| ★書評/『スタア・バーへ、ようこそ』 |
バーという場所に、かなり足繁く通うようになって、十数年が経つ。生意気にもバー・ガイド風な本を書くくらいには、馴染みの空間になっている。
最初に出かけた頃と比べると、バーそのものの数が増えたし、世間一般にも、バーとはどのようなところかについての知識が行き渡りつつあると思う。その意味では、当時といまとでは、諸事、まるでちがっている。
自分自身のことで言えば、バーへの見方がいちばん変わってきた部分は、対バーテンダーである。バーのインテリア、たたずまい、あるいはお酒そのもの、カクテルのつくられ方、さらにさらにお客百態、それぞれに魅かれるけれど、やはりバーテンダーがおもしろい。
店の良否はバーテンダーで決まる。バーテンダーこそ、バーの「生命線」である。とりわけ、オーナー・バーテンダー、チーフ・バーテンダーと呼ばれる人々次第で、店はどうにでもなる。
はじめの頃は、バー・カウンターをはさんで向かいあう酒の番人が、どうも苦手であった。こちらがお酒のことをよく知らないし、場所にも不慣れなので、まともな会話ができない。ぎくしゃくとぎこちない。こういう場合、なにを言われようと上の空みたいなところがあって、自分のなかに残るものがない。
まるで夜明け前のような初期段階をクリアするのにだいぶ長い時間がかかった。しかし、気分にゆとりが出てきて、カクテルをつくるバーテンダーの手元を見守れるようになると、相手の言っていることを少しずつ咀嚼しはじめる。すると、これがなかなかに味わい深いのである。
当たり前のことだけれど、カクテルをひとりひとりの客のために、その場でつくり、その場で消費させる。その日の客の気分、体調、事情(今宵何軒目の店か、隣にいるのはカミさんかガールフレンドか、なにか会社でいやなことはなかったか、などなど)を勘案しつつ、ベストを提供することを心がける。対面販売の極致である。
いろんなお酒の知識、おいしいお酒に出会うコツも、それはそれはたくさん教えてもらった。客とお酒両方に対する、細かい心遣いの現場になんども遭遇した。バーへ出かけていくのを楽しいと思うようになれたのは、ひとえにバーテンダーのおかげである。
そういう思いがあるから、この本『スタア・バーへ、ようこそ』は、心躍らせながら読んだ。著者の岸久氏は、銀座一丁目で「スタア・バー・ギンザ」を経営する、すぐれたバーテンダーのひとりである。このカウンターにも、ときどき座らせていただく。それよりもなによりも、ずっと敬遠してきたカクテル、サイドカーを抵抗なく受け容れられるようになったのは、岸バーテンダーがつくってくれた逸品を口にして以来のことである。
岸氏は、カクテルづくりの世界大会で優勝する栄誉に輝き、業界内外によく知られたプロである。それだけに、この本で語られるカクテルの話、モルトの話、あるいはバーで使う道具の話には、「そうなんだ」と思わずつぶやきたくなることがいくつもでてくる。
これだけの知識で武装してバーに出かけていくならば、たとえ初めての人でも、ぼくのように、バーに対して恐れや気後れを抱かなくて済むのではないか。
ぼくはマーティニ好きだから、マーティニをいかにつくるかの部分は、とりわけ熟読した。冷凍したジンと常温のジンを混ぜ合わせる「岸レシピ」のくだりなど、読みつつ、鼻先に香り立つ思いであった。
ただし、バー入門では終わっていない。ここが曲者の曲者たるゆえんであろう。後半三分の一ほどを費やして、バーテンダーという職業についての、著者の感慨、そして考え方が記されている。なぜバーテンダーになったのか、カクテルコンペに夢中になった理由はなにか、バーテンダーからお客はどう見えているのか、などなど。
なかでも、バーテンダーの日常についての記述には、つねづね、どうなっているんだろうと、ひそかに思っていたので、胸のつかえがとれる気がした。
岸氏のバー・カウンターの奥の扉の向こうに、小部屋があるという。一応は厨房スペースということになっているが、お酒や料理の本や雑誌を揃えた資料室でもある。さらに、岸氏はこんなことを書いている。
「また隠れたいときの逃げ込み部屋にもなっています。バーは晒されている仕事なので、どうしても逃げの場が必要なんですね。体調の悪いときもありますから、ひそかに休むこともありますし。そういう意味ではなかなかいろいろに機能している小部屋です」
バーとバーテンダーというものをまっすぐに見つめる、その真摯な姿勢こそが、類書にはない心地よさを感じさせる理由にちがいない。
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■■書籍データ
『スタア・バーへ、ようこそ』
岸 久=著
文藝春秋
1500 円+税
2004 年 1 月 30 日初版

2003.12.12.]
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