著者=枝川公一
編集・発行=WAVEtheFLAG
発行日=2004年2月1日
文字数=39,412文字
定価=400円

 『新・東京の Bar』の著者が、お酒をどこでどう飲んでいるか、その実際を綴る。おいしいお酒に出会ったときも、とんでもないお酒に遭遇してしまったときも、あるいはまた、二日酔いに苦しむ朝も、たゆまず書きつづける、アホな酔っ払いの千鳥足跡である。

 このテキスト『日々是酒中日記 壱』は、当サイト WAVEtheFLAG に、2001 年以来連載中の『日々是酒中日記』の最初から約 4 万字分に加筆し訂正して、集大成したものである。

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 本文の書きだし部分・抜粋

 銀座ソニービル 8 階のレストラン「サバティーニ」で夕刻 6 時から開かれるパーティへ行く。別に理由はないけれど、最初にシャンパンに手を出すのが、パーティでの習い性みたいになっている。その後、一緒に行った人とおしゃべりをしながら、赤ワインを 2 杯か 3 杯お代わりしたように思う。その間に、生ハムやスパゲティが運ばれてきたので、それらも食べた。

 8 時前に、そこを出て、一杯だけ飲もうと言い合いながら、すぐ裏手の並木通りにあるバー「よ志だ」へまわる。この店については、『日本マティーニ伝説』(小学館文庫) の冒頭で書いた。「ミスター・マティーニ」こと今井清氏の一番弟子である吉田貢氏がひとりで切り回している。あの本でも書いたけれど、今井氏のことを一冊にする仕事をしなかったら、このようにして気軽に地下への階段を下りて入っていくことがはばかられた店である。取材を通じて吉田氏を知ったおかげでドアを開ける勇気を持てた。まずそのことに感謝しなくてはいけない。

 数日前に、ある人からメールがあった。「よ志だ」へ行ったら、吉田氏が、「うちのマティーニは 2 杯で十分なのに、つい最近、最後にもう 1 杯と言いながら 3 杯飲んだ人がいた」と話していたけれど、あれってあなたのことではないか、という文面であった。これはまったく図星で、たしかに 3 杯いただいた。結局、最後は意識が途切れ途切れになってしまい、怖くなって、まだ 9 時前だというのにタクシーで帰宅した。

 あの日は、マーティニの前にアルコールはなにも口にしてはいなかった。それなのにそんな始末である。もっともマーティニというカクテルは不思議で、どんな状況であっても、それまでに酔っていてもいなくても、なにも飲んでいなくても飲んでいても、同じように 3 杯でノックアウトされる。他の人は知らないけれど。どういう加減でこうなるのかはわからない。ウィスキーでも焼酎でも日本酒でも、あるいは他のいかなるカクテルでも、こんなことはない。

 ところで、きょうは一杯だけという誓いを立てているのだし、すでにいろいろ飲んでいることでもあり、他のカクテルなどへ寄り道している暇はない。マーティニへ直行である。

 吉田氏がつくるのを見ていると、たしかに量が多い。喇叭型に開いたカクテル・グラスも大きい。「ふつうは 90 ミリリットルだが、うちでは 120 入る」ということであった。目の前でなみなみと注がれ、レモンピールされたところへ口を持っていってまず一口するのが、ここの流儀であることは前回おぼえた。そうしないでオリーヴを入れたらこぼれてしまう。

 今回気がついたのだが、吉田氏はただ単にオリーヴを放り込むのではない。ピックをマーティニのなかで振って、オリーヴの実をじゃぶじゃぶと水浴させてから落とし込んでいる。これは実の表面の塩気を液体に混ぜ込もうというのであろうか。次ぎに出かけたときには、このあたりを訊いてみなくては。

 突き出しに出てくるのが、青豆のゆでたやつと、サイコロというよりはミジンに切ったブルーチーズとプロセスチーズで、これらも塩気がかなりあるわけで、マーティニにとってはこの点が大切なのではないかと推測するが、さあ、どうか。

 誓いを守って、1 杯でやめた。ここでおひらきになる。しかし、それまでのアルコールが効いている。酔っていると思う。……

 

 著者・枝川公一のこと

 当サイト WAVEtheFLAG 主宰者。近著に『新・東京のBar』。現在、月刊誌『dancyu』に、バー・エッセー「扉のむこう」を連載中。

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