★煉瓦と瓦に抱かれた近江八幡探訪
街と山と琵琶湖と■
ともかく八幡山の頂上に行ってみようと、すでに東海道線の車中で決めていた。近江八幡の駅に下りると、北に伸びていく大通りがあり、その突き当たりが山である。大きな土まんじゅうを緑で覆いつくしたみたいな、あどけない姿をしている。
昔、豊臣秀吉の甥にあたる秀次が、ここに城を築いたのが、この町のはじまりだという。城下町を通り抜けて、「城山」へ至るわけだからわかりやすい、かというと、ぼくはどうも納得がいっていない。
地図で見ると、駅からだいぶ離れたところに、旧市街があって、例の山があり、その背後に、琵琶湖がひたひたと迫るみたいにひろがっている。
町と山と湖、この「三角関係」が不安なのである。山があって湖とか、湖の傍らに町というように、ふたつずつだったら心安らかにいられるのだが、三点セットをどんと突きつけられると、にわかには信じられない。まだ食べていないのに満腹になる大盤振舞みたいに感じてしまう。
それで、山上から見下ろして自分の目でたしかめれば、少しは落ち着くだろうと考えた。
山頂行きのロープウェイの乗り場の手前に、日牟礼八幡宮があり、ぼくは、ここが一目で好きになった。往時の近江商人の守り神であろう。江戸のはじめ、ヴェトナム貿易に従事していた豪商が鎖国令が施行されたために日本に戻れなくなり、望郷の思いを託して奉納した額が社宝になっているそうである。
軒の張った頭でっかちの山門から、本殿に向かって、古錆びた木組みの神社全体に、骨組みをむき出しにしているみたいなカランとした開放感が行き渡っている。境内をめぐると気分がどんどん軽くなるみたいで、ついお賽銭をふだんの2倍も投げ入れてしまった。
頂上には、ロープウェイで数分で着いてしまう。目の下に広がる城下町を眺めると、グレイ一色に塗り込められている。なんとさっぱりした、清楚な風景であろう。このごろはどこへ行っても屋根がどんどんカラフルになって、ブルー、赤、あるいはときには黄色までが混在しているのに、ここではグレイの瓦が町のほとんどを占めている。
もっとも、グレイ、グレイと言っていたら、後に会った市立資料館の川南洋館長から、「グレイじゃない、燻銀と言うのだ」ときっぱりとたしなめられてしまった。
かつてだるま窯という、八幡山みたいにこんもりした窯で瓦を焼くときに、火がまわったところで蓋をすると、閉じ込められた煙に含まれるカーボンが瓦の表面に付着してグレイ、じゃなくて燻銀、つまり沈んだ銀色に仕上がった。これが、当地特産の八幡瓦の色となって定着し、この瓦は、近江八幡の家の8割の屋根に載っているとのことである。
眼下の美しいモノトーンは、ぼくのなかに残っていた、この町へのわだかまりを払拭するのに十分であった。瓦は素敵だ!
山頂にある瑞龍寺から見渡すと、遥かに陽射しを受けて光る琵琶湖のイメージと、オキシダイズド・シルヴァー(燻銀を英訳してみました。)の甍の波とが溶け合って、心地よく調和する。身体も心も、湖岸の町の伸びやかな気分に浸されていくのを感じる。
山の下に、八幡堀という掘割がめぐっている。秀次は、日本海から琵琶湖を経由して大阪方面に行き来する船に、この運河を通行させて、城下の町の繁栄を計ったという。江戸時代には、この堀沿いに瓦の窯元が軒を連ねるようになった。近隣の田から良質の粘土を小舟で運び、焼き上がった瓦も同じ舟で琵琶湖まで運搬して、大型の船に積みかえる。
水が人々の生活を成り立たせていたのであろう。瓦屋さんの多くが消えたいまも、堀はそのままに残って、漆喰壁の家が、過去の時間を伝えている。テレビや映画の時代劇で、このあたりがしばしばロケに使われるというのもうなずける。
古き良きアメリカに出会う■
ぼくの頭には、近江八幡に来るまで、瓦のことはまるでなかったのに、いまでは、瓦が気になってしかたがない。つい目がいってしまう。こういうことになるから、旅はやめられない。出かける前には考えもしなかったことに心を奪われ、意外な対象に夢中になる。恋をしているみたいに、どきどきする。
八幡堀がカーヴする地点に、平成7年にオープンした「かわらミュージアム」があり、ダルマ窯のレプリカを見ることができた。ここは、もともと窯元があった場所で、堀に面した枝垂れ桜の下に、本来の窯はあったのだと、館員に教えられた。
10棟ある建物の全てが瓦葺きで、24,000枚の瓦を使っている。それも、周りの家並に調和させるために、新瓦の燻銀を金ブラシで一枚一枚削り取って古っぽくしたとの話であった。敷地のなかの道にも古瓦をリサイクルし、館内は瓦のオンパレードで、日本各地の瓦が展示してあり、全館これ瓦づくしである。
愛の対象として意識するようになった瓦に囲まれ、穏やかではいられない。発熱しそうである。
気持ちを落ち着けて、しばらく街を歩くことにしよう。
八幡堀の南側の、昔ながらの町は、京都を手本にしたと言われる碁盤の目で、魚屋町、鍛冶屋町、畳屋町などという、職人町の町名がいまに残る。江戸時代の商人たちが店や屋敷を構えた一角には、土蔵が連なっている。
堀をはさんで、山上の城と町とが向かい合うかたちで、ここまでは絵に描いたような城下町である。
この町が他とちがうのは、ときどき年経た洋館に遭遇することである。どれも、街並みに滑り込むようにして、ひっそりとしたたたずまいをしている。ああ、これがヴォーリズだなと思う。
アメリカ人ウィリアム・メレル・ヴォーリズが、この町にやってきたのは、100年近く前である。彼が設計した建物が、市内に30軒近く残っているそうである。
ヴォーリズは、生活常備薬のメンソレータムをつくる近江兄弟社をはじめた人として、はじめ有名になったのではないか。もっとも同社はいったん倒産したので、これは、いまは別の製薬会社の製品になっている。再建した兄弟社からは、あらためてメンタームの商品名で出ているのだから、ややこしい。
近江八幡に住みつき、後に日本に帰化し、名前を一柳米来留(ひとつやなぎ・めれる)と改めた彼は、すぐれた建築家でもある。その設計した建造物が各地に多数あるが、ここは地元だけに、さまざまのスタイルの作品が見られる。したがって、「ヴォーリズ建築」を探して、古き良きアメリカに出会うのも、この町を歩く楽しみのひとつになる。
天秤棒をかついで草鞋履きで全国を商いして歩いたという江戸の近江商人と、大平原のカンザス州からやってきたオール・アメリカン・ボーイと、その両方の記憶が、近江八幡にはしまいこまれているわけである。
日牟礼神社の開放的なたたずまいといい、とらわれない自由な気風が、街の全体に漂っている。
旧市街の西側の池田町には、この建築家が大正時代に手がけた洋風住宅街が、かつての名残りをややとどめている。この一角に足を踏み入れると、煉瓦塀がずっと連なっていることに気づく。近づいてよく見ると、煉瓦は形もさまざま、積み方も雑で、全体にゆがんでいる。それでいて、人が手をかけて仕上げたことが伝わる、温かい塀である。
なかの一軒にしばらく前から住んでいる、漆工芸家の杉本勝氏(このアーティストは、再生紙で漆器をつくる、珍しい技法を用いています。)の話では、この塀は焼き損ないの煉瓦でつくってあるそうである。
異文化が混じり合う現場で■
煉瓦は瓦と似ていないか。
瓦にとりつかれているぼくは、そう思った。どちらも粘土が原料だし、窯で焼くのも同じではないか。燻銀をかける前の素焼きの瓦は、煉瓦に限りなく近いのでは? 煉瓦と瓦、字面だってこのとおりである。すると、この町には煉瓦工場もあるのではないか。
この勝手な推測は、的中した。かつてはたしかにあったことがわかったのである。
杉本氏と、資料館の江南氏に尋ねて教えられたところをまとめるとこうなる。町の西の端に、滋賀県で唯一の煉瓦製造工場があった。煉瓦づくりについてはヴォーリズが指導したと言われる。だいぶ前に閉鎖されたが、いまではほとんどないホフマン窯と、煉瓦でできた煙突が現存していて、もう一度煉瓦を焼く準備が進んでいるところだ、と。
さっそく行ってみよう。好奇心が満たされる旅は楽しい。かなり離れているらしいのでクルマにして、八幡堀づたいにたどると、かわいらしい四角の煉瓦煙突が見えて、その下で、パワーショベルが盛んに動いている。再生工事が進んでいるのであろう。
しばらく立ち止まって眺め、そのまま西にたどって、さらにはずれの山際にある「八幡瓦製作所」にたどりつく。かつての窯元たちが協業組合をつくり、瓦づくりを継承している。理事長の山口常夫氏に連れられて、憧れの(急に憧れてしまったわけですが、)八幡瓦のつくられる現場を心ゆくまで見学できた。(なお、見学を希望する場合は、申し込んで、業務に支障のないかぎりOKだそうです。)
山口氏にもう一度、煉瓦と瓦の関連を質すと、こんな話をしてくれた。
「煉瓦と燻銀の色合いは合うのです。古い煉瓦の倉庫に、瓦の屋根を葺いて再生させた例が、最近ありました。ヴォーリズさんは、煉瓦をわざと異形にしてつくらせたそうです。自分の設計した建物では瓦も使い、建築事務所の銘を瓦に焼き込んだりしています」
先の煉瓦工場では一時、瓦を製造していたことがあるともいう。煉瓦と瓦、日本と西洋、異文化が混じり合う現場に出会っている。なんと幸せなことではないか。
クルマをこのまま長命寺まで走らせることにしよう。そこは聖徳太子創建になるという西国31番札所である。808段という、途方もない数の石段を踏んで、その境内に登ると、近々と琵琶湖を見下ろせるらしい。
近江八幡という町にとうとう慣れてきた。★
(『旅』誌1998年8月号掲載原稿に加筆)
〈近江八幡データ〉
白雲館(近江八幡市観光案内所) 電話0748-33-5345 開館9-16:30 年末年始休み 無料
近江八幡市立資料館・旧西川家住宅 電話0748-32-7048 開館9-16:30 水曜午後・木曜・祝日休み 300円
かわらミュージアム 電話0748-33-8567 開館9-17 月曜休み 300円
八幡瓦製作所 電話0748-33-6633
(2001.6.26.)