★ヨクミキキシワカリ ソシテアガメズ 小林敏也
手もとにビニールカバーもボロボロで、メモだらけの『宮沢賢治童話集』(宮沢清六・梶尾青史編 実業之日本社刊)がある。おもえばスタートはこの本だ。その分厚い活版の全1冊は司修氏によるさしゑも新鮮で、スクラッチという技法に目を見張らせられたものだ。
ひまなイラストレーター、ひまにまかせて描きためたもののうち、ハガキサイズの「どんぐりと山猫」が編集者の目に止まり、ページ立てのための描き直しと文字扱いの作業の上、パロル舎から「画本宮澤賢治」として世に出たのがもう16年も前だ。
賢治の童話は物語(ストーリー)として十全であるので、絵などで補う必要がなく、個人的な偏ったイメージや特定のキャラクターを押しつける絵本は害であるばかりであるという御意見を、馬耳東風とばかり12冊を積みあげてしまった。なるほど賢治のお話は、森や野はらや鉄道線路やらで、星や月あかりからもらってきただけあって体験的で、感覚的かつ視覚的なので、だれしもそのお話を読んだだけで、場面場面の印象を心に描くことができる。だけど決してお子様向けの、わかりやすいお話なんかじゃない。むしろ謎めいていて不気味でさえある。その謎に、絵本を描くことでせまれるんじゃないかと思うのだ。そのためには、賢治がことばという絵で書いたお話を、絵ということばで具体的なまでに忠実におきかえる必要がある。ちょうど音楽家が楽譜というシナリオを正確に演奏することが基本であるように。それで1冊の絵本が出来上がってしまうのは、もしかしたら賢治は絵本になることを想定していたんじゃないかと思うほどだ。また、その途中や結果的にでてきてしまう表現というものこそが絵画という代物に対峙できるのだと大げさに考えたりもした。
で、そのスクラッチというのは、白い陶土が厚紙の上に厚く塗り固められている特別のボードで、その表面に全体、あるいは部分的にいったんスミやインクで真黒にし、よく乾いたところで鋭いスクラッチペンでひっかき、白い線を浮かび上がらせるものだ。絵はふつう白い紙に黒い線で物の陰影を描く、つまり光をさえぎることによって物の実体を表すのに対し、この技法は闇の中に物の光の部分を発光させることによってそれを現すわけだ。この技法が、「銀河鉄道の夜」をはじめ夜の場面の多い賢治のお話に向いていないわけはない。
こうして描き上げた画本1冊分、数十枚の絵もすでにお解りのように白黒、その光と闇の世界に描きながら夢みた色のイメージを色見本におきかえて、街の印刷所に向かうのだ。そこでは象のような印刷機に版も紙もセットしおえた職人親子が、いまやおそしと手ぐすねひいてまっている。編集者も交え、刷り順や色出しを額(ひたい)をあつめてこれを検討し、さあ印刷機が廻りだす。あたりは印刷インクの匂いでいっぱいだ。最初の試しの1枚が印刷機の口からストンと落ちる。ああそのとき、いままで何か月とかけて空想してきたものが、実体となる。
その不安と期待の入り交じったワクワクドキドキする瞬間のために描いてきたのだ。
給料をはたいてレコードを買いあさり、何度も上京し、セロも習うは、やっぱり時代の先駆者であった賢治。読者であるぼくらはセロ弾きのゴーシュの小屋に石油ランプをぶら下げることでなく、矛盾という金属で奇しく色めく複雑多面の賢治という結晶体を、アラユルカクドカラ ヨクミキキシワカリ ソシテアガメナイことだ。
それでも賢治の残してくれた作品がいろいろな仕方で僕を打つ。そのりっぱさや正しさだけでなく、恐ろしさや不思議さや気弱なまでのやさしさへの感動でもう一度、自分を、世界を見なおせたらと思う。
えっ、子供がどこに行ったって。もちろん子供ニモ読んでもらいたいと思っている。
と、某誌に書いたのが9年前、現在15冊を数えてひとくぎりと、ひと休み中の去年、計らずも第13回宮澤賢治賞をいただいてしまった。
青梅の山ねこ拝
★[2004.10.12.]
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