★珈琲を尋ねて、京都・神戸・東京銀座
京都/はなふさ、六曜社珈琲店■
「サンブレ」
珈琲を愛してやまない山本裕之氏は、サントス・ブレンドをそう呼ぶ。
「口に含んで呑み込んだ後に舌の奥から酸味が出てくる。そして、鼻から息を吐くと香りがたちのぼって。でも飲み過ぎると、小皺が増えますよ」
笑顔が、失礼ながら愛らしい。トレードマークの蝶ネクタイ、細身の身体をきっちりと包んでいるスーツ。やや鼻にかかった、キレのいいしゃべりである。京都・四条河原町の裏道をたどって行き着く珈琲店「はなふさ」の主人は、ダンディを絵に描いたみたいな人物であった。
京都には、珈琲の名店が多い。それは、珈琲が、人々の日々の生活の流れのなかに組み込まれているためだという。喫茶店にわざわざ出かけるのではない。会社から家に帰る途中、あるいは買い物を終わった後に、おいしい珈琲を一杯。こうして自然に立ち寄る客に育てられてきた店々が、街の風物のひとつとして溶け込んでいる。これがなによりの強みであろう。
くつろぎが、日常のなかにしっかりと根を下ろしている。京都はいかにも都市らしい都市である。
「はなふさ」は、文字どおりウナギの寝床のような細長い店で、奥へ伸びるカウンターに、馴染みの客が点々と散らばってくつろいでいる。
音楽は一切ない。以前にはレコードをかけていたが、ステレオになってからやめたという。両側の壁が迫っている、このような空間では、どんなに工夫しても、ふたつのスピーカーからの音をバランスよく聞くことができるのはひとりかふたり。それでは他の客に不公平だというのが、音をなくした理由である。
昭和30年の開店当時、山本氏は24歳であった。勤めていた会社を、社長と大喧嘩の末にやめて開いた珈琲店である。血気盛んな若者のこだわりは、自分流の珈琲づくりに発揮された。
開店してまもなくのころに、深煎りして、あらかじめ砂糖とクリームを入れる先輩格の店のやり方に対して、豆は多く使いながら適度の焙煎で苦味を出さない方式によって対抗した。おかげで、ふたつの店の間では、京都の珈琲好きを二分する、熱い戦いが繰り広げられたものである。
そのころ、珈琲通が書いた著書にわずか数行述べてあった、幻の「ダッチコーヒー」に魅かれて、なんとかつくってやろうとがんばったのも、その一途な情熱からであった。「うまくできて、一口したらワインかリキュールかという味で、うれしさのあまり、やったあと叫びながら家のなかを走りまわりましたよ」と述懐している。これは、日本では初めての水だしコーヒーである。
京大の化学専攻の学生に依頼して医療器具専門店でつくったという、ドリップ方式のガラス器をいまも大切に使いながら、夏場だけ淹てているが、一日5杯つくるのが精いっぱいという。
山本氏から見れば息子の世代にあたる奥野修氏になると、別のこだわりがある。
「コーヒーは生活の主役でなくて、味付け。あまり主張すべきではない。ネルドリップもいいけれど、ぼくはペーパーで、家庭用浄水器を通した水を使い、カップもふつうのものにする。何気なくて、それでいておいしいものを出したい」
京都の繁華街の中心、河原町三条に、戦後間もない時期からある珈琲専門店「六曜社」は、いまは二代目になっている。その当主の弟が修氏である。兄の店の地下で、やや苦味のある深煎りでありながら、身体をすっと抜けていくような味わいの、独自の珈琲を提供している。
一階のほうは、伝統のブレンドの味を残した、気軽に出入りできる店であり、一方、「地下店」には、文庫本や買ったばかりのCDを手に、濃いめの珈琲を楽しみたい客が下りてくる。そこにはおじいちゃんもおばあちゃんも、茶髪のお兄ちゃんもいる。
地上と地下、ふたつの店のつながりを示すのは、どちらにも、サイズは少しちがうらしいが、大きなやかんが湯をたぎらせて鎮座している光景であろう。それは京都の珈琲の「奥行き」の深さを物語るものでもある。
神戸/にしむら珈琲店■
神戸は、阪神大震災で、街をめちゃめちゃにされてしまった。しかし、東京あたりから来て、「にしむら珈琲店」中山手本店を久しぶりに訪れる客はみな、「地震は関係なかったんですね」と、いかにもほっとしたという表情をする。
そのたびに社長の吉谷博光氏は、「そうじゃないんですよ」と大声を出したい衝動に駆られる。昭和23年以来の珈琲店の建物は、骨の部分だけを残してほとんど破壊されたのである。まるでローマの遺跡を見るような惨状であったという。これは、建て替えて新しい建物にするのが順当であった。
「しかし、ここには、私たちはもちろんですが、お客さんひとりひとりの思い出が詰まっている。奥さんと最初にデートしたとか、安い給料のなかから無理して週に一度だけここで珈琲を飲んだとか。思い出が変えられないように、この店も変えられません」
ほとんど元のままに修復し、震災から四ヶ月弱して再開したという。変えないことにこだわる。神戸が手本としてきたヨーロッパの街づくりの基本に流れる考え方こそ、この「不変への執着」である。
吉谷氏の義母にあたる創業者が開店した当時は、駐留軍のダンスホールの入り口部分に、椅子を三つほど並べただけの店であった。現在に至るまで一貫しているのは、珈琲の品質によって、客に満足してもらおうという姿勢である。
したがって、最初から音楽は一切なかった。冷房も入れず、「テレビ喫茶」が全盛のときもテレビは置いていなかった。珈琲の味ついては、ブレンドはまったく変えていない。
昨今は、味を保つことがますます困難になっている。珈琲豆の原産国が、品質のいい豆をつくらなくなっているし、つくっても少量で、しかも価格はつりあげられる。そのなかで、豆の間のバランスをとっていかなければならない。流れに押し流されていたのでは、水準を維持できない。
この店に座っていると、ウェートレスが、テーブルの珈琲に蓋をするのをしばしば目撃する。どこで見ているのか、しばらく席を外す客があると、そのカップに金属の蓋をかぶせていくのである。ここには客への気配りばかりではなく、珈琲への「配慮」もあるにちがいない。
せっかく自慢の珈琲が、冷めて味が落ちるのを心配して、そっといたわってやる。そんな気がするシーンである。
東京銀座/カフェ・ド・ランブル■
関西の珈琲に生活観が溢れているとすれば、東京には、近くまで行ったらどうしても寄りたくなる、忘れがたい珈琲の店がいくつかある。その筆頭が、銀座の裏通りに隠れているみたいなたたずまいの「カフェ・ド・ランブル」であろう。
明治44年にオープンした「プランタン」以来、銀座は、日本における珈琲文化のメッカであった。数々の名店を生んできた街で、伝統を守ることの価値は大きい。
「ランブル」の店主、関口一郎氏は、焙煎機やミル、あるいは専用ポットなどの開発者として、また、辛口の珈琲論を展開する論客としても、広く知られている。この店で修業をした後に独立していった人たちは、孫弟子までたどれば100人にもなると言われている。
銀座で店をつづけて50年になる。数ある老舗のなかで、「ランブル」が際立っているのは、開業当時から今日に至るまで、日本で手に入る最高級の豆をずっとストックし、その味を最大限に引き出すことに努めてきたことである。
当初は終戦直後で、一般には品質のいい珈琲などでまわっていないころだが、親しくしていた問屋を通して、戦時中の退蔵物資を手に入れることができた。戦前のふつうの日本人は珈琲をほとんど口にしなかったけれど、それだけに少数の愛好家のために、高品質の豆が入ってきていたのである。
戦争の間じゅう、倉庫に眠っていた古い豆ばかりであった。これを挽いて飲んでみると、とてもおいしい。コーヒーも古くなるとおいしくなるのだと気がついたという。
1960年代になって、世界の豆の質が急激に悪くなりはじめた。そこで関口氏は、エージング・ルームを設け、とくに質の高いニカラグア、コロンビア、メキシコなどの豆を貯蔵して、熟成させるという方法をとりだした。
こうした「手当て」をしてきた成果が、メニューのなかに並んでいる、星印がついた「オールド・コーヒー」という項目に現れている。これらはいずれも10年以上エージングした、ワインで言えばヴィンテージものの珈琲である。
この店にはじめて来る客は、注文の際に、好みの濃さを訊かれるであろう。濃いか薄いかによってカップがちがう。砂糖を入れるのか入れないのかも質問されるはずである。入れるという客には、出来上がった珈琲に少し加熱してから出すことになっている。砂糖を溶けやすくするためである。
ところで、ぜひ「オールド・コーヒー」を試したいと考えたとしても、もし砂糖を入れると宣言したら、その望みはけっしてかなえられないであろう。「砂糖なしでおいしく飲める珈琲を出すのが使命です。せっかくの珈琲の甘味が砂糖で抑えられるのはいかにも惜しい」と、関口氏は言っている。だから、熟成させた「オールド・コーヒー」だけは、砂糖なし以外では提供しないと決めている。
それに、豆の品質が悪化をつづけているために、はじめのころは常時5万トンあった熟成豆が、いまでは2万トンにまで減っている。「せめて在庫のあるかぎりは、もっともおいしい状態で飲んでほしい」
180円コーヒーと、自販機の缶コーヒーが氾濫する日本の都市で、なおも奮闘する珈琲店があることを、少なくとも忘れないでいたい。★
(『珈琲の本-焙煎を味わう』双葉社刊・『陶磁郎』編集部編・1998年6月25日発行・所載原稿に加筆)
<本文に登場した珈琲店>
はなふさ 京都市中京区四条河原町西入ル上ル西 電話075-221-0652 営業時間10-22 定休木曜日
六曜社珈琲店 京都市中京区河原町三条下ル 電話075-241-3026 営業時間11-18 定休水曜日(地下店のみ)
西村珈琲店 神戸市中央区中山手通1-26-1 電話078-221-1872 営業時間8:30-23 無休
カフェ・ド・ランブル 東京都中央区銀座8-10-15 電話03-3571-1551 営業時間12-22(日曜祝日は19時まで) 無休
(2001.6.29.)