★書評/『下山事件』

 書名になっている下山事件は、戦後まもない 1949 年に起こった。いまから半世紀以上前のことである。当時の国鉄(現 JR)総裁下山定則が、都内の常磐線線路上で轢死体となって発見された。自殺として処理されたが、他殺説が飛び交いつづける。進駐米軍の諜報機関に殺られたとも、左翼勢力による謀殺だとも。いまも真相は謎のままである。

 この本は、しかし、真実を「暴露」しようという、これまでもあった数々の試みとはちがう。したがって、半世紀前の事件を解決する「世紀の大スクープ」にはなっていないし、そのつもりで書かれてもいない。

 ドキュメンタリー映画の作家である著者は、次のように述べている。「客観的事実ではなく主観的な真実を、僕はこの手で掴みたい。時代の体温を肌で感じ、殺された男や殺した男たちの、覚悟や不安、昂揚や悔恨を実感したい。要するに砂糖の甘さを味わいたい」

 この叙述からも明らかだが、数少ない存命者を訪ねての困難な取材の果てに、他殺のたしかな手ごたえを得ている。殺しに関与した人間たちの目星もついた。しかし、事実だけで済ませたくない。その奥にある、想像力を駆使しての感動を追い求める。ここに、貪欲な書き手の真骨頂がある。

 全編を通じてのハイライトは、「犯人」グループのひとりと疑う人物との、お互いの信頼と不信を越えた、ぎりぎりの対面であろう。この箇所を読むときに襲われる戦慄は、そのまま事件の空恐ろしさにつながる。

 取材の協働者あるいは協力者の間の裏切り、蹉跌、そして度重なる挫折といった、いわば内部事情も、丹念に書き込まれている。すべてをさらけだして、「事件」を味わいつくそうとするのである。

 その果てに浮かび上がるのは、「下山を殺害した男たちが、深夜の線路脇の土手を遺体を担いで歩きながら、ふと見上げたであろう夜空」に他ならない。

書籍データ
『下山事件』
著者=森達也
新潮社
1680 円(税込み)
2004 年 2 月 18 日初版

[2004.4.12.]


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