★ケータリング・「彼女は本が嫌い」・大阪のバーテンダー

模様

 東京への憧れ。それがすべてのはじまりである。8年前、東京で新しいことがしたいと、諏訪綾子さん(30)は考えた。金沢の大学で商業デザインを専攻したけれど、就職活動はしないまま卒業し、上京した。

 2年間、フリーターのように過ごした。編集スクールに通い、雑誌の編集プロダクションで少し働き、広告代理店にも籍を置いた。そんな折り、たまたま前を通りかかったインテリア雑貨のショップが気に入り、そこで働くようになる。

 店はデザイン事務所の経営で、素人っぽさが斬新であった。ある日、友人からの電話で、お花見パーティ用に大きなケーキをつくってくれる人を知らないか、と訊かれた。「私、できるよ」と言ってしまう。ケーキづくりをしたことがないのに気づいたけれど、もう後へは引けない。

 知己に呼びかけ、みんなでプリン、フルーツゼリー、おはぎなどをつくり、重箱の五段重ねにして風呂敷に包んだ。拡げれば「大きなケーキ」状態に。これが大評判であった。

 人を集めてつくる。紙やビデオは使わないけれど、これも編集かと思った。すると勤め先のショップで、「いらっしゃいませ」をどんなイントネーションで言うのがいいかと話し合うのは、声のデザインかな。

 自分なりのデザインと編集で、みんなをもっと驚かせたい。そのためには、自分独自のスタイルの仕事をせねば──。

 ショップをやめた諏訪さんは、やがて「フード・クリエーション」を主宰して、ケータリングの仕事をすることに。アート作品展のオープニングやファッション展示会などの会場で飲食を提供していく。あの「お花見五段重ね」の衝撃が後を引く。

 いまから1年あまり前には、店舗デザイナーのパートナーと共同で、恵比寿の路地裏に本拠を構えた。元印刷所の木造モルタル1階部分である。天井を渡る太い梁が、19坪のスペースを見下している。ここもパーティ会場になる。

 「むずかしいテーマのケータリングほど、私は、デザインする意欲が沸きます」

 食べ物なら、目や耳だけでなく、お腹のなかにまでメッセージを浸透させることができる。

 この夏、あるファッションブランドが、シーズンテーマにヘア(髪の毛)を選んだ。発表パーティの当日、諏訪さんのスタッフは、背中に長い三つ編みが垂れた絵のある、白いシャツ姿で、会場に散っていた。

 皿の食べ物は、たとえば「ヘアチップス」。イカ墨のパスタをパリパリに揚げてある。一見、黒髪のよう。飲みもののグラスには、真っ黒いストローが数本まとめて挿した。

 さらにイカ墨入りのマッシュポテト、おしゃぷり昆布の細切りを挿した「植毛」マッシュルームと、ヘア尽くしが会場を沸かせた。食べ物と髪の毛のミスマッチを逆にプラスに。

 諏訪さんの東京の8年は、アミダくじのようでもある。自分の感性の命じる通りに曲がり、進み、思いがけない結末にたどりついた。「私の仕事も、東京だから成り立つのでしょう。他の都市だと、食べ物で遊ぶことにお金をかけてくれませんね、きっと」(2006.10.12.)

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 彼女は本が嫌い。彼は本が大好き。彼女がもっと活字に興味を持ってくれたらと、彼は心から思う。

 そんな「彼」のために、内沼晋太郎さん(26)は一昨年の秋、本嫌いの人へ向けた書店をオープンした。その名も「シー ヘイツ ブックス」(彼女は本が嫌い)。

 もっとも、ネットで古本を販売する仲間たちと、渋谷パルコで開いたイベント「新世紀書店」の一環。

 店内の壁に百数十人の顔写真をびっしり貼り出した。客は、気の合いそうな人の写真を選ぶ。その下に、出身地、好きな食べもの、そして値段を示す数字が書いてある。

 選んだ顔写真の人のオススメ本入りの密封紙袋が、棚に載っていて、その本を買える。中身は見ないで。よく売れて、ほとんど完売した。

 「友だち選び感覚で本を選んでもらいました。だれかに勧められて読んだらよかったということあるでしょ。こうして本を面白がる人が増えてほしい」

 内沼さんは本が大好きである。本に関わっていれば幸せ。しかし、気に染まない本や雑誌の編集はイヤ。

 そこで「本を面白く売り、本と人を面白く出会わせることを仕事にしよう」と決めた。大学を出てからは、書籍見本市の運営会社に勤めたし、バイトで書店の店員もしてきた。

 パルコの成功イベントから2年が経った。内沼さんが1年あまり前から手がけている仕事がある。アパレルショップで本を売るのである。「いま、ぼくがお金をもらってしている仕事は、それがメインです」

 ブランドのテーマに合った書籍をセレクトし、運び込む。ジーンズのパンツやシャツの隣りにドサッと積み上げる。ひとつの店で1500冊にもなるからハンパではない。

 インテリアのひとつに本を飾るのではなくて、「ぼくは売りたい」。予想外に売れ、びっくりしているという。本も洋服も、ティストが合えば同じもの、か。

 書籍を書店から連れ出し、他の業種や商品とコーディネート(組み合わせ)する。そこでブック・コーディネーターを名乗る。

 中古の家具店が多い街で古本市をしたい。店頭の本棚や本箱を借り、そこに本をぎっしり並べて売るのである。

 家具の店へ行くと、売りものの書棚に、本が立てかけてあるのをよく見る。これニセモノ。ケースだけだったり、段ボールで本らしくつくってあったり。内沼さんは、なに考えてんだろ、と思う。なぜ本物の本を揃えて売らないのか?

 「そうすれば、本ばかりでなく、本棚や他の家具も売れるでしょうに」

 この本好き青年は、旅先で独り過ごすホテルの部屋でも、考えるのは本のこと。選び抜いた本が詰まった大きな本棚が、ここにあればいい、と。そこで「本棚のある客室」「本のあるロビー」を、ホテル関係者と計画中である。

 「人間には、面白い仕事をする人と、面白くない仕事をして仕事以外で面白いことする人と、2種類あると思います。ぼくは前者のほうです。いつも仕事、いつも遊び」

 本の面白さは、内沼さんにとって、生きることの面白さそのものである。(2006.10.19.)

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 12年前。はじめて銀座のバーを巡った新谷尚人さん(44)は、おべんちゃら攻撃に遭った。

 カウンターに坐るなりバーテンダーが「きょうは雨ですね」。そんなもんわかってるわ。つづいて、「お仕事ですか」と来る。要らんこと言わんでええ。お仕事なら飲んでないわ。挙げ句は「きょうは素晴らしいお召し物ですね」と。

 なんや、この人たち。この街はこうせなあかんのか、と思った。

 東京の人はタテマエにこだわる。格式が大事の武士たちが幅を利かせた江戸の昔の名残か。

 新谷さんは、大阪キタの繁華街、北新地でバー「サンボア」を経営している。3年前、遂に銀座にも店を出した。ただし、大阪の店と同じインテリア。最近、ビルの建て替えで、銀座の別の場所に移った。今度も内装はほぼ一緒。「ぼくは器用やない。街に合わせてなどとても」

 銀座がとくに好きになってはいない。しかし、人口が多い東京の、つねに変わらない中心。いい仕事をすれば評価される街でもある。だからがんばる。

 「サンボア」は、大正7年に神戸で創業の老舗バーである。戦前は、関西経済界のトップクラスが集まった。手際よくつくるハイボールはいまも名物。暖簾分けで、大阪と京都に現在10店ある。
 しかし、昔の名声に寄りかかつていては明日がない、と思う。そこで銀座。

 はじめバイトとして、ミナミにある「サンボア」で働いた。もともとは英語の教師志望であった。「公立高校の教壇に立ちたかったけど、大阪府が、ぼくのこと要らん言うもんで。うまいこといかんもんや」

 バーテンダーへ路線を変え「修業期間が最低で10年。各店のオーナー全員の同意が必要」という、厳しい条件を満たし、暖簾を手にして独立したのである。

 「新谷嫌いやいう客は来ん」。だから、サービス業に付きものみたいな、遠慮もお世辞もなにもない。

 2年前の暮れ、北新地と銀座の店の客たちにメールを送り、「もう戦争はやめていただきたい」と呼びかけた。イラク戦争をつづけるアメリカに抗議して、アメリカンウィスキー、つまりバーボンの不買キャンペーンをするつもりだと。

 結果、両店の酒棚のバーボンが並ぶ部分に「KEEP OUT」(締め出し)のテープが貼られる日がつづいた。バーボン好きの客は、じっと我慢。

 新谷さんは、月に一度は大阪に戻るが、それ以外は、隅田川に近い街に暮らす。店への行き来は徒歩。30分かかる。その途次よく、銀座4丁目交差点に面した「和光」ビルの前で、幻のキャッチボールをしている自分を空想する。

 友人とふたりで、ボールがあるつもりで投げたり捕ったり。捕球し損なったボールがころころ、舗道を転がっていく、つもり。と、東京の人たちはどうする? 立ち止まって、不審そうに眺めているか、身体をよけるかではないか。

 「もし、そこに大阪人がいはったら、見えないボールをひろて投げ返す。ワインドアップまでして返してくれるやろな」

 銀座街頭の夜に飛び交う、白球の幻。(2006.10.26.)
[2007.3.5.]

読売新聞都内版・木曜日「枝川公一の東京ストーリー」連載中!


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