| ★書評/『創造の狂気 ウォルト・ディズニー』他 |
今年の干支は、ネズミである。ネズミと聞いて真っ先に思い出すのは鼠小僧次郎吉、ではないであろう。どうしても、東京湾岸に君臨するディズニーランドのスター中のスター、ミッキーマウスになってしまう。(なにがなんでもミッキーにつなげねばならない事情があることは、すぐに明らかになる。)
ミッキーマウスとは、ミッキーという名のマウス、立派なハツカネズミである。命名したのは、生みの親ウォルト・ディズニーのかみさんということになっている。その誕生のいきさつには諸説ある。
最新の伝記『創造の狂気 ウォルト・ディズニー』で、ウォルト本人が語ったとされるところでは、中西部のカンザスシティで新米のアニメーターだったころに、ネズミを捕まえて飼いならしたのが発端という。
製図室でいろんなポーズをスケッチしていたら、入ってきた女性従業員が金切り声をあげ、そのおびえた表情が忘れられないという。彼はその後、成功を求めてロサンジェルスへ向かうことになり、捕獲したネズミは野原に放してやる。元祖ミッキーは、悲しそうな目で、いつまでもウォルトを見送っていた、とか。(この「真説」も相当に怪しいけれど。)
数あるディズニー伝説の、これはほんのヒトカケラに過ぎない。語られる伝説が多ければ多いほど、また、それらの伝説が多岐にわたればなおさらに、人々の関心を集め、ときに憧憬の念を呼び起こす。広報宣伝の一原則でもある。
もっともミッキーの登場には、あらゆる伝説同様、必然が作用していた。当時(1920年代後半)、世上を賑わした最新テクノロジーは、トーキーである。映画が音を出す。出演者の声が映画館に響く。無音無声のムーヴィに慣れた人々を驚愕させ、熱狂させた。
この興奮をさらに高めるために、もっとしゃべり、もっと動き、もっと騒々しいキャラクターが求められた。こうしてネズミがアニメを支配したのであろう。
このミッキーマウスに魅了された人々のなかに、プロパガンダの天才、ナチスドイツの領袖たちがいたことを、『ミッキー・マウス――ディズニーとドイツ』が明らかにしている。
ヒトラー総統に次ぐナンバーツー、ゲッベルスの日記には、ミッキー・マウス映画を二十本近く総統にプレゼントして、喜ばれた様子が書かれている。また、当時のドイツにはウォルト・ディズニー本人をドイツ人とする説がひろまり、ヴァルター・ディストラーという「本名」まで、まことしやかに取りざたされたものである。
ナチスとミッキーの因果関係については、今日なおわかっていない。
現代日本に目を転ずると、「狂ったミッキーマウス」が満ちあふれ、「21世紀のプロレタリア」としての「ネズミ」たちが氾濫していると、『ミッキーマウスのプロレタリア宣言』は主張する。フリーター、バイト、パート、ケーヤク、非正規雇用者。路上を徘徊するネズミの呼び名はさまざまだけれど。
かつてアメリカン・スラングでは、「くだらない、平凡な、あきあきする」人間をミッキーマウス呼ばわりした。2008年の日本のネズミは、色とりどりで、少なくとも飽きることはない。
★2008.2.12.
■■書籍データ

『創造の狂気 ウォルト・ディズニー』
著者=ニール・ゲイブラー
訳者=中谷和男
ダイヤモンド社
1900円+税
2007年7月初版

『ミッキー・マウス ディズニーとドイツ』
著者=カルステン・ラクヴァ
監訳者=柴田陽弘
訳者=眞岩啓子
現代思潮新社
2800円+税
2002年12月初版

『ミッキー・マウスのプロレタリア宣言』
著者=平井玄
太田出版
1200円+税
2005年11月初版
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