★大阪・大探検

著者/枝川 公一
タイトル/大阪・大探検
発行/潮出版社
初版/1994.11.15
定価/1,400円(税込み)
ページ数/235
ISBN4-267-01369-1

 憧れの大阪をひたすら歩いた。夢中になって歩いた。直感はあたっていて、飽きるということがついになかった。いろんな人がいて、いろんな風景に出会った。まるで終わりのない絵巻物のように、あるいは、汲んでも汲んでもつきることのない泉みたいに、大阪は際限がなかった。

《目  次》
序 章 マドリードという「深い森」。
第1章 河内長野の赤い薔薇。
第2章 ここは天国、ここは天国、新世界。
第3章 「アメリカ村」のコオロギ。
第4章 浪花に天牛書店あり。
第5章 関西ロックは「黒船」である。
第6章 大正区に陽が落ちて。
あとがき

  《抜  粋》

序章 マドリードという「深い森」

セルベッサとビノ
 都市は、あたかも森のように感じられるのでなければ、ほんとうの都市とは言えないのかもしれない。
 これは、平成4年の1月に、はじめてマドリードヘ行ったときの感想である。このときは、ぼくにとって初めてのヨーロッパでもあった。したがって初めてのスペインということになる。他に、オリンピックが開かれる直前のバルセロナと、南部の都市セビリアに旅したけれど、そのどちらでも森を意識したことはなかった。
 マドリードだけが、太古の昔から延々と続いている、鬱蒼とした森のように確固としていた。森の住人たちは、その森がいつ、どのようにしてつくられたのかを知らないはずである。森は、人間にとってはたいてい、「つくられた」のではなくて、もともとそこにあったものに他ならない。マドリードの人たちも同様に、都市がつくられたときの記憶をあらかた失っているみたいであった。
 最後に、この都市を離れるときに、飛行機から見下ろすと、周囲の荒れ地のなかに、そこだけが盛り上がった丘を形成している地形が、明快である。荒れ果てた大地を渡って、長い旅をしてきた旅人が、やっと見つけた安息の地であったのかもしれない。そうであるとするならば、その地の成り立ちなどに、だれが拘泥するものか、とも考えたものである。
 ゆるやかにカーヴする石畳の坂道に面してあるBAR(バル)は、あたかもその場所に根でも生やしているかのように揺るぎない。この都市に無数に見かけることのできたBARは、森の下草にたとえてもいいかもしれない。ぼくは、セルベッサ(ビール)とビノ(ワイン)の、たったふたつしかおぽえなかったスペイン語の単語をただただ口走りながら、「下草」を分け、街を俳個したものであった。
 酒場にはちがいないが、社交場でもあり、休憩所であり、談話室にもなる。親父に連れられてきた子どもにとっては、遊び場でさえある。朝も昼も夜も、まったく変わることがない。客は立ったままで、カウンターに肘をついて、ワインを一杯受けとり、ガラス・ケースのなかのつまみを、小皿にとりわけてもらう。後は自分の思いのなかに沈んでいくのも、相客とのおしゃべりのなかに紛れ込むのも、勝手次第である。やがて、いずこへか立ち去っていく。
 そこが屋内をのか屋外なのか、どうも定かでない。BARと街とは渾然として区別がつかない。そんなことに頓着してもはじまらないようでもある。まるで習性ででもあるみたいに、その前を通りかかると立ち寄り、見知った連中ときまって顔を合わせる。目で確認の合図を送るだけのこともあれば、言葉を掛け合う場合もある。その日の都合や気分でどうにでもなる。黙っていたからといって、おたがい気まずいことになるわけではない。きょうはそういうことなんだなと、納得しあうだけのことである。
 いままでもずっとそうしてきたのだし、これからもそうしていくにちがいない。そのことについて、なんらの疑いも抱いていない。永続性に対する信頼は、絶対のものとしてある。マドリードでは、たしかに森に住むようにして、人は都市にのみこまれ、包みこまれるままになっていたように思う。

東京が消える予感
 ぼくは、ずっと東京に暮らしてきた。この都市で生まれ、家の事情で他に移り住んだこともあるけれど、自分が意図して生活したのは東京だけであると言うことができる。しかし、東京に暮らしていて、森との比較で考えたことはない。砂漠として語られることはあっても、いまだかつて、東京は森だと論じられているのに接した経験もない。ここが森だなどと、だれが言えるであろうか。
 建物はつくられるもののはずである。道路や橋は建設される。地面に穴を掘ることによって地下鉄が通される。東京は、それらの人工の記憶で埋め尽くされている。人工物がいかに増えようと、それが自然物に転化するなどとは、ここでは信じられない。ぼくたちのなかに、自然の記憶が育っていくとは思えない。この都市は、いつか壊れていくのだという意識がつねにあるからである。
 それもそんなに遠い将来のこととは思えない、二、三十年のうちには、少なくとも都市の風景は一変するであろう。昭和39年の東京オリンピックを契機に東京の街は様相を変えたと言われるけれど、20世紀が終わらないうちに、もうオリンピックの東京が消えていく、かなり確かな予感がある。変化していくということに対して、ぼくたちはさまざまの感情を抱く。慣れ親しんだものがなくなる不安もあれば、新しいものが出現することへの興奮もある。都市への眼差しが揺れ動いている。無数の視線が錯綜して、気持ちの休まることなど到底ありえない。森とは対極に、この都市は位置しているのである。
 木々が生長して枝を伸ばし、葉を茂らせて視界を遮り、それらの根元には下草が生え、地面を覆っていく。森の生理が、そこに住む動物の生理をも規定する。森に溶解するようにして、生き物は生きていく。森の静謐が、動物の息遣いまでも吸収してしまっているようである。同じようにして、人間の生理が、都市に取り込まれるということがあるとすれば、ぽくたちには、もはや都市に住んでいるという自覚もなくなるにちがいない。
 東京は、そうはなっていないし、これからもそうなることはないであろう。この都市はこれまで連綿としてありつづけてはきた。しかしけっして大人になることのない少年少女のような、奇妙な生々しさが、いつもある。頼りなくて、危なっかしくて、とらえどころがなく、ギスギスとして落ち着かない。ここに東京の魅力があり、住んでいての快感もある。そのことはたしかである。しかし、マドリードのような都市を訪れると、ひそかな羨望を抱かないわけにはいかない。東京では絶対に味わえない気分が横溢している。それを羨ましく思いつつ、自分が裏切り者になったみたいな後ろめたさも抱く。
 これは、他人の家庭の心地好さに浸る類いかもしれない。そこにずっと暮らしてみれば、いろいろなことがあるにはちがいないけれど、ともかく、訪問している間は、こんなところに、こういう人たちと一緒に住んでみたいなと思うことがある。人間が、空間にすっかりはまっているのを見れば、自分もそうやってはまることができれば、どんなにかいい気分にちがいないであろうと考える。

大阪と京都
 大阪を、マドリードに比較したい誘惑に駆られる。とりわけ、人が街に抱きかかえられ手要るのを感じるのは、昼間の大阪である。「ぎょうさん」の人がいるけれど、その人たちのすべてが、大阪にずっと暮らしているような気がする。どこかからたまたまやってきた自分の同類を探すのに苦労する。自分だけが除け者になっているみたいに思う。街と人とが混ざりあい、馴れあっている。入り込む隙間がないかのようである。みんながみんな緊密に関係しあっているところには、割り込む余地が残されていない。
 ただし、日が暮れると、ちがってくる。これが、時間に支配されることのない森とは異なるところである。あれほど親密だったのに、いまはもう、よそよそしく顔をそむけあっているような気がする。街に急に隙間ができる。
 たしかに人は群れている。心斎橋筋の通りなどは、人間を一面に敷き並べた絨毯のように、見えるかぎりびっしり埋まっている。道頓堀川にかかる橋の上にたむろする若者は、広場か公園にでもいるみたいに、傍若無人に振舞っている。欄干に腰を下ろし、その下にうずくまり、道路に散開して遊ぶ。橋袂の屋台に行列をして買ったタコ焼きの空箱を放り捨てる。そんな自由奔放にもかかわらず、人間がバラバラとばらけていく。しっかり絡み合った糸がほどけるようにして、散漫になる。夜の大阪では、人がしきりに自分自身に没入したがっていて、街は、それを拘束する力を失っているようである。
 これと対照的なのが京都である。そこでは、昼の間は、人のことをほとんど意識しないでいられるのに、夜になると、急に人の気配が気になる。夜更けて、街の中心部を歩く。街灯の明かりが極端に少なくて、闇から光までの間が遠い。早く光のあるところへ辿り着きたくて速足になっている自分に気づく。ところが、そんな荒涼のはずなのに、沿道に黒々と連なる建物のなかには人がぎっしり詰まっていると思えてならない。闇にすっかり包まれた森にいて、動物の気配をひしひしと感じるのに似ている。家のなかにいる人たちは、不審な外来者の存在をやはり敏感に感じとるのであろうか。見えない目がいくつも、こちらへ向けられているような気がする。そう思うと油断がならない。夜の京都を覆っているのは、豊饒な無である。あるいは無を装った豊饒である。
 したがって、日本におけるマドリードを完壁に構想しようとするには、大阪と京都を合体させなければならないと言うこともできる。どちらの都市も、半分だけのマドリードである。両者は水と油みたいにちがうと言われるけれど、それは、夜と昼の関係のように、相接しながら、まるで性格を異にし、そうすることによって、お互いのアイデンティティが際立つという関係にあるにちがいない。大阪があって京都があり、京都があって大阪がある。

異邦人の都市
 マドリードの衝撃から、どうしてもさめることができない。スペインの旅行から東京に戻ってきて一年半以上も経っているのに、あの都市に呪縛されている。だから、大阪へ行き、マドリードの面影を見出して、夢中になったのであろう。日本にもマドリードの痕跡があるではないか。章そして、何年か前に歩いた京都の夜の記憶も蘇ったのである。
 長いこと、東京について書きつづけてきた者にとって、これは見逃しにはできない。同質には、ついアクビを噛み殺したくなるけれど、異質には、目を見張らないわけにはいかない。好奇心の向こう側に、見知らぬ面白さが横たわっているのではないかと、ワクワクするからである。マドリードを介して、ほとんど知ることのなかった日本の都市、大阪に引き寄せられた。東京にはない都市の魅力を発見できるかもしれない。
 『大阪の宿』という小説がある。水上滝太郎の作品で、大正末期の大阪を、東京の人間の眼で描いている。この都市に転勤になった独身のサラリーマンが、土佐堀川のほとりの下宿で過ごした一年半の間に出会う人間たちが醸し出す「異邦人の都市」の気分は、覚めたくない夢のように後を引く。この若いサラリーマンが、東京本社に呼び戻され、かけがえのない知己たちに見送られながら、大阪駅を発っていくところで、小説は終わるが、その最後の一節は、つぎのようになっている。
 「うす汚く曇った空の下に、無秩序に毎反省に無道徳に活動し発展しつつある大阪よ、さらばさらばといふ様に、烟突から煤烟を吐き出しながら、東へ東へと急走した。」
 この表現の額面の裏にちりばめられている感情は、一筋縄ではない。大阪から逃走して東京に戻るのではない。また、大阪に居つづけたいのに、いやいや東京に連れ戻されるのでもない。どこにいても失うことのない、大阪への愛着が生まれている。それが消えないかぎり、薄汚い曇り空の下にある、秩序も反省も道徳もないという都市は、この人物のなかに、生涯にわたって住みつづけることを予感させる。それほどにこの都市の印象は堅固である。
 大阪を題材として、東京とははっきりちがう、日本の都市像をデッサンしようと思う。したがって、書きはじめようとしているのは、他所者の視野のなかに入る大阪である。マドリードと大阪を等距離に見ようとする者の大阪である。
 大阪へ出かけていき、街の只中で、大阪を描写することを通じて、この都市の面白味をくことにする。

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