| ★岐阜/路面電車を下りM食堂の赤暖簾へ歩く |
岐阜市内を走る路面電車の一部が、運転休止になったという話をきいたことがあった。もっとも、そのときも、路線の大部分は従来通り運行しているということで、ほっとした。ほっとしながら、また行ってみたいなと思った。もっとも、そう思っただけで、それっきりになったままだけれど。
いまも日本各地、路上を走る「市電」がいくつか生き残っている。なかでも、ぼくは岐阜市のを気に入っているのである。
その軌道は、街の中心を貫き、鵜飼いで知られる長良川のほうまで伸びている。岐阜市ははじめての街である。電車の走る道に沿いながら歩いた。とても気持ちがよかった。傍らを抜けていく赤い電車が、近々と感じられる。それは、「おい、歩き疲れたらいつでも乗んなよ」と呼びかけてくれている気がした。
せっかくの呼びかけを断わるのも失礼だなと思って、乗ってみた。緩やかに進む電車から眺める街は、スローモーションの画面を見ているみたいであった。
自分ではなくて、外の街のほうがゆっくりと移動していくみたいである。車体の横揺れが全身に伝わってくると、なんだかマッサージをされているみたいで、ぼくはマッサージが嫌いなんだと思いながら、気持ち良さに、眠くなってくる。眠るとずっと寝入ってしまいそうである。一生懸命に目を見開いていないといけない。
あのときは、岐阜市に3日いた。朝、昼、そして晩、いろいろな時間に街を歩いて、繰り返し車中の人となった。3日間、その繰り返しであった。
夕暮れどき、新岐阜駅前から乗ったときのことである。走り出してまもなく、左手の車窓から、真っ赤な暖簾が見えた。暖簾の外側にぶらさがる裸電球の光が赤に映えて、とてもきれい。気になって、次の停留所で下車し、歩いて戻った。
こうしてぼくは、赤い暖簾のM食堂の客になった。もうずいぶん前のことになるけれど、ここで食べた串カツのおいしさは、いまもはっきりおぼえている。
この店の串カツは、キリタンポみたいな、細長い独特のかたちをしていた。ドロッとしたソースがかけてある。口をつけると、甘みが柔らかくひろがる。
先端の部分を噛んでみる。赤身の肉ではなくて脂身であった。さっそく、店の人に質問して、赤身だと型くずれするから、あえて脂にしているのだという答えを引き出した。
妙なことを尋ねる客だと思ったかもしれないが、相手はそんなそぶりはまるで見せなかった。ふっくらした衣がまた絶妙で、牛乳が入っているらしく、ミルク・プディングのような味わいであった。
街に対面できる席に座ったので、行き過ぎる路面電車がよく見える。おいしい串カツに電車、当然のことにビールも忘れず注文したので、そのときはともかく、これ以上の幸せはない気がした。
ある夏休みのこと、中学生のふたり連れがここにやってきて、共にカレーライスを注文したことがあるという。イチゲンの客で、横浜から来た少年たちであった。彼らは、電車が通るたびに、あわてて道に飛び出していき、戻って来ては食べる。それを繰り返していたそうである。
ぼくもそうしたい気がする。しかし、ともかくも大人では、そこまではできないであろう。そこで、この店にいるときだけ、子どもに戻れたらいいと思った。もっとも、このわずかな時間でも、子どもになってしまっては、串カツはともかく、ビールが飲めないじゃないか。さあ、どっちをとるんだい? そんな自問をして、すっかり頭を抱える。結論としては、子ども回帰よりもやっぱりビールかな。というわけで、意気地のないことになってしまった。
こうして、串カツとビールを堪能して、ふたたび、赤い電車を友としつつ歩き出したのである。
柳ケ瀬もなにも、他のことはつゆ知らずに過ごした岐阜だったけれど、あの旅は忘れられない。
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[2004.7.26.]