレア・バーテンディングの第一人者がいることはあまり知られていない。
十数年前に日本でも公開されたハリウッド映画『カクテル』のなかで、主演のトム・クルーズが、酒瓶やグラスを投げたり、炎を操ったりした。あのパーフォマンスが、フレア・バーテンディングである。
夕暮れどき、駅構内の雑踏をやっと抜けて、このカウンターに腰を下ろす。第一人者のバーテンダーにお願いして、見事な芸を披露してもらう。見ていてどきどきする、大胆なパフォーマンスを眺めていると、街は面白いということをつくづく感じる。
去る夏の、見境なく暑い日の昼に、桜木町駅まで行く用事があった。都内の家を早く出たので、横浜駅で途中下車してみた。今年になって駅がだいぶ変わったと聞いていたからである。
たしかにそうであった。
北側と南側の地下一階にも新たに、東口と西口に抜けられるコンコースができていた。さらに、西口の地下二階部分には、新しい地下鉄や私鉄線を利用しやすいように、長い長い南北連絡通路も貫いている。
横浜駅では、大変化がほとんど全て地下で起っている。市街地図を見てもピンとこない。自分の足で歩きまわって、はじめてわかる。
ぜひ、横浜駅の構内をあっちこっち、1時間ほど探検することを勧める。この駅の複雑さ、精緻さに、舌を巻くにちがいない。ぼくは、先に触れた中央通路の案内所で、構内案内図をもらって、それを頼りに巡った。
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[2004.10.29.]
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