| LIBRARY | 2003.10.3. |
| ☆書評/『新宿情話』 |
■人はみな、人生のドラマを抱えて生きている。ドラマを持たない空っぽの人間はいない。ただし、他人に話して、耳をそばだてられ、目を輝かされるかは、別問題である。
■ここに登場する五十人を一覧すると、ハタチそこそこのキャバクラ嬢も、九十歳に近い酒場のママもいるけれど、その人生はそれぞれに光彩に満ち、あまりのまぶしさにとまどうほどなのを知るであろう。
■それは、皆が主役を演じているからである。自分は自分であり、他のだれでもないと、ひたすらに主張しつづけている。その舞台になっているのが新宿である。スカウトマン、ホスト、裏ビデオ店員、風俗嬢、ホームレスなど、日本の社会ではカタギと認められない人たちが多い。新宿は彼らあるいは彼女らに、精いっぱい生きる場を与えてくれる。
■かつて写真週刊誌『フォーカス』のスタッフカメラマンだった著者は、「主役」たちの肉声を記録し、その姿と新宿の街の表情とをカメラにおさめて、五百ページにあまる大冊に塗り込めた。
■たとえば、薄暗い大広間に、浴衣や下着姿の男たちが、まるで死体の群れのように、だらしなく眠りこけている見開き写真がある。サウナの仮眠室の午前三時だという。
■そこから数ページたどると、まばらなあごひげの、首筋と腕に彫り物のある若い男のアップが、こちらを見つめているのに出会う。前後の文章には、このヤクザのにいちゃんが、自分の小指を食いちぎって親分に届ける顛末が記されている。中国人犯罪グループと日本人の組との抗争に巻き込まれ、半殺しにされた彼が、トラブルの責任をひっかぶった結果であった。
■もっとも、自身の生を語りつづけ、カメラに顔をさらすのを厭わない人々の背後には、けっして口を開かない、無数の人間たちがいるにちがいない。また、撮られるのを拒むシーンの数々があるはずである。ほんとうの新宿の闇は、この五十人のおかげで、いっそう深くなったと言えるかもしれない。
■人が吹きだまり、欲望が渦を巻きつくす街への、人間図鑑を兼ねた入門ガイド。それが、本書である。
抜 粋
路上本屋 六十歳
■河辺の一日は、一年三百六十五日、午前八時半にいつもの場所にやって来て、九時に店を開いて夜の十時に閉める。仕事を終えると歌舞伎町のサウナで一晩過ごす。
■「サウナに住んでいるようなもんだよ。ひとっ風呂浴びて、焼き魚の定食だね。新聞読みながら」
■雨や雪など路上販売に適さない日は、新しい回収屋を探しに心当たりを尋ねるか、賭け碁をして過ごしているという。体の具合が悪い日でも店をやたらに休むわけにはいかない。河辺が頼る回収屋が重い雑誌をもって来るからだ。
■「最近は人通りが少ないね。ここらへんは去年の三分の一、歌舞伎町は五分の一。夕方の五時、六時以降は、営業マン、サラリーマンがいっぱいだったけど。女やおばさんが増えたね。金を使わないおばさんばかりになると歌舞伎町は寂しくなるね。学生が本は売れるけど、彼らも少なくなったしね……。去年までは本が足りないほどだった。本屋が多くなったこともあるけどね」
■終日、路上から雑踏を行き交う人々を見ていると、観察眼がおのずと鋭くなるのだろうか。
■■書籍データ
『新宿情話』
著者=須田慎太郎
バジリコ株式会社
2400 円+税
2003 年
8 月 25 日初版

[2003.10.3.]