
★稲村ケ崎でタコス?
ある年、松の内が過ぎてまもなく、鎌倉駅から江ノ電に乗り換えた。
先頭車両のいちばん前、運転席のすぐ後ろに立った。
子どもがしたがるように、電車に乗るなら、やはりこの位置を占めるにかぎる。
稲村ケ崎を過ぎて七里ヶ浜に向かうと、海が近いと一瞬思った。
次の瞬間には、眺望が突然に開けていた。
波が寄せる浜辺の向こう、真正面に江ノ島が現われる。
背後に広重さながらの富士山が立ち上がっている。
これにはショックを受けた。
こんな富士が見たいと念願していた、その通りの景色に突っ込んだからである。
夢のなかにいるみたいな気持ちになった。
以来、チャンスさえあれば江ノ島へ出かけ、正月にも二度行った。
とりわけ冬は、富士山がきれいに浮き出ている。
いまは秋。
きょうはあいにくの曇天である。
江ノ電には、いつもとは逆に藤沢から乗った。
富士山は、当然のことに、雲の向こうにすっかり隠れている。
午前11時半というのに、なぜなのか、車内は女子高生でいっぱいである。
お弁当箱を開いている少女たちが目立つ。
いったいどうしたのか、とは思うけれど、どうしたのですか、と訊く勇気がない。
ひたすら、目のやり場に困ってしまう。
初めて、稲村ケ崎で下車する。
駅前の道を下り、海辺に出ると、メキシカン・レストランがある。
お昼はタコスにするべきではないか、と強く思う。
食欲が冒険をしたがっているのは、さっきの女の子たちのせいであろう。
いや、そうに決まっている。

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