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★見沼代用水が流れ流れて

満々と湛えられた水が、岸辺からこぼれ落ちそうだ。
流れは速く、水面を浮遊する雑草が、瞬く間に行き過ぎる。
冬になれば、水底が現われるくらいに、流れが途絶えるという。
信じられない。
背後に、武蔵野線の電車の走り去る音がする。
下車して間がない東浦和駅が、ずっと遠いものに思える。
桜並木が、さわさわと微風に揺れる。
見上げると、小さなさくらんぼが、わずかに赤く色づいている。
江戸時代に掘削された見沼代用水。
その西縁と言われる掘割と並木にはさまれて、ひたすらに歩く。
乾いた土の道はつらい。
一歩踏み出すごとに、爪先を踏みしめないと、安心がならない。
桜の葉の緑の向こうには、どこまでも畑がつづいている。
すれちがう人もクルマもない。
畑のなかに、土にかがみ込む人はいる。
こちらに背を向けた姿勢のよそよそしさに、むしろ救われる。
自足という言葉通りに、満ち足りていられる。
掘割がどこまでつづいているのかが、気にならない。
並木の連なりの果ても、どうでもいい。
国道463号線を越えてまもなく、陽が前方に傾き出す。
すると、真正面から陽射しを受けるようになる。
夕暮れが近づき、早く出てこなかったことを悔やみはじめる。
この自足を長引かせたいと、しきりに願う。
白いスニーカーが一足、桜の枝からぶら下がっている。
その片方だけが泥にまみれている。
もう先が見えてしまう。
いつものことだけれど。


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