★書評/『選挙の民俗誌―日本的政治風土の基層』

 この本は、タイトルがやや紛らわしいが、山梨県の戦後選挙史を、柳田民俗学という、万能ナイフで縦横に切り裂いてみせた労作である。

 さらに言えば、著者が真に書きたかったのは、戦後政界のドンにして、山梨の選挙と政治家たちの背後にいまもつきまとう金丸信についてではないか。民俗誌というかたちを借りての、金丸へのオマージュでもあると考えられる。

 それは必然的に、戦後の民主化への、大きなクエスチョン・マークを意味している。民主化は、自由な個人による、自由な選択としての選挙を推し進めようとしてきた。しかし、実際の選挙は、昔ながらの人と家と地域のつながりを脱することができないでいる。

 むしろ、これら民俗が選挙におよぼす支配力は強化されているかもしれない。たとえば山梨県内には、本家分家を基にした同族団という民俗がある。戦後はこれが「選挙シンルイ」として活発に活動しはじめた。おかげで、民主化に逆行し、捨てられる運命にあった同族団は、解体の危機を乗り越え、いまでは選挙運動を通じて結合が強まっているという。

 広範な調査と資料収集を通じて、民主化の虚妄と、逆に民俗のしぶとさとが、鮮やかに対照される。

 世に「甲州選挙」という言い方がある。地域の付き合い、人と人の関わり合いが、有権者のビヘイヴィアを左右するのが山梨県というわけである。多かれ少なかれ、日本人全体を見渡しても、人々の選挙行動はいまも、民俗の呪縛を逃れられない。

 著者の立場は、これを否定的に見るものではない。むしろ「民俗を取り込んで、民衆を引きつけ、権力を手に入れようとする」金丸や田中角栄らの姿勢に、ステップバックした共感を表明する。

 個人への信頼を謳い上げ、有り得べき人間を理想化しつづけた戦後民主主義が、その依拠するはずの民衆自身に背を向けられる。ここでもまた、その痛切な現実を突きつけられている気がする。
2007.7.30.

書籍データ
本表紙
『選挙の民俗誌―日本的政治風土の基層』
著者=杉本 仁
梟社
2310円(税込み)
2007年3月初版


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