★書評/『吉本隆明「食」を語る
作家・吉本ばななのお父さんという言われかたと、戦後日本に屹立する知の巨人というありかたと、そのふたつが交差する地点はどこか。その少なくともひとつが「食」だと証明してみせたところに、この本の最大の功績がある。
フランス文化、食文化に詳しい聞き手にガイドされながら、生い立ちから今日に至る、吉本隆明と食い物の関わりの歴史が、文字通り洗いざらい明らかになっている。
巨人は、懐石料理で出てくる海老の蒸したのの小鉢にはゾッとするけれど、その一方で、細長い揚げ餅をむしゃむしゃ食べることに無上の喜びを感じるという。語られるイメージが鮮やかである。日常の底深くに沈んでやがて立ち上がってきた、力強い思想の原型さえ見える気がする。それが楽しい。
長いインタビューのハイライトは、おそらく、身体の弱い妻に代わって、幼いころの娘たちに日々の食事をつくってやっていたころを語る部分ではないか。
三食分の献立を考え、調理する作業を三年の間つづける。五つか六つぐらいのレシピでまわしていた。これではやはり、食べるほうにあきられ、「マンネリうどん」などと敬遠される料理もあったという。
それでも、家族においしいものを食べさせたいという思いがやはりあったのでしょう? と聞き手が尋ねる。すると答えるのである。「要するに全部削っていくと結局、自分のため、自分の解放のためとか、そういうものが根本に残っちゃいますね」と。
「本職」とする文学文芸でも同じことが言えるという。また、「文芸っていうのはなんなんだっていうと、(料理と同じで)手で考えるんだよって思います」とも。
身体を動かし、手を出して、料理をつくり、食べ、あるいは詩作し、思索する。それらすべてが、自らの「解放」という同じ平面で推移するのが吉本ワールドの風景と納得される。
子どものころ、トンカツが「精いっぱいのごちそう」だった人物は、同じく貪欲に、知のフロンティアの果実を食べつづけてきたのである。
★[2005.7.1.]
■■書籍データ
『吉本隆明「食」を語る』
著者=吉本隆明
聞き手=宇田川悟
朝日新聞社
1,680円(税込み)
2005年3月30日初版
