★インドで、ピンク色の女神像を買う |
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空港ビルから出る。視野を占めているのはオレンジ色であった。この色を表現する言葉を探すけれど、見つからない。止宿先のタージ・マハール・ホテルへ向かうバスのなかでも考えつづけた。
デリーのインディラ・ガンジー空港に到着したのは午後5時ごろであった。空港を後にしたのは、それから1時間後ぐらいのはずである。夕暮れにかかるころで、地面に引く、人の影の長さに感じ入り、オレンジ色に引きつけられたのは、その後であった。
テキーラ・サンライズのようにはっきりしたオレンジではない。ミカンほどには淡泊でもない。ぼんやりしていて、厚ぼったい。結局たどりついたのは、オレンジジュースに浸した夕焼けの太陽というイメージであった。
夕暮れは日々訪れる。家々の夕餉の煙りが、あいまいな高さに漂っていることに、やがて気づく。彼らは薪を集めて、それを燃やして調理する。この煙りが夕陽と戯れ、あのあいまいな色を出しているというのが、ぼくの頼りない仮説であった。
このオレンジは目をやられる。目の奥まで、この色に染め上げられてしまう。そして、やがて「悠久」や「永遠」に呪縛されるのだとしたら、ぼくは、早めにごめんこうむりたい。
デリーに発つ前日、『週刊モーニング』で、グレゴリ青山という漫画家が、マードゥリー・ディークシトを絶賛しているのに出合った。彼女は、インド映画女優のナンバーワンで、巨乳、演技は表情豊か、とりわけ目もくらむ華やかなダンスが抜群だと。そこで、マードゥリーに会うためにデリーへ行くのだというつもりになることにした。
到着の翌日さっそく、映画館が集まるというコンノート・プレースへ出かけた。たしかに軒並み映画館である。しかし、氾濫する看板の文字は、まるで読めない。女優さんが幾人も描かれてはいるけれど、同じような美人ばかりで、どれがマードゥリーやら。持参した雑誌の切り抜きを、路上にうろついている男たちに見せるけれど、連中はにやにや笑って首を振るだけであった。
仕方がないから、とりあえず、入ってみるか。別にマードゥリーでなければ、と切羽詰まっているわけではない。5ルピーを払って、入り口で入念なボディチェックをされたうえ、観客席へ送り込まれる。
足がすくんだ。そこは、真っ暗闇。もっともそれだけでは、この闇を表現するにはまるで足りない。自分を取り込んでいる闇の深さについて、なにか言おうとしても言葉が出てこない。
日本の映画館のように、すぐに暗さに慣れて、あたりがぼんやりと見えてくるというような、ヤワな闇ではないのである。ここの暗やみは溶けない。いつまで経っても。闇が凝固したまま、動かない。そんな感じがする。
映写ははじまっているのに、スクリーンの光がはねつけられるほどの闇であるらしい。
通路をおそるおそる進む。だれかの足を踏んづける。二度も三度も。他人の身体に何度もぶつかる。東京の地下鉄で停電に遭うとしたら、これに近い感じかもしれない。午後3時だというのに、この混み方はなんなんだろう。
それでも空席があるのだから不思議。実際ぼくは、闇のなかの手から手へ送られてシートに埋込まれた。闖入者に不平の声もなく。満員の闇自足しているかのように、静まり返っている
映画のなかから聞こえてくるのは、ヒンディー語なのであろう。言葉はわからないが、ストーリーはよくわかる。善いヤツが悪いヤツをやっつける。悪をくじき、善を助ける。当然のことに、善を推進するヒーローが活躍する。
しょっぱなの構図は、都市再開発の裏で暗躍する悪人たちと、無力な住民。東京の話でもいいのだろうが、とりあえず、舞台はムンバイ。悪人どもが傍若無人な行ないをしているところに、ガンジス川のほとりベナレスから、スタローンばりの救世主がやってくる。ヒーローは、無力な一般人を救うために大活躍する。
このクライマックスに、突如、なんの前触れもなく、我がマードゥリーがスクリーンに現われた。これには肝をつぶした。なんの脈絡もなく、彼女が、クラブのステージで踊り出す。それまでおとなしかったはずの、闇の観客席から、途端に大歓声、大拍手。十数分後、マードゥリーは、かき消すようにいなくなっていた。
後に知ったのだが、こういうことは珍しくないそうである。マードゥリーのような売れっ子となると、きちんとした役ではなかなか出てもらえない。そこで、歌や踊りの顔見せだけという場合がよくあるのだと。さすがは映画王国インドではないか。ぼくのようなエセ・ファンまでちゃんと満足させてくれる。
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夕焼けの茫洋としたオレンジ色。映画館の底知れない闇。インドという空間は、それら際限のない無形の存在によって占められているのではないか。だから、いかに壮大な建造物にももはや目を奪われることはない。
デリーから列車で2時間のタージ・マハールへも行った。ガイドの説明を聞き流して、その裏手へまわった。そこにはヤムナー川が流れていた。広大な河原で、洗濯屋カーストの人々が、洗い終えた布を並べて、干しまくっている。この光景は目が離せない。布に身を横たえ、青々とした空を眺めたら、どんなに素敵であろうか。
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ところで、タージ・マハールのあるアグラへは、シャタブティ・エクスプレスに運ばれていった。この急行は、デリーの北駅を早朝6時15分に出発する。駅に待っていたのは、微妙に明るさを含んでいる闇であった。どこか天空の穴からいやいや溶かし込まれた、一袋分の光を分け合うようにして、人々が、危うげにプラットフォームを彷徨する。
客車ひとつひとつの乗車口に貼りつけてある、テレックス用紙のような細長い紙片に目をこすりつける。あった、あったぞ! そこに自分の名前を発見し、やっと乗り込む。
乗客は、それぞれのシートに沈み、ぼやけた灯りの下で沈黙する。朝は当分来ないのではないか、と思ってしまう。
冷気が窓にはりついてできるのか、靄が小さな車窓を覆っている。外はうかがい知れない。明るさがわずかずつ増して、少なくとも夜にむかっているのではないことを確認はできる。
質素なトレイで朝食が配られる。従業員が両手いっぱいに抱えて、ひとつずつ置いていくのである。ぼそっとしたオムレスとパンが2枚、それに紙パックの紅茶。目覚めるチャンスをなくしているみたいな身体を、温かい液体がめぐっていく。
食事に気をとられているうちに、朝はやってきたようである。もはや馴染になった、あのオレンジ色が、窓を染めている。時間の経過を、こうして自覚する。
雑踏するアグラの商店街で、ぼくは小さな女神像を買い求めた。ピンク色をして、10ルピーであった。これで、自分がここに来たことを思い出せるであろう。
帰途はタクシーに乗り、ナショナル・ハイウェイ2をひた走る。夕暮れである。周りじゅうに散らばるオレンジの光が天空に吸い取られていくのを、ただ眺めていた。
★07.2.19.
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