★りんごパンのブルックリン
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ラリー・ラピンスキーの母親は、とても興奮していた。
22歳になったラリーが、俳優になるために家を出るという。
大切な息子が行ってしまう。
もう帰ってこない気がする。
「スーツケースは、ロープで縛ったかい?」
「大丈夫さ、母さん」
「ほー、そうかね、道の真ん中でぶちまけるんじゃないかい」
父親が、スーツケースに、ロープの鉢巻きをする。
映画『グリニッチ・ヴィレッジの青春』の、これがファーストシーン。
スーツケースをロープで縛らなくてはいけないほど遠くへ息子が行ってしまう。
母親はそう思い込んでいる。
大事なスーツケースにもしものことがあったらとも。
あれもこれも、心配でしかたがない。
ラリーの行く先は、グリニッチ・ヴィレッジである。
父と母にラリーが育てられたブルックリンからは、川ひとつ隔てているだけ。
同じニューヨーク。
それでも遥かに遠い気が、母親はしているし、ラリーも。
なんと言っても、そこはマンハッタンではないか。
ラリーは「旅先」でいろんなこと経験する。
結果、映画の役がつき、今度はハリウッドへ旅することになる。
ニューヨークから、空を飛んで4時間は遠い。
しかし、映画ファンの母親には、グリニッチ・ヴィレッジより、ずっと近い。
「ねえ、ラリー、クラーク・ゲーブルに会ったら、母さんがファンだって伝えて」
母親手製のりんごパンを齧り齧り、ラリーがほんとうにブルックリンを去っていく。
映画はここで終わっている。
2007.8.24.


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