ロバート・キャパには、たくさんの伝記が必要である。実際、この偉大な写真家について書かれた文章は山ほどある。本書も、ワンノヴゼムである。だから価値が低い、ということではない。
キャパについて繰り返し、さまざまの人々が書くのは、彼はひとりではないからである。たくさんのキャパがいる。彼の人生と関わった人々は、これがキャパだと信じているが、実際には「それも」キャパである。
著者のアレックス・カーショウは、複雑な多面体のような写真家をつかまえようと必死の格闘をつづける。生前の彼と、ビジネスの付合いから性的な交渉まで、さまざまに関係のあった人々とのインタビューを重ねている。リサーチに4年を費やした。
キャパがブダペストで生まれたのは、1913年である。したがって、彼を知る存命者の時間は残り少ない。取材の約束をとりつけながら死に先を越されてしまったケースもある。行間に漂うデスペレートな気分は、写真家のものであるばかりでなく、周囲の人々のものでもあり、なによりも、戦争を繰り返した20世紀という時代のものである。
戦争がキャパをつくり、育て、やがて打ちのめす。スペイン市民戦争で、敵の銃弾を頭に受けて倒れかける兵士の写真。それは、彼を有名にするとともに、生涯つきまとった。本書には、この一枚をめぐる、詳細な「検証」がある。やらせではないか、演出ではないか、という疑惑が消えないからである。
この写真周辺の「わからなさ」は、キャパ自身のわからなさの反映でもある。真実と虚偽がつねに截然と分けられない。
この「出自」のひどくあいまいな一枚は、キャパのイメージを固定することになった。その後は、「勇気にあふれ、断固たる決意を持って苛烈な戦場に踏み込み、ついには人の死ぬ瞬間さえフィルムに定着できるアメリカ人」として記憶されるのである。
彼の本名はアンドレ・フリードマン、もともとハンガリー出身のユダヤ人である事実など、さっさと放擲されてしまう。この展開を、後輩の写真家は、クラーク・ケントがスーパーマンになるのにたとえている。
ナンバーワン戦場写真家という称号を背負って、どう生きたのか。この伝記がもっとも光彩を放つのは、名声を確立した後のキャパをたどる、後半数十ページである。著者は、ノンフィクションの限界をもどかしがるかのように、作家のアーウィン・ショーが「多くを見すぎた男」を描いた一文から引用している。
「朝になり、ベッドからよろめく足で立ち上がるときだけ、キャパはそれまで経験してきた悲劇と悲哀によって心に刻まれた傷跡をかいま見せる。その顔は血の気がなく、目はどんよりとして、夜のあいだに見た暗い夢にまだとりつかれている。……やがてキャパは泡立つ濃厚な生ビールの助けをかりて自分を奮いたたせ、ためしに午後のほほえみを浮かべてみる」
これが1951年のキャパである。それから3年後、彼は、戦後のカメラブームが沸騰する東京で大歓迎を受ける。そして、フランス軍とベトミンが戦うインドシナ半島へ。そこでは、浅く土をかぶった一個の地雷が、間もなく戦場に帰還するはずの写真家に踏まれるのを待っていた。
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■■書籍データ
『血とシャンパン』
著者=アレックス・カーショウ
訳者=野中邦子
角川書店
2600円+税
2004年4月5日初版

[2004.5.28.]