TRAVEL
2007.9.21.

☆釜山行きたし、パスポートはなし

バット・ヘルメット

 福岡市の繁華街・中洲を縁取るようにして流れている那珂川。土手を歩いて入った屋台で、冷や酒をいただく。厚いガラスのグラスが、ずいぶん使い込まれている。丸くなった縁にあたる口元の感触が心地よい。

 「おねえさん、もう一杯だけ」

 秋も深まりかける一夜、福岡は三度目か、いや四度目かもしれない。燗酒に行きたくないような季節かな、と思う。

 屋台から身体をねじって振り返ると、静まりかえった川面が目に入ってくる。

 水底に土砂がたまる。やがて盛り上がって水面に現れる。それが洲であるという。いまは歓楽の巷になった中洲もまた、長い時間をかけ、そんな風に出現した地面の上にできていったのであろう。

 きょうもよく歩いた。

 福岡の人はあまり歩かないそうである。また、天候の変化に敏感で、夕方少しでも雨が降り出すと、予定していたお出かけを簡単にやめてしまう人が多いのだとか。

 人それぞれだろうけれど、これは土地の人にきいた話だから、根拠のないことでもないのであろう。

 なるほど、歩いていてあまり人とすれ違わない。そのせいか、歩道が広い気がする。あんまり混雑しているのもいやだが、見回して、自分ひとりというのも寂しい。

 歩行者はうるさがり屋だが、寂しがり屋でもある。人の姿を見かけなくなると、急に不安になる。

 きょうの昼は、長浜で寿司を食べた。素焼きの器が素敵であった。しかし、わびさびに無縁の当方、その器がどこで焼かれたたものであったか、訊いたような気もしない。伊万里とか有田とか、この近くにはいろいろあるはずではある。

 地物の魚は優しい味わいがした。魚名が関東とだいぶちがっていた。これもさっぱり記憶に留まっていない。困ったものである。

 現役時代のジャイアンツ・王選手の大ファンであった。だからどうなんだと言われそうだが、王さんの隣町で生まれたことを自慢にしている。福岡へ来ると、王監督のドーム球場へ「参拝」に行く。試合があるときにあたったことは一度もないけれど、それは別にかまわない。

 お会いしたこともない王さんにごあいさつをするつもりで、ビールを飲む。それで満たされる。

 ドームでは、外野席をぐるっと囲む形で、バー・カウンターが延々と伸びているのである。全長188メートルだと教えられた。これだけのロング・バーは世界のどこにもないにちがいない。そう言い切ってしまいたい。

 今回は、寿司を食べた長浜の店からホークスタウンまで歩いたのである。たどりついて、カウンター越しにグラウンドを見下ろしていると、気持ちがゆるゆるとほどけていくのがわかった。

 さすがに疲れて、この後に宿へ戻り、しばらく休んだ。日が暮れてしばらく経ってから、また出かけてきたというわけである。仕切り直しをして、あらためて福岡の街を歩きだす。そんな気分であった。

 一区切りつけ、休みを入れたおかげで、一日で二日分を楽しんでいるような気分になれる。

 冷や酒二杯。土手の屋台を出て、どこへともなくさらに歩き出しながら、思い出したことがある。

 かつての炭坑の町、飯塚へ行った帰りに、博多港から高速艇で釜山へ渡った。3時間ぐらいで釜山港に着いてしまったと思う。

 釜山を歩いた3日間の記憶が、どっと押し寄せてくる。明日は、高速艇に乗ってしまおうか。だけど、パスポート持ってきていないしな。

 こうこうとした月が見下ろしている。
[2007.9.21.]


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