★軽井沢/速い列車で早く着き、駅で遊ぶ
軽井沢コンコース
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 夏の予感がする頃になると、軽井沢へ行きたくなる。都心よりだいぶ低い気温と四囲に溢れる緑とがもたらす心地よさに魅かれるからである。東京駅から新幹線でわずかに1時間あまりで、まるで別の世界にでも連れていかれるような気がする。

 朝早くに出かけられたときはきまって、軽井沢駅でしばしの時間を過ごすことにしている。すぐに街に出ていくのが惜しまれるのである。

 平成9年の長野新幹線開業に合わせてオープンした新駅は、3階部分にある改札口を出るとすぐ、晴れた日であれば、真上の天窓から落ちてくる陽を思い切り浴びることになる。

 左右にコンコースが伸びて、駅の北口と南口を結んでいる。軽井沢本通りへ通じるのは北口だから、こちらがメインなのだろうが、ぼくは、まず南口ヘ向かって歩くことにしている。

 コンコースが尽きて、広々としたバルコニーに出ると、緑の木々の向こうに、ゆるやかな丘陵を一望にできる。軽井沢へ来たことを実感する瞬間である。この風景をバックに記念写真を撮っている人たちをよく見かける。自分と感動を共有している人がいるのを知ると、楽しい気持ちになる。

 そこから、もう一度コンコースへ戻ってくる。北口へ向かいかけるところで、ゆっくりと自転車を走らせる人とすれちがったことがある。こうして少しずつ、のびやかな軽井沢の空気に心身を浸される。

 わずかなスロープを北口へ下りかける。出口が緑の葉に覆い尽くされているように錯覚する。これは駅前広場のケヤキの木が視界を遮っているためである。樹齢90年というケヤキが6本。これらは、新駅ができたときに移植されたのだという。

 したがって、南口には遠景の緑、北口に出れば近景の緑ということになる。遠く、そして近く。野球で言えば、絶妙のコントロールをされた風景というところではないか。

 コンコースから脇に入る通路にあるカフェで一休みしたことがあった。缶ビールを口に運びながら、窓から、浅間高原方面を眺めていた。ふと隣りのテーブルを見ると、その同じ窓になんと背を向けて、ひたすらサンドウィッチを頬ばるおばちゃんがひとりいるではないか。

 もったいないよー、こんな絶景に知らんふりなんて。口に出して注意したい衝動を危うく抑えたものである。

 構内には、レストランや土産物店、あるいは観光案内所だけでなく、透明ガラス越しに、FM局のスタジオが見える。そこでは、DJがマイクに向かっていることもある。

 もっとも、この駅のハイライトはこれからである。駅を出て左へ、ほんの十数歩か。そこには、以前の駅が、(旧)軽井沢駅舎記念館として、そっくり保存されている。ぼくのような年配者には、こういうことはとてもありがたい。若かった頃の薄れかけた記憶をブラッシュアップしてくれるからである。

 かつて軽井沢駅を通っていた信越線には、隣りの横川駅との間に、碓氷峠の難所があった。この急勾配を克服するために、ドイツで開発されたアプト式の技術が日本で初めて採用された。明治の半ばのことである。2本のレールの真ん中にぎざぎざの歯形のようなラックレールを敷いて、車両側の歯車と噛み合わせ、引っぱったり逆にブレーキをかけたりする力を高めたという。

 昭和30年代に廃止されるまでがんばったラックレールの一部が、旧駅舎の展示室に陳列されている。これを最初に見たときは、しばらくその場を離れられなかった。むかし鉄道少年だった、というわけではないけれど、時間に忘れられた鉄の塊からは、さまざまな想いが滲み出してくるみたいであった。

 新幹線で、あっという間に、東京からここまで運ばれてきてしまう。それはそれでいい。しかし、いったん駅に着いたからには、時間は自分のものである。速い列車に乗った分、駅でのんびりできる。早く着いてしまったから、駅で少し遊ぼうか。そんな気持ちになれるのである。
2004.7.23.]


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