★ポートランドの中国人

シアトル発のグレイハウンド・バスは、インターステート5号線を南下していく。このあたりではいちばん高いマウント・レイニエがよく見える。4千メートルはあるだろう。久しぶりのアメリカ・バスの旅だ。
州都オリンピアでいったん下車して、郊外の地ビールの店を訪ねた後、だいぶ待たされて、午後8時のバスに乗る。午前○時、隣の州オレゴンのポートランドに着く。
真夜中のアメリカは、侘びしい。街のなかなのに、荒野に置き去りにされたも同然である。タクシーを拾って、ドライヴァーに安宿を探してもらう。
寝ぼけ眼のフロント係から渡されたキーで、指定の部屋を空けると、ベッドの上にペンキの缶がいくつもいくつも積み上げてある。壁にははしごが立てかけられ、これはどう見ても、「改装中」である。蛍光灯だけがはまっぴかり。
いい加減にしろよ。
フロントに戻って交換してもらったキーで、別の部屋を開ける。今度は、ひどい「改装前」。ベッドのカヴァーの裾から、糸がばらけて垂れ下がり、床のカーペットはしみしみ。ドアにはチェーンがない。
ま、いっか。
汚い部屋に悪態をつく元気がなくなっている。減りきったお腹のほうが問題であった。
ホテルの建物を出ると、市バスが暗い街を走っている。バス停に並ぶ人間たちは、黒い影のよう。すれちがう男に投げた「食べられるところはないか」という質問に、答えは戻ってこない。男は、手を振り拒絶のゼスチュアをしながら、去っていく。
やっと見つけたサンドウィッチの店。冷えきったターキーサンドウィッチを、ぬるいミルクの助けを借りて、ともかくも体内に流し込む。
これが、アメリカに於ける長距離バスの旅だ。いつだってこうだったではないか。打ち捨てられた裏道をたどるようにして、そっと移動していく。
どんなものを口に押し込んでも、どんなベッドに横たわっても、眠ってしまえば同じことだ。そんな諦めの境地になれるのは、不思議である。
それでも朝になった。二度と戻ることのないホテルを後にし、救われたと思ったのは、ラズベリー入りの温かいマフィンと、大きなマグの熱いコーヒーを前にしたときであった。こぎれいな食堂のカウンターの向こうに、中国系の主人と、その娘らしいウェートレスが、柔らかな表情を浮かべている。
ふたりは、ぼくが日本人だと知ると、「あんたはどう見てもチャイニーズだ」と口を揃えて言う。そこで、ぼくも興に乗ってしゃべった。
香港の路面電車のなかでのこと。学生らしい若者が、硬貨を出しながら広東語で話しかけてきた。ぼくは黙って、その硬貨をより少額のと両替して、彼に渡した。言葉はわからなくても、「お金くずして」と言いたいことぐらいは動作でわかる。
つづいては、ソウル。街のなかで中年の男に呼びとめられた。道訊きらしいけれど、当方、ハングルがまったくわからない。人差し指で口元を押さえながら手を横に振ったら、突然、相手の口から、流暢な日本語が流れ出した。「なんだ、韓国人かと思ったよ」
というわけで、「ぼくはチャイニーズそれともコーリャン?」
食堂の中国人「親娘」は、この問いかけに、声を上げて笑った。
ふたりに見送られ、バス・ターミナルへ向かう。次ぎの目的地は大学町ユージーンである。バスは楽しい、かもしれない。

2000.12.07