★新・東京の Bar

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著者/枝川 公一
タイトル/新・東京のBar
発行/プレジデント社
初版/2002.10.30.
定価/1,500 円+税
ページ数/280ページ
ISBN4-8334-1760-X


 『東京の Bar』オリジナルは、1998 年に刊行され、幸い好評をいただいた。その後、新しいバーがつぎつぎにオープンし、これまでの店も繁盛をきわめている。やっとバーという形態の酒場が、日本人に受け入れられたのではないか。今回、新たな取材を加え、各店舗の情報を新たにしたうえで、装いを新たにして、本書を送り出すことになった。

■目 次

「間に合わなかった」一軒のバー――まえがきに代えて   
東京バー案内 第 1 部 2002〜2001   
これからバーを目指す人へ   
東京バー案内 第 2 部 1991〜1999   
酒の流儀   
 自分好みのカクテルを見つけるには   
 モルトの奥深い味を極める   
 ウィスキーの多彩な嗜み方   
 今宵最後の酒 マーティニの秘密   
「連れ」のバー徒然   
あとがき   
地域別店索引

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■抜 粋

「間に合わなかった」一軒のバー――まえがきに代えて

 『東京の Bar』オリジナルが刊行されたのは、1998 年末であった。雑誌『dancyu』の創刊号(91 年 1 月)以来 8 年にわたって連載された「男の止まり木」をまとめたものである。したがって、20 世紀末東京のバー・シーンの変遷をたどることになった。
 当初からコンビを組んでいる「連れ」こと西脇清美とぼくとは、意図したわけではないけれど、激しく移り変わるバーとバーテンダーとを間近でウォッチしつづけるという、幸運な役回りを振りあてられたことになる。
 この時代を通じて、バーは次第に外へ向かって開かれ、だれもが出入りできるようになった。
 酒を飲む喜びや楽しみが、バーテンダーのサービスを介していっそう大きなものになる場としてのバーは、かつては、ほとんどホテルのバーに限られていた。町場にもバーはないわけではなかっけれど、そこに出入りするのはごく一部の人たちであった。
 それが、90 年前後から、「ちょっとバーへ一軒寄っていきましょうか」という問いかけが自然にできるようになった。バブル経済で、いっときお金の回り方がよくなって、人々の気持ちがゆるやかになったせいもある。あるいは、バブルがたちまちに崩壊したために、今度は繁華街の地価が下がったりお店の保証金や家賃が急激に安くなって、意欲のあるバーテンダーがお店を持ちやすくなったという事情もある。
 しかし、いちばん大きな理由は、さまざまな酒、とくに輸入される酒のいろいろに接することができるようになり、酒の選び方や飲み方が多様化したことである。これにしたがって、自由自在に酒を選び、どんな風にでも興じられる場としてのバーがクローズアップされるようになった。
 こうして人は、バーテンダーをナビゲータにして、次々にいままで知らなかった酒の海に船出していく。『dancyu』誌の連載、そして、その後単行本となった『東京の Bar』は、幸い、こうしてバーを目指す際のガイドブックとして好評をいただくことになった。
 時は移り、人も店も変わっていく。
 21 世紀に入りさらに元気の度合いを増している東京のバーの現在をたどって、改訂版をつくろうじゃないかという計画が具体化しはじめたのは、2001 年の夏である。
 炎暑の最中に、しばらく会うことのなかった西脇と、高円寺の街頭でたまたま遭遇したのがきっかけになっている。

 ぼくたちは、「元気そう」「そちらも」と、ありきたりのエールを交換した。‥‥真夏の路上で立ち話もなんだからと、どっかで一杯やることにした。界隈に詳しい「連れ」の先導で、駅裏の路地の奥にあるバーへ行った。
 そこは、ブラジル帰りの「おじさん」がやってる店とかで、すすめられるままに、サトウキビ酒ベースのカイピリーニャを頼んだ。このブラジリアン・カクテルははじめてであった。ゆっくり口に流し込んでいるうちに、身体中に爽快感が漲る。こんなものが毎日飲めるんだったら、いつまでだって暑くていい、と思った。

 ぼくは、『dancyu』誌(2001 年 10 月号)に、そのときの顛末をこのように記している。もちろん、翌 2002 年の夏が、比較にならないぐらいの更なる猛暑になるとは、考えもしなかった。
 この出会いで、お互いの持っているバー情報を交換し、バー・シーンの活気を確認し合った。こうして、久しぶりに、一緒に東京を徘徊するバー行脚が再開されるに至ったのである。
 改訂版を出すことがあれば、登場してほしいものだとぼんやり考えていたバーがいくつかあるが、そのなかに、銀座 5 丁目の「よ志だ」もある。
 そこは、けっして新しいバーではない。1959 年創業というから、東京オリンピックの数年前である。オーナーの吉田貢氏は、いわば 3 代目で、まず父親つづいて兄が経営した店を、93 年になって引き継いだ。
 このバーの存在をぼくたちは以前から知らないわけではなかったが、ある行き違いから、雑誌連載でも単行本でも取り上げていない。行き違いの詳細については、長くなるのでここには言及しないことにする。
 ともあれ、吉田氏は、戦後間もない時期から、優秀なバーテンダーを輩出することで知られた東京會舘(東京・日比谷)を振り出しに、この仕事を続けてきた。マーティニをはじめとする、そのカクテルには、年輪が刻まれているかのように、深々とした味わいがある。カウンターのなかの、悠然として寡黙な氏の印象は、この味わいをさらに増幅しているようであった。
 「よ志だ」が閉店するというニュースは、バー行脚の途次、突然にもたらされた。間に合わなかったか-。ビルの建て替えのためである、という。仕方のないことだけれど、なんとも惜しい。そんな思いを抱きながら、閉店間近の一夕、ぼくたちはカウンターに並んだ。
 西脇は、吉田氏が若いころに修業した東京會舘の名物カクテル「會舘フィズ」を注文した。ミルクを入れて泡立てる、他ではめったに出会うことのないジンフィズである。
 ぼくは、120 ミリのたっぷりしたマーティニをいただく。液体が盛り上がっていて、まず一口しないでは、オリーブの実を浮かべることもできない。これにも「會舘マティーニ」の名がある。
 棚に並ぶ酒瓶をひとわたり眺めながら西脇が、「お酒が 5 分の 1 ぐらい残っているって感じの瓶が多いですね。名残惜しい感じの量です。終わっていくバーの‥‥」と言葉を呑み込んだようであった。
 改訂版に登場していただけないのが残念という思いを込めて、「よ志だ」の店名をここに記させていただく。
 
 消えていくバーがあり、出現するバーがある。その間をつなぐ糸をたどりながら、この『新・東京の Bar』では、力を尽くして、21世紀初頭のバー・シーンを紹介していきたいと思う。
 もし気になるバーがあったら、ドアを押して(あるいは引いて)入ってみてほしい。そこから、まるで新しい世界が開けるかもしれない。

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