| ★「ABC de 会いましょう!」 |
青山ブックセンターが7店全店、営業中止になった。
7月16日のことである。
悪い夢を見ているとしか思えない。が、どうやらこれは現実だ。
ニュースでは、「美術書や洋書などが豊富」とか
「洒落た店構え」などと紹介されていたが、それはあまり
同書店を使いこなしていない人がとても引いた目で書いたとしか思えない。
ABC(青山ブックセンター)六本木店は、私にとっては
六本木の街を代表する空間であり、あの界隈の聖域でもあった。
写真集や洋書、デザイン、演劇、広告、Web、マーケティング関連の
品揃えでは群を抜いていた。
外国文学コーナーにはウラジミール・ナボコフや
ターヘル・ベン=ジャルーンがちゃんと置いてあった。
店員の商品知識が豊富できちんと本について知っている人が多かった。
店頭POPに技があった。特に文庫本のPOPはいつも推薦文が
冴えていて、出版社側がつくった(と思われる)帯のコピーよりも
よい出来映えだった。
朝5時半まで営業していた。
などなど、特長をあげればキリはないのだが。
ここでは個人的なつきあいを語ろう。
同書店は1980年に開店。当初は六本木店だけだったという。
私が東京に住み始めたのが1981年。なので、六本木といえば
青山ブックセンター、という刷り込みがなされてしまった。
「高速道路がない頃の六本木」は、知らないが、
「ABCがある六本木」は、知っていた。
六本木には、ABCがあるものだと信じ込んでいた。
親密なつきあいが始まったのは、1984の年秋からである。
就職が決まった広告会社が麻布十番にあり、
最寄りの駅が六本木で、近場の書店といえばブックセンターだった。
使い走りの頃は同書店のカラーコピー・サービスカウンターへ
詰めた事もある。仕事用の資料探しはもちろんのこと、
息抜きに、会社帰りに、深夜のタクシー待ちで、
なんとなく、むしゃくしゃして、途方に暮れて、
などなど、理由はさまざまであるが、2日と空けず
訪れていたものだ。
1992年、六本木に移転していた会社勤めを辞めて
一年ほど欧州をふらふらする。
再び東京に戻ってきたときも、すぐにこの本屋を覗いた。
その後も、神谷町で打ち合わせを終えてはABCへ。
赤坂でオリエンテーションを受けては、ABCへ。
新宿で会議を終えては(新宿ルミネ店ではなく六本木の)ABCへ。
このように、<仕事+ABC六本木店>はセットになっていた。
資料探し、というよりは、あの空間にいるとなんとなく
案が浮かぶ・・・ような気になるのでる。
ほとんど関係ない宗教や思想関連のコーナーを巡り
2階の写真集や演劇・美術関連を眺め、広告・マーケティング
関連は必要最低限にとどめ(広告制作に携わっている
者からすると、広告のなかに欲しい回答はない。
当たり前だけど自分で悩むしかない)、
ガーデニングやらインテリア・料理まわりの美しい
写真集にうっとりし、文学・エッセイあたりを見た後、
また奥に行って文庫本へ。
活気があるのに、静謐な空気が漂う空間。
とはいえ、きちんと主張がある品揃え。
マーケティングや販売促進は、店頭陳列がものをいう
時代にあるといわれている現在。売らんかなではなく、
カタツムリの角のように自分たちのセンサーに叶ったものを
押して押して押しまくっている陳列をしていた。
ある時などは、平出隆の本を12冊、全面的に壁に飾っていた。
ABC六本木店は、六本木ヒルズ誕生の前に六本木の街に
なにかしらの縁があり、思い入れがある人にとって
最後の砦だったように思う。
通常の本屋に求めるもの以上の吸引力があったものだ。
※ ※ ※
閉店の知らせを伝えた友人からこんな返信メールがきた。
||||||||||||||||||||||||||
男との待ち合わせ場所も減っちゃうね。なんちって。
友よ、君もか。
デート(でなくても、私的な約束)の待ち合わせというのは、
ABCに相応しい使われ方である。
たとえば、六本木で食事をしようということになる。
たいてい、待ち合わせは「ABCでね」ということになり
親密度によって、入ってすぐの雑誌コーナーと細部まで
指定したり、半分かくれんぼのように後から来た人が
責任を持って探す、ということにしたり。
その後、食事をしてお酒や夜お茶やらもして
たっぷりお喋りして、終電も逃したし、タクシーを拾って
それぞれ帰途へ・・・というようなとき。
「さっき気になった本があって」
と、またABCへ戻ることを提案できるのは
相手を信頼してもいいと思った証拠である。
「どんな本?」
「気になるテーマの、面白そうなのがあった」。
「いっしょに見てもいい?」
ということになれば、また次へ繋がることになる。
ほろ酔い気分で本屋へ、というのはいかにもABCとの
付き合い方である。そこに、人と人とのつながりがあり、
いくぶんぎこちない空気をABCがやんわりと包んでくれる。
あの空間に包まれた自分は、心地よい刺激を受けながらも
安心して本棚を回遊できた。
人が生きるうえで、なにがあっても裏切られることがない
という安心感は非常に重要なことだと思う。
都市生活の場合はそれが商業的なスペースによって
賄われることが、ままある。
私にとってその最たるものが、青山ブックセンター
六本木店だった。
オアシスであり、駆け込み寺であり、劇場でもあった。
人生のなかで、なにか大きな支柱を失ったようである。
ぐらり、と体が揺れて、もうしっかり立てないような
気にさえなってくる。
主張することのたいせつさ。
なにかに入れ込む事のたいせつさ。
訪れる人を拒まないことのたいせつさ。
みんな、みんな、ABCに習った。
ありがとう。
といいたいが、早くも過去形にするのは辛すぎる。
聞いたところよれば、8/2が民事再生の申し立て
最終期限だそうである。
なんとかして再生、再開して欲しい。
銀行はこうした志ある書店にこそ融資して欲しい。
そして、お客さんはちゃんと本を買うように。
その節はぜひとも、
「ABC de 会いましょう!」
(この文章は、S.O.さんから当サイト主宰者宛の7月27日づけメールの全文である。主宰者は、広く共有されるべき内容であると考え、S.O.さんの了解を得て、ここに掲載した。)
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[2004.7.29.]