★戦時化する世界

編著者/枝川 公一 Koichi Edagawa
タイトル/戦時化する世界
発行/太陽企画出版
初版/2003.3.3.
定価/1,600 円+税
ページ数/238ページ
ISBN4-88466-382-9

 コソボでなにが起こったか。パレスチナでなにが起こっているか。イラクでなにが起ころうとしているか。「正義」を振りかざして、世界を戦場化しようとする「帝国アメリカ」に対して、インターネットを飛び交う人々の肉声が「NO!」を突きつけている。


《目  次》

序章/ 戦争とインターネット-War and Internet
    マスメディアが伝えなかった「検閲」
    ひとり気を吐くフリーペーパー
    インターネットが無効にする「挙国一致」
    「親愛なる友人のみなさん」と呼びかけたメール
    ネット上で糾弾されるアメリカ

一章/ 戦場となった都市-9.11 and After
    マンハッタンを歩きながら考える
    私はたしかに、それを目撃したけれど さとうえみこ
    巨大都市の未来に関する、若干の考察 

二章/ 戦争の内側-Palestine, Iraq and Kosovo
    パレスチナ侵攻-進化するインターネット
    アラファトの隣人の戦争日記   マハ・スビタニ
    兵士たちの精神的混乱あるいは退廃
    パレスチナは別世界ではありえない
    パレスチナ侵攻の先に何が見えるか
    イラクへの戦闘行為は続いている
    バグダードで受けた祝福     ラムジ・キシア
    NATO 軍空爆下、ベオグラードからの電子メール

三章/ アメリカ人がわかっていないこと-What They Don't Understand
    我々はなぜこれほど憎まれるのか
    アメリカ人はわかっていない
    憎しみが人種国家を成り立たせてきた
    アラブの女性たちは抑圧されているのか
    東京でムスリムに出会い、イスラムを知る

四章/ 戦争の展望-"American Empire"
    政治指導者による戦争発言の嘘
    日本は「アジアのイギリス」になろうとしている
    アメリカ世界帝国というシナリオ
    アラブとの全面対決の道を選ぶのか

終章/ 愛国と国境-Patriotism and Borders
    英語学校で出会った愛国心    さとうえみこ
    エンマ・ゴールドマンの言葉
    ボーダーが消えていくためには  ラファエル・ヘスス・ゴンザレス


  《抜  粋》

パレスチナ侵攻-進化するインターネット
(本書・二章/戦争の内側より)

 2002 年 3 月 26 日にイスラエル軍によるパレスチナ侵攻がはじまった直後から、現地の情勢を刻々に伝えるメールが入りはじめた。イスラエルやその占領地域から直接発信されるのも、アメリカ、イギリスなどを経由し、転送されて届くのもある。
 それらを拾い読みしながら、身近にある新聞やテレビとの「落差」を痛感するのは、その半年あまり前に起こった、ニューヨークなどの同時多発テロの場合と同様であった。
 しかし、「痛感」の仕方がだいぶちがっていた。ニューヨークの超高層ビルが倒壊した、昨年の事件では、ひたすら阿鼻叫喚するマスメディアに対して、冷静に事態を見つめ真実を解明しようとする、メールマガジンやニュースレターなどのネットメディアの姿勢が、際立っていた。
 ただ騒ぎ立てるテレビは、インターネットと対比するとき、その異常さが一層目立ったものである。メディア状況が明らかに変化していることを告げていた。端的に言うならば、マスメディアにはもはや、我々の判断の基になりうるような素材や分析を提供する機能がなくなっているということである。
 したがって、9.11 は、インターネット・メディアが、その存在をアピールした、最初の日でもあった。
 そして年が明け、日本では桜の季節を迎えようとする頃、イスラエルによるパレスチナ侵攻が開始された。そこでは、メディア状況の別の側面が明らかにされた。
 マスメディアを通じて伝えられる情報の圧倒的な少なさに比べて、ネットを介してのそれの、なんと豊富なことか。量が多いばかりではない。個人レベルからする、さまざまの目撃情報は、散漫な印象の新聞記事を補ってあまりある力に溢れている。
 マスメディアには、明らかに、やる気が欠けている。その理由はこういうことではないか。
 まず、ビジュアルの迫力で「WTC 爆破」は群を抜いていた。一方、イスラエル軍が戦車を押し立てて進軍する光景は珍しくもなんともない。それに、かたや、どこにあるかもはっきりとはイメージできないイスラエル、パレスチナ、かたや、アメリカ、それもニューヨークというのでは、ショックの度合いがまるでちがう。また、数千人(だいぶ水増しされていた)が一瞬のうちに死んだ航空機激突に比べたら、数十人の「虐殺」では歯が立たなくなってしまっている。殺害や破壊の、その瞬間を撮った映像が、そうそうあるわけでもない。
 パレスチナでのマスメディアは、こうして「阿鼻叫喚」に身を委ねるわけにはいかなくなっていた。そのような状況のパレスチナで、もっともすさまじい現実をとらえたのは、一個人であった。ひとりひとりの目がとらえ、耳が利いた、文字どおり目前の現実が、ネットに載せられ、「世界化」することになった。
 ヨルダン川西岸のラマラで、PLO のアラファト議長が議長府に監禁された翌々日に、この建物の隣りに住むアメリカ人女性からのメールが、アメリカ・ミシガン州でパレスチナ情勢をウォッチしている人物を介して、届けられた。現場の人間の目がそのまま、我々の目になった。(七十四ページ参照)
 彼女は、このメールで、自宅に乱入した兵士たちが働いた行為をつぶさに記述している。さらに、その後送られてきたメールでは、室内から、窓の外に迫る戦車や、路上に茫然とするパレスチナ人などを撮った写真を添付してきている。
 インターネットは、パーソナル・コンピュータを介して拡大してきた。ニュースの発生源と受け手がダイレクトにつながる。かつて伝達手段であったマスメディアが、その独占的地位を奪われたことをはっきり示したのが、パレスチナ侵攻であった。
 9.11 から半年あまりで、インターネットは、しっかりした頭と身体とを持った、ホウル・ボディのメディアであることが証明されたと思う。ひとりひとりが、その一部になっているような、地球そのものが一個のメディアとして機能するような、そうした地点に、我々は到達しつつある。真実を解明するための場としても、鮮度の高い素材を流通させる場としても、ネットは頼るに足ることが確かめられたのである。

*

 すでに序章 (十一ページ参照) で述べたように、当方のサイトWAVEtheFLAG (http://www.edagawakoichi.com) は、9.11 の際に「特別編集」の態勢に入り、他のメディアでは顧みられないような情報を積極的に集め、独自の分析を紹介することに努めた
 この過程で、WAVEtheFLAG は、個人サイトではあるけれど、一方でより広い関心と興味に応えることを求められる「メディア」へと変質していった。アメリカとアフガニスタンではじまった動きの先にあるものを追いかけていく姿勢を持続しようとするかぎり、そうならざるを得ないという判断が、大きく作用したと思う。
 インターネット・メディアの仲間入りをしたのだという自覚に導かれて、パレスチナ侵攻でも、サイトのトップページに特別なロゴマークを入れ、関連記事のアップをはじめた。
 もっとも、この対応を振り返ってみると、すべてをただちに「世界化」するというインターネットの特質が、まだ自分の意識に溶け込んでいなかった、という反省がある。
 というのは、イスラエルの情勢は、自爆テロが頻発するようになって、緊迫の度合いを強めていたのだが、筆者は、3月29日に議長府にアラファトが閉じ込められてやっと、事の重大性に気づいた。そのときになってあわてて、ウェブマスターにトップページのロゴマークをデザインすることを依頼している。
 9.11 の場合は、WTC の倒壊というドラマがしょっぱなに来たのだから、事情はだいぶちがうけれど、事件発生の翌日の朝には、ウェブマスターを叩き起こしそうな勢いで連絡をしたものである。これに比べると、なんとぼんやりした対応であることか。

*

 パレスチナ現地からのメールのなかで、もっとも早く到着した二通を紹介しておこう。まず、パレスチナに入っていた外国人平和活動家のグループからのものである。

 イスラエル軍は現在、150 以上の戦車を含む装備でラマラ自治区に侵入し、パレスチナ政府本部を完全に制圧した。イスラエル政府は、パレスチナ自治政府の統治下にあるヨルダン川西岸を占領し、ふたたび完全な軍事占領下に置いて、パレスチナ人に宣戦を布告したと声明している。
 イスラエル軍は、ラマラの民間人の家屋を占拠し、各戸毎の捜索を行っている。現段階でパレスチナ人が困っていることの第一は、医療施設にたどりつけないことである。現時点で、パレスチナ人 4 人が殺害され、少なくとも10 人、あるいはそれ以上が、イスラエル軍の銃撃によって負傷したが、救急車と医療関係者は、戦車に阻まれて負傷者のもとへたどりつけないでいるという報告がある。
 イギリス、フランス、スイス、イタリーそしてアメリカを含む国際平和活動家たちは、現在ラマラにいる。300 人以上の活動家が、昨日、イスラエル政府によってラマラに入ることを阻止された。彼らは、今朝ふたたび、エルサレムからラマラを目指すであろう。

 つづくもう一通は、パレスチナ人と思われるが、その身元はわかっていない。現場からメールを送ってきていることだけは、文面からわかる。

 夜に入り、イスラエル軍は、パレスチナ人への攻撃を続行している。
 -終日、議長府に対する激しい攻撃をつづけた後、イスラエル軍は、戦車と地上部隊とで議長府構内に侵入した。捕虜は出ていないが、オフィスからオフィスへ捜索がつづき、構内では抵抗が見られる。
 -赤新月社の救急車 2 台が、医師ひとりと、国際ボランティア 2 人 (アメリカ人アダム・シャピロとアイルランド人カオイメ・バタリー)を乗せて、構内の負傷者を救出しようと試みたが、3 時間にわたりストップさせられている。アダムからの報告によると、救急車は停車を命じられ、車内を徹底的に捜索されたうえ、全員が車外に出るように命じられた、という。
 -現時点で、救急車 1 台だけが、構内に入ることを認められた模様。もう1台は退去を命じられた。現在、構内から 2 人の負傷者が運び出されている。
 -衛星チャンネル「アルジャジーラ」の画面には、何人もが議長府の床に血を流して死んでいる一方、救急車数台が門前で待機させられ、ボランティアたちが負傷者救助の機会を待っている映像が映し出されている。
 -ラマラ全域で電力の供給がストップし、給水タンクは銃撃を受けて貴重な水が流れ出している。パレスチナ人の居住区全体に、イスラエル軍の戦車が配備され、彼らは、動くものすべてに向かって銃撃をつづけている。
 -イスラエル警察が、フランスとスイスの国際連帯代表団の滞在する、エルサレムのホテルに入った。イスラエル官憲は、50 人の外国人全てのパスポートを要求し、没収した。大使館と弁護士の抗議で、パスポートはその後返還された。戦闘地域周辺から外国人が強制退去させられるかどうかは、いまのところわからない。
 -イスラエル官憲と軍による執拗な脅迫がつづいているが、海外からの活動家たちは退去することなく、パレスチナ人との連帯を表明しつづける意向である。
 シャロンとその政府がつづけている残虐行為をやめさせるために、全ての人々がその努力をやめないことをふたたび訴えるものでいる。

*

 インターネットは、我々の目の前に、世界を突きつける。我々は、世界と真正面から向き合おうとすることによってしか、新しいメディアを構築していけない。このような態勢を早くつくることに、インターネット・メディアが確実に伸びていけるかどうかがかかっている。
 一方、在来のマスメディアは、さまざまな「縛り」を「ニュースヴァリュー」と錯覚し、自らの視野を局限している。
 「縛り」のひとつが、読者や視聴者の生活実感である。日常的な実感ではとらえられない (メディア側がそう判断しているだけなのだが)、特殊と思われるテーマや話題は、忌避されたり、親しみやすくシュガーコートされたりする。
 国家もまた「縛り」のひとつである。日本という国家の利害に大きく関わる大事は、重要なニュースだと、条件反射的に決め込んでしまう。
 こうした「縛り」を何本も身体に巻きつけ、がんじがらめになっているのが、マスメディアである。
 自分のいまいる場所からの遠近がやはり、「縛り」になっているという単純な事実にも気づかされる。これが邪魔になって、インターネット・メディアを称しながら、事の重要性になかなか思い至らず、はるか遠いイスラエル、パレスチナにたじろぐのなどは、やはりマスメディアの尻尾をつけたままなんだな、と自戒したものであった。
 未来へ向かって自分を投げることが、なかなかできないのである。

*

 新しいメディアであるインターネットの可能性をなかなか引き出せないまま、まごまごしている。それは、失礼ながら、当方のサイトの利用者にも言えることである。
 9.11 の際には、連日のように、新しい記事をアップしつづけたが、これを支えてくれたのが、利用者からの転送メールであった。
 メールの重要な機能のひとつに転送がある。受け取ったメールを、興味を持ちそうな人、関連のありそうな人へ送る。これが何度も繰り返されたのが、9.11 以降であった。同じメッセージが、たくさんの人の間に回覧されるのと同じである。しかも、ネットを介しているので、猛烈なスピードで、おそろしく広い範囲を巡る。
 転送がたびたび繰り返されている証拠に、各行の冒頭に>印が、>>>>>>‥‥と重ねられた転送メールが、当サイトにも数多く舞い込んだ。「こんなのがあるけど、載せないか」などと書き添えてくれる場合もあった。これらのなかから選んでアップすることで、またたくさんの人々の目に触れたわけである。
 ベストセラーになった『もし世界が 100 人の村だったら』なども、当時、こうして転送を重ねているメールのなかに混じっていた。
 それだけひんぱんに転送されるのは、関心の高さ故である。あの事件にたくさんの人が衝撃を受け、情報を知己に回さないではいられなかった。こうして、瞬く間に情報が共有されるスピードと、その拡がりは、インターネットの威力の一端をたしかに示している。
 この転送メールが、パレスチナ侵攻については、極端に少なくなった。数少ないもののなかには、事態の理解に大いに役立つメールがいくつか含まれていたが、数としては問題にならない。
 主宰者の当方と同様に利用者にも、なおマスメディアの残滓があると考えないわけにはいかない。
 9.11 の際に、「新聞やテレビを見ていたのでは、落ち着いて考えるきっかけがない。このサイトでは、冷静に素材を提供し、事態の向こう側にあるものを理解しようとする姿勢がはっきりしている。その点、救われるような思いがする」という意味の、過分なお褒めの言葉をいただいた。
 これも、まず第一に、マスメディアの、いわばアンチテーゼとして、ネットが評価されていることを暗示しているのではないか。インターネット・メディアが、はっきりと自立するためには、やはり、ユーザの側にも、世界をトータルに見ようとする志向が顕著になってくることが必要であるにちがいない。

*

 ところで、情報の発生源、つまり現地はどうなっていたであろうか。
 イスラエル軍による侵攻が、かなり進行した時点の 4 月 10 日になって、「荒野の声」Voices in the Wilderness からのオンライン・ニュースレターが送られてきた。そして、そのなかに、パレスチナ報告があることに驚かされた。これについては、やや説明が必要である。 
 「荒野の声」www.vitw.org という組織との付き合いは長い。と言っても、ネット上だけのことで、カソリック・ラディカルのグループと想像される以外は、どんな人間たちなのかまるで知らない。
 筆者は、サイトを立ちあげる以前、1994 年から、同じく WAVEtheFLAG というファクス・マガジンをつくっていた。当時のワープロの編集機能を使ってつくる雑誌で、これをファクスで送信するスタイルであった。(後にメールを併用するようになり、最後の時期には、ほとんどの読者に、メール・マガジンとして送信するようになっていた。)
 このための情報収集の過程で、シカゴに本部のある「荒野の声」を知ったのである。このグループは、イラクに対する経済制裁に反対して、当局の警告を無視し、医薬品などの援助物資をイラク国内に運び込む活動をつづけていた。
 当方の私マガジンの 98 年夏の号で、このグループのニュースレターから、イラク国内の窮状を伝える現地レポートを転載したことがある。リック・マクダウェルというメンバーによる、そのレポートは、次ぎのように書きはじめられていた。
 「バスラのシャト・アル-アラブ、そこは、チグリスとユーフラテス両河川の合流地点である。この 7 月、月明かりのなかを航行していた私は、91 年にアメリカと連合国によって爆撃された船舶が幾隻も、錆びついて捨てられている、不気味な光景を見た。悲しいことだが、残骸のひとつひとつが、イラクの当たり前の未来の前に立ちはだかる障害の数々を表している。船は、大洋にまでつづくイラク唯一の水路のただなかに沈んでいた」
 この後には、バグダードの病院の小児病棟に、死にかけている少年を、その子の母親とともに訪ねる描写がつづいていた。
 そこには、アメリカでも日本でも、当時のマスメディアがまったく伝えていない、バグダードの惨状が綴られていた。
 この後もずっと、「荒野の声」の活動についてはチェックしていたが、その主要メンバーふたりが、突然パレスチナに現れたのである。彼らは、イスラエル軍の検問所を避けて、その南側にある薮のなかを歩き、ときには走りながら、ヨルダン川西岸地区に入り、ラマラに到着したという。
 さらには、その後、イスラエル軍による虐殺が行われたと言われるジェニンにも到達している。ジェニンからのメールには、次ぎのように記されていた。
 「坂を上って、破壊されたキャンプの中心部に入っていくと、100 近くの住居がイスラエル軍の手で押しつぶされている。瓦礫から死体を回収するためにやってきた数人の男たちに向かって、狙撃手たちが銃撃を加えているのが聞こえる。埃と汗にまみれ、銃声など耳に入っていないかのように、全員がキャンプの住民である男たちは、つらい仕事を遂行している。ツルハシとシャベルで、集団墓地を掘る。瓦礫から引き出した四つの死体には、小さな子どものそれがひとつ含まれている。子どもたちが押し黙って立ち、じっとこれを眺めている。数日前、私たちがジェニンの町に入るときに制止しようとした兵士たちのひとりは、攻撃している間、キャンプには子どもはひとりもいなかったと語ったものある。それは嘘であった。しかし、いまになって、彼らは奇妙な真実を語っていたのかもしれないと、私は思う。小さな男の子たちの顔に浮かぶ、しかめた不安の表情は、固い大人の男のそれだからである」
 現地は、このようにハイスピードで動いているのである。現実とメディアの間のズレが拡大している。アメリカのイラク攻撃の可能性が取りざたされるずっと以前に、「荒野の声」は、イラクとパレスチナの間をすでに横断してしまっている。事態をより正確にとらえようとするならば、彼らの声に耳を傾けないわけにはいかない。
 先のアフガン戦争の際にもそうだが、このごろは、「現地 (あるいは現場) とつながっている」ことを、マスメディアはしきりに売りにする。テレビでは、通信衛星を介して「現地」にいる特派員や通信員が、「最新情報」を伝えることによって、リアルな雰囲気を醸し出そうとする。これが儀式のように挟み込まれる。
 しかし、こうして伝えられる情報に「新しさ」を見出すことはほとんどない。現地にいるジャーナリストが、日本による我々よりも、多くの事実を知り、より深い理解に達していると感じられるケースもきわめて少ない。こうした現地レポートは、パーフォマンスであり、しばしばエンタテインメントになっている。これがニュース報道の現在であろう。
 この点は、マスメディアの問題というよりも、妙な言い方になるけれど、現地の「責任」である。現地が、ムーヴィング・ターゲット化している。そのために、マスメディアが追いつけない。ビンラディンが、どこでいつ撮ったか知れない映像を送りつけて、テレビ局を踊らせるのなどは、そのいい例である。現地は、カブールでも、イスラマバードでもなく、ビンラディン自身になっている。彼が動いていく先々が現地になる。
 「荒野の声」は、そのニュースレターのなかで、イラクやパレスチナに関してマスメディアからのインタビュー申し込みを受け付ける旨を告げている。ネットを通じて、この組織のメンバーによる目撃レポートにアクセスするほうが、はるかに現地に近づけるのである。
 動いてやまない現地という現実は、もちろん、世界をつくってきた秩序が崩れたことに起因している。ソヴィエトの崩壊が、そのひとつのきっかけであろう。
 20 世紀末以来の我々は、まるで馴染みのない土地での戦争ラッシュに直面している。コソボに戦火が及ぶまで、日本人の何人が、この地名を記憶していたであろうか。アラファトの議長府はずっとラマラ(ヨルダン川西岸って、どこ?)あったわけではないことを知っている日本人が、どのくらいいるであろうか。
 我々の知識の領域は、現実によって無理矢理押し拡げられる。世界の地図はこういうものだとする先入観が、日々に破壊されている。
 インターネットは、「分け隔て」を取り去った世界を提供することで、この新しい時代のメディアになりえている。マスメディアは、このことに気づいていないか、気づかないふりをしている。そんなマスメディアを頼りにしてきた我々は、なかなか、その呪縛から離れられないでいる。それが現状である。
 筆者の WAVEtheFLAG というサイトは、マスメディアからインターネットへ、メディアの重心を移していくための試みのひとつだと考えている。したがって、不謹慎な言い方になるけれど、9.11 も、パレスチナ侵攻も、メディア移行を促進するには、絶好のチャンスなのである。

[2003.2.28.]

この本は、〈枝川公一の本〉Order Pageから注文できる。の〈購入したい〉ボタンをクリックし、Order Formに必要事項を記入した後、送信してください。



アマゾンでこの本を買いたい