☆早朝、露天の湯をたどる塩原温泉
一夜明けて、宿の部屋のカーテンを開くと、庭の植木に、シュガ ー・コートのような雪が散らばっていた。それは、ぼくが、夢のなかをさまよっている間にそっとそこに振りかけられたもののように、頼りない。
とうとう塩原へ来たか。そんな感慨を抱きながら、大浴場の湯舟に沈んだ。
昭和十年代であろう、東京・向島で履き物屋をしていた祖母が、商店会の旅行でこの地に来たときの、黄ばんだ写真が残っている。うちのおばあちゃん、浴衣の胸をはだけての、ご一行様記念写真である。
東京あたりの人間にとって、那須とか塩原は馴染み深い。その名はよく知っている。それだけにわざわざ出かけるまでのこともないと決め込んでいる。きっと、型どおりの温泉町だろうと。
ところが、来てみれば、案に相違して静かな山間の宿の雰囲気であった。深くえぐられた渓谷に突き出しているような浴室は、森閑とした闇に包まれている。
渓谷に渡した吊り橋を、こちらに戻ってくる、浴衣のグループが見えた。向こう岸すれすれに立ち上がる山の裾にあるらしい露天風呂に入ってきたのであろう。しかし、こわがりのぼくには、夜の吊り橋を渡っていくなど、とてもできない。
そんなわけで、湯に首まで浸かったまま、橋の向こうをいったんはあきらめたのであった。
山の朝日の所在はさっぱりわからない。それでも、どこからか陽射しがあるらしく、窓の外は、ぼんやりと明るくなっている。
橋の先まで、やはり行ってみようか。部屋を抜け出して、昨夜果たせなかった露天の湯に向かった。
岩の窪みに湯がたまっただけみたいな、原始の温泉にひたり、渓谷の底を下る箒川の水音を聴く。対岸の我が宿が、まるで別の世界の風景さながらに、湯煙のむこうに漂っているのが、不思議である。
湯から出ると、川沿いの道が、山肌を登っているのに気づき、そこをたどってみる。間もなく、別の露天風呂が現れる。わずかな平地をくりぬいただけみたいな「浴槽」で、ぼくは、そうするのが当然のように、またも湯のなかの人になった。縁から溢れた湯が、沢を下って、川に落ちていく。
うっすらと緑がかった、白っぽい岩が、渓谷を埋めているのが見下ろせる。この緑色凝灰岩は、かつて、一帯が海底火山の続く海底であった名残りであるという。
湯の傍らの道は、木々の間を抜けて奥へ続いているらしい。この「渓谷歩道」をずっとたどれば森林浴を楽しめるのだとは、後に聞いた。冬の最中は無理だろうけれど。
ぼくは、なんだか、雪降る山中の湯に、ちんまり憩うという野猿になったみたいな気がして、ひとりで笑ってしまった。★
(『JR EAST』誌掲載原稿に加筆)
[2002.1.21.]
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