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2008.1.15
タイトル 特別読み物☆
 
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 イギリスに住んで20年以上経つが、我が家のあるコバムという村は、イギリス島の南西にあるサレー県の北端にありロンドンの中心部から40キロくらいしか離れてない。あたりは、ところどころに放牧場や小さな湖や池もある広大な森林地帯で、住宅地が、申し訳なさそうに森の中に割り込んでいる地域である。もともとは野生の動物達がこの一帯の主人公だったのだろうか。最近、急速に宅地開発が進んだわりには、依然として色々な野生の動物を朝夕よく見かける。

 玄関から先はドライブウエイ(わが家の車寄せと駐車場)と前庭になっており、その先に3mくらいの幅の道路が東西方向にあり、北方向は、すぐ森が広がっている。その道路を西に50mくらい歩くと行き止まりで深い森に囲まれた小さな湖があり、東の方角には数軒の赤いレンガ壁の家をへだてて、まばらな森があり、わが家の裏庭がある南方向は、やはり数軒の家をへだてて森が広がっている。

 だからということなのか、ごく身近に野生の動物が出没し、動物好きな我々、老夫婦を喜ばせている。春は、前庭の一角に植えた数本のバラが新芽を出す季節だが、この頃になると決まって何処からともなく一頭、時にはつがいなのか、親子なのか二頭の鹿が、現れて新芽をむしゃむしゃ食べてしまうので毎年、前庭のバラは裏庭のバラよりも開花が遅れるという珍現象が起きる。

 年寄りは朝が早いから「三文の得」をすることもある。ある朝なんか偶然、バラの新芽をパクついている若い鹿と窓越しに目が合ってしまった。さすがに相手も驚いたのか大きく体を反転させて二飛び、三飛びくらいで森の中へ飛び込んでしまったが、気の毒なことをした。バラの新芽が食べられる時期は一年のうちほんの数日だから、食べたいだけ食べさせてやりたかった。すっきり首筋が伸びた綺麗な黒目の若い鹿だった。

 池や湖がある深い森だから蛇も住んでいる。ある夏の蒸し暑い日、黒っぽい斑点がある1メートルくらいのアダー(イギリスの毒蛇)が、じゃらじゃらと我が家の前庭まで出張ってきたが、蛇嫌いの女房が卒倒すると困るのでさっそく、棒を使って森の方へ追い返したが、私もアダーには緊張する。日本の「まむし」ほどではないが、かなりの毒をもっていると言われている。そういえば、背中一面に浮き出ている丸い斑点模様なんか、まむしによく似ている。

 勿論、リスもいる。イギリス特有の赤リス(体格は小柄)は、200年くらい前、アメリカから移入された灰色リス(大柄で攻撃的)に駆逐されて残り少なくなったとのことだが、近所で見かけるリスは、どうやら灰色リスらしい。そんな厳しい同種間の生存競争は、ともかく、いつみても彼らのしぐさは可愛いし、みていて飽きない。

 そのほか、うじゃうじゃという感じで野ウサギがはびこっており、好物のクローバーを求めてわが庭にまで遊びに来て、時には穴を掘ったり芝生をはがしたりするが、自分の干支が「うさぎ」でもあるせいか、彼らの傍若無人ぶりを大目にみている。

 しかし、イギリスでは、ウサギは評判がよくない。彼らが土の中に掘る無数の巣穴は、かなり深いが、これらに家畜の牛や羊が足を取られて折ったり、怪我したりすることが多く農場主に損害を与えるからだ。それに繁殖力が強く、やたら増えるといって嫌われる。日本では、これを「ネズミ算」で増えるというが、ここでは「ウサギ算」で増えるという。

 西の方向に2キロくらい歩くと深い森が、まばらになり小さな牧草地が広がっているが、その周辺では、雉をよく見かける。近づくと、ぎりぎりまで鶏のように走って逃げるが、いよいよ我慢できなくなるとパッと飛び上がって逃げる。しかし、せいぜい3〜4mくらいしか飛び上がれないし、長距離飛行はできないから、昔もいまもハンター達の格好のターゲットである。

 秋、大通りのButcher(肉屋)を覗くと、捕らえられた数羽が、大鍵からつるされており、細長い紙に大きく「Freshly killed!(殺したて)」と書いてあるが、あれは、あれで「新鮮さ」を売り物にしているらしい。Freshly Killed!などと、農耕民族の末裔の私には、エッと絶句するような宣伝文句だが、Killedという形容詞はこの国の肉屋ではよく見かける単語だ。

 小鳥達は、名前は分からないが、夜、窓を閉め忘れて起きた春や夏の朝なんか、けたたましい彼らのさえずり声や鳴き声で目が覚めるくらい沢山、住み着いている。しかし、ここら辺は、イギリスの地方では、どこにでもあるような、ありきたりの森であり雑木林なのにどうして動物相がこんなに濃いのだろうか。

 多分、それは、イギリス人の伝統的な田園生活を好む性向やバード・ウオッチングやワイルドライフ・ウオッチング(野生動物観察)を趣味とする人口の多さなどの影響だろう。近年、世界的に盛んになってきた「自然への回帰」あるいは「自然との共存・共生」などの流れとも無関係ではあるまい。

 更にいえば、イギリスは元来、集中的な栽培農業に適さない気候なので空き地があっても耕されて畑になることは少なく、むしろ自然のままに放置して(ほとんど手を入れず)家畜の放し飼い用の放牧地にするのが普通なので、周辺に住み着いている野生の動物たちの生活が脅かされることが少ないのも原因かもしれない。

 これらの流れの中で、ダメ押しのように、かつては、貴族達の伝統的なスポーツとして盛んだったフォックス・ハンテング(狐狩り)が、2005年に非合法化されイギリスの狐の長い受難時代もようやく終わった。さらには、野性もペットも区別せず動物一般を保護し、動物を虐待したりする人間達をかえって強制執行(罰金などを科す)したり、訴えたりする「動物ポリース」とも云うべきRSPCAのような全国的な組織もある。

 このような環境にいれば動物を飼うのはごく自然の流れであるが、生来、私は、ケモノ(毛のもの)、つまり毛が生えている動物が好きなので、日本にいた時は猫、こっちに来てからは、ずうっと犬を飼ってきた。4年前までいたのは、ジャック・ラッセルという種類の小型犬で名前はパッチ(Patch)といい、彼女(雌犬)は二代目で当時9歳だった。交通事故で死んだ初代も、やはりパッチという名の雌のジャック・ラッセルで、なぜかわが家の犬は、代々、パッチ(日本ではポチと発音される)と呼ばれている。

 家の周りは森だし、家の前の道路も奥は、行き止まりで交通量は、この通りに住む住人達の車が行き来するくらいだからごく少ないので、犬を安心して放し飼いにできる。パッチもひんぱんに森へでかけたが、たいていは独り遊びに飽きて、家の回りでうろうろしていた。犬はあまり家から離れないものだが、時々、暗くなってからも帰らないことがあると、やおら私が探しにでかける時もままあった。

 4年前の冬のある日、放浪癖のある二代目パッチが、暗くなっても一向に帰って来なかった。イギリス独特の底冷えのする寒い夜だったが、やむなく懐中電灯片手に、彼女がよく遊びにゆく森の中の湖まで探しにでかけた。その日は、何かいやな予感がしていたが、案の定、我が家からたった50メートルも離れてないところでパッチが喉から血をながし横倒しになっているのを見つけた。全身に戦慄がはしった。

 パッチのからだには、かすかにぬくもりがあったが、もはやピクリとも動かず、喉のあたりの数ヶ所に小さな穴のようなものが開いており、血が流れていた。喉をガブリとやられたらしい。錯乱する頭で、一体、何が起きたのか、誰がやったのか、野犬にやられたのか、本当に死んだのかなどと、とりとめのないことを暫く考えていたようだが、動かなくなったパッチを抱きかかえて家へ帰るべく歩き出したが、家の灯はすぐそこなのにずいぶん長い距離を歩いていたような記憶がある。

 次の日、事件を知ったゴシップ好きな、お隣さんやご近所さん達が、慰めに来てくれたが、そのうちの一人が、「パッチは、狐にやられたのだよ。この森には狐が多いし、一頭、大きなボス狐がいるが、パッチはきっと狐穴にでも入り込んだので攻撃されたのだろう」と見てきたようなことを言った。そうかもしれない。

 しかし別の一人は、「狐は臆病だから、自分から進んで攻撃することはあり得ない。この森には、Badger(アナグマ)もいるが、こっちの方が攻撃的で、追い詰めすぎた猟犬が逆にかみ殺されることもあるし……」と、やはり見てきたようなことをいったが、それも考えられる。

 とにかくわが愛犬のパッチは、もう永久に戻ってこないのだ。死ぬ時、たった独りで、どんなに寂しかったろう、どんなに助けが必要だったろう、どんなに家にかえりたかったろうと思うと可哀そう、口惜しい、無念だ! という感情が膨れ上がった。

 それから1年たった。二代目パッチの記憶が強すぎて、三代目を飼うことを躊躇していた。女房も「動物は可愛いいけど、すぐ死ぬからねー」と消極的だった。ところが五月も終わりのある日の夕方、ふと窓の外をみると道路に面した方のわが家の表庭を濃い褐色の小さな毛だらけの「もの」がモクモク動いていた。すぐにそれは、生まれて2、3ヶ月の子狐だとわかった。なにか食べるものを探しているのだろうか、人家を恐れる風もなく鼻で地面を嗅ぎつつ東から西方向へゆっくりとあるいて視界からきえた。

 本心では毛のもの(ペット)を飼いたいと思っていた時だから、突然、子犬にそっくりな子狐が現れたので二人とも年甲斐もなく大騒ぎしてしまった。次の日から、夕方になると早速、パッチが残していったペットフッドを前庭の芝生の上に、ばらまき、息をこらして窓にはりつき、例の子狐があらわれるのを待った。

 前庭の先にある道路は、クー・デ・サンク(奥がどん詰まりの通り抜けできない道路)なので夕方、暗くなるとほとんど人も車も通らなくなる。オレンジ色の街灯が点るほかは、動くものが何もなくなるので野生の動物達なんかが現れるとひどく目立つのだ。きた! きた! 昨日見たのと同じように小さく濃い褐色の子狐がよちよち、ふらふらという感じで庭先に入ってきた。

 ペットフードを見つけたが、子狐君、なんの警戒も躊躇もなく早速、当たり前のようにそれらを食べ始めた。驚いたのは、我々の方だ。野生なんだから少しは、人家を遠慮するべきだろうし、食べ物が落ちていても人間の臭いがするだろうから警戒して、なかなか食べたりしないだろうと思っていたが、この子狐、生まれて日が浅く人間への警戒心もまだ十分に育ってないのか、大胆不敵(?)な性質なのか、悠然と座り込んで食べていた。

 夕方の薄暗がりや、夜の闇の中で家の中から彼らを観察するには全く問題はない。わが家の壁には数ヶ所に、セキュリティ用のFlood Light(投光照明)がついており、人間や動物が近づくと夜目にも強烈な明かりが煌々と辺りを照らすしかけになっているからだ。子狐君は、この人造ライトの光なんぞを恐れてない。平気で餌にくらいついている。

 犬用のペットフッドがお気に召したのか、それから時々、現われた。このあたりには野生の鳥類も沢山すみついている。明るいうちに庭先に食べ物を出しておくと、目ざといカラスやマグパイに横取りされて、子狐君の口に入らないことが度々起きた。そこである日、もとはチョコレートケーキが入っていた白っぽいプラスチックの容器に残飯を入れて明るいうちから庭先に出しておいた。白っぽい色は目立つからカラスなんかは警戒して食べ物が入っていても近づかない性質を利用したつもりだったが、これは、狐にも警戒されてしまった。

 子狐君、残飯の臭いに誘われて近寄ってきたが、人工物である白いビニールの箱が、怖いのか、近づいては、遠ざかり、また近寄っては、じりじりと後ずさりすることを暫く繰り返していたが、やがて、諦めて行ってしまった。「しょうがないなぁ」と苦笑いしながら、前庭にまで出て、残飯を芝生の上にばら撒いた。寝る頃に再度、庭を覗くと、残飯はきれいさっぱりとなくなっていた。野生の動物には、なんの変哲もないプラスチックの箱が非常に怖いものらしい。

 それから数ヶ月経った頃、今度は、わが家の南側にある裏庭にれいの子狐君がいるのを見つけた。どうやら隣家との境にある生垣のすき間から入り込んだらしい。体毛の色も濃い褐色からいわゆる狐色の明るい茶色に変り、家猫くらいの大きさまでになった子狐君がバラの植え込みのそばに腰をおとしてすわり込み私の方をみていた。まるで「私、今日からこっち側に来たのよ」と言っているみたいだった。

 これがいわゆる「狐すわり」という座り方だろう。お稲荷さんの境内にある狐の置物や彫り物とまったく同じで姿勢で、きちんと前足を揃え、背筋をピンと伸ばしてまっすぐに坐っているスタイルだ。非常にお行儀がいい。そのままの姿勢で、餌をもらえるまで辛抱強く、いつまでも待ち続けているので、ついに子狐君の名前が「マチコ」と決まった。なぜなら、貰えるまで待っているから「待ち子」、つまり「マチコ」なのだ。雄か、雌か不明だったが小さな顔と何となく優しく可愛い目つきから勝手に雌と決め「マチコ」という名前にした。

 しかし、裏庭に通ってくる「マチコ」という名前までつけた狐に、私にはひとつ屈託があった。どうもマチコは、森にいるといわれている大狐の娘のような気がするのだ。大狐に殺されたのかもしれない我が愛犬のパッチが残したペットフッドを与えたり、かつてはパッチが闊歩していた裏庭で犬の不倶戴天の敵(?)である狐のマチコを見るのは、何か釈然としなかった。それでもマチコの可愛らしい姿をみているうちに、そのような感情も段々と薄れていった。

 二つ目の屈託は、野生の生き物に人間が「食べ物」をやるということである。人間世界の周辺にすんでいるが、本来は、人間と無関係に、自分達の責任と危険負担で生きている野生の動物に、ただ可愛いから、面白いからという理由でペットに餌をやるように餌を与えていいものかということである。テレビなんかでは、よく野生動物の餌付けを試みて成功したハナシなんかが放映されるが、いざ自分にそのチャンスが回ってきたとなると、なんとなく躊躇する気持ちを否定できない。

 しかし、人間、勝手なもので、まめに通ってくるマチコをみているとその屈託も段々薄れていくようなので、こう決めた。「せっかく馴れて、餌を食べに来るのに冷たくすることはない。マチコが巣立ちして自分で餌をとれるようになるまでの間、ほんのサポートとして食べ物をやろう。だから、特別のこと(雌だったら子育て期間中とか)が無い限り多くはやらないでおこう。全面的に人間に依存しないように、補助食程度にやろう」

 大狐が、この界隈のボスなのか、マチコが、大狐の娘か、あるいは息子なのか、そうでないのか、野生の世界のことは良くわからないことが多いが、森には、確かに5〜6匹の狐が住みついており、そのうちの一頭は、すばらしく大きく、獰猛な顔つきをしている。

 これは雄に違いない。マチコが、まだ前庭の方で餌をもらっていた頃、必ず、すこし離れた木陰や茂みに大きな狐が潜んで、こっちの方を窺っているのを見たが、今にして思えばあれが子供を心配して警戒中のマチコの父親で、その大きさから推測してボス狐だったのではないかと自分勝手に解釈した。

 夏の盛り、マチコは、週に3〜4回、南側の裏庭に通ってきた。私が仕事で忙しく帰宅が遅れた時なんかは多分、すれ違いになったのだろうマチコをみかけない時もあったし、我々がホリデーで旅行中の時は、マチコは勿論、餌を貰えないが、森の中で何か食べ物を見つけるのか、ご近所のゴミ箱を漁るのか、痩せたり、飢えている様子は全く見られなかった。

 ついでだから、マチコには、一体なにを餌として与えたのかを説明しよう。初めのうちは、パッチが残していったペットフッドの缶詰や犬用のペレット(乾パンのようなもの)だったが、それらが尽きた後には、食パンにマーガリン・バターを塗りつけたものを一晩に3〜4切れ与えていた。食パンも一袋30ペンス(円換算で60円)だし、マーガリンにいたっては1キロ入りがたったの50ペンス(円換算100円)と安いものだが、バターつきパンだけという食事は狐にとっても単調な食べ物なのか、マチコも5枚以上はたべなかった。

 さらに時々、残飯や焼き魚の皮や骨がでるが、これらもマチコにはご馳走だったに違いない。生魚といってもイギリスでは、コッド(鱈)か、へリング(鰊)かマッカレル(鯖)しか売ってないが、それでも女房が、日本風の焼き魚にすれば立派なご馳走だし、その食べ残しでも醤油味がしみてマチコにもおいしかっただろうと勝手に想像していた。

 ある日、裏庭の芝生の上に長くつづく奇妙な筋がついているのを発見した。よく観察すると、どうやらマチコが通ってくる道筋と一致する。いわゆる「獣道‐けものみち」で、草が一本の長い筋のように踏み固められていた。それは週末に必ず実行する草刈用のローンモア(モーター付の草刈機)の強力なブレード(刃)にも影響されないし、勿論、雨がふっても消えたりなんかしない。半年くらいかかってマチコの細い四本の足が、獣道を作ったのだろうと結論づけたら、いっぱしの動物学者になったような気がした。

 そんな気分の中、マチコも含めてこの森にすんでいる狐は正確に言うとなんという種類なのかを動物図鑑やインターネットの検索エンジンでしらべてみた。日本には、北極圏や北海道に住む「キタキツネ」という種類もいるが、日本語で「キツネ」というときは、通常、広く知られている「アカギツネ」をいうとあるが、その名のとおり、毛皮は赤味を帯びた褐色で、いわゆる「きつね色」をしているとのことである。英国でもFoxというと日本を含むアジアやヨーロッパに生息する「アカギツネ」をさすが、マチコもそのような毛色をしているのでこの種類らしい。

 図鑑によると普通、体長は、50cm〜80cmくらいで、フサフサした太い尾は、30cm〜50cmくらいとのことだが、私の観察でも、この界隈で見かけるキツネは小型か中型の犬くらいの大きさだが、大ボスはさすがに大きい。思わず「デケー」と感嘆するくらいで、体長80cmくらいはあるのではないか。しかしマチコは、この冬、生まれたばかりだからまだ小さく体長は、まぁ、目測で40cmくらいかな。

 この頃は、マチコだけで他の狐も裏庭に入ってくるようになったので、各個体の識別のため、詳しい観察をはじめた。まずマチコの特長は、ほっそりした痩せ型で長い四肢は、膝頭のあたりまでインクつぼに落ちたように真っ黒で、顔も比較的小さく目もあまり釣りあがっていない可愛い顔をしている。人間でいうと小顔の美人といったところか。

 1頭大きなのがくるが、これが例の大ボスなのだろうか? マチコの父親なのだろうか? こいつがパッチを殺したヤツなのか、そうでないのか? 正直いってよく分からないが、とにかく体も顔も大きいが、なんとなく若くはない。もうかなりの歳なのだろう。歴戦のつわものの証しなのか耳の先端が少し裂けており、肢も長く、のっしのっしと歩くときは、まるで小型のシェパードのようである。しかし堂々たる容姿に似つかず他の狐がもらった餌を取り上げたり、体のちいさな狐を追い詰めて餌をむしりとったりするので「イジメッコ」という名をつけた。

 マチコと同じくらい若いのが一匹くるが、これは落ちつきがなくいつもチョロチョロ嗅ぎまわり、走りまわっているので「チョロ太」となづけた。キツネの雌雄は、ただ窓から観察しているかぎり、なかなか判別が難しいが、ま、チョロ太は雄だろうと推定した。臆病な性格とみえ、私がドアを開けて餌を投げ与えるたびにサッと逃げて行き、どこかに隠れているが餌がドサッと着地したのをみて、またサッとどこからか現われて攫ってゆく。のんびりしたマチコは、この素早いチョロ太に、時々、餌を横取りされて呆然としているが、キツネにも色々な性格があるらしい。

 もう一匹、かなり大きなのがくるが、これは若々しい。私をジーとみつめ、餌が貰えるまでいつまでも待っているので「マチ太」となづけた。どうして雄のような名をつけるかといえば、その悠揚せまらぬ堂々とした態度からの想像だが、私をまっすぐにジーと、それこそ穴のあくように見つめて、ゆっくりと待ちの姿勢をとりつつ、餌が目の前にきてもパッと飛びつかず、臭いを嗅いだ後、ゆっくりと食べ始めるからだ。

 身の軽い小悪党のようなチョロ太も、マチ太には、ちょっかいを出さないで遠巻きにしているが、なかなか貫禄があるキツネである。これは、どうしたって雄でなければならない。以上が常連で、時々、風来坊のような見慣れない狐もくるが長続きしないでいつの間にか居なくなってしまう。

 秋が来た。夕方、薄暗くなるころから、マチコや他の常連メンバーの狐が、入れ替わり立ち代り餌をもらいにくる。その場にいた数頭に「バターつきパン」を一晩に1頭につき3〜4枚あたえるが、5枚目くらいになると単調な味にあきるのか咥えてどこかへもってゆき、そのまま帰ってこない。ときどき魚の粗(あら)や、肉類のあまりやカビのはえたチーズもでる。こんな簡単なことだが、犬とおなじくらい賢いという狐が相手だから、毎晩つづけても飽きがこない。

 しかし、このように頻繁に餌を与えると、彼らはそれにDepend on(頼りきりこと)になり、かえってキツネ本来の生態、生活を人間が捻じ曲げてしまうのではないかという心配があった。人間を信用し、頼りきって餌をもらいにくるキツネは、たしかに可愛い。しかし、心の片隅で、「深入りするな」、「(餌は)適当にやれ」、「dependent(人間に頼る)にさせぬよう気をつけろ」と自分自身を牽制している。しかし、彼らの可愛い仕草に打ち勝つのは容易でない。

 11月になり冬が近づいてきた。キツネは、生まれた年の秋には、早くも親から離れて、あるいは巣穴から追い出されて独り立ちするらしいが、もし、そうであるとするとマチコは、すでに成獣のはずであり、キツネの性成熟までの期間は10ヶ月から一年くらいというから、もし雌だとすると、この冬に母狐になる可能性があるが、我々も実は、それを密かに期待していた。なにかお腹の周りが膨らんでいるようだった。

 年の瀬がせまってきた。クリスマスや大晦日の夜は、あちこちで花火がドーン、ドーンと盛大に打ち上げられる。この爆発音が響く頃になると他のキツネは一匹も寄り付かなかったが、マチコだけは、相変わらず裏庭に通ってきた。やはり普段よりは緊張した様子でドーンとなるたびに身を低くする様子がおかしかった。因みに、犬はキツネに非常に近い動物であるが、パッチも、花火が大嫌いで、ドーンとなると急いでで自分のケージの毛布にくるまって震えており、音がやむまで出てこなかったものだ。

 クリスマスの喧騒は去ったが、マチコも、姿を見せなくなった。最近、私も本を買い込んでキツネの生態なんぞを研究していたから、「ハハーン、マチコは仔をうんでいるのかな。餌はきっと旦那が運んでいるのだろう」と勝手な想像をした。動物図鑑によると、普段は各々の縄張りを持ち、単独で生活しているが、発情期にあたる12月から2月頃だけ、ペア(つがい)を形成するとのことである。

 妊娠期間は50日くらいで、春先に4〜10匹の子どもを産むが、産まれてから1ヶ月ほどは、穴の中で授乳し、その間は、雄が餌を運ぶという。しかし、野生動物の観察者として未熟である私が、いくら努力しても、一体、どれがマチコの「旦那さん」か、皆目、見当がつかなかった。相変わらず他のキツネたちは来るがマチコは、なかなか姿をみせなかった。

 二月の初め頃のある晩、マチコがひょっこり現われたが、すぐには、それがマチコであるとは識別できなかった。膝から下の四肢が真っ黒であるのと、見覚えのある体形と、キツネにしてはやさしい目つきからようやく彼女であると分かったが、その細いこと、痩せたこと。毛皮もあちこち剥げて、まだらになっており、おまけに尻尾は皮膚病にかかったためか大部分の毛が抜けて細い棒のようになっている。久しぶりに現われたと思ったら、何という変わりようだろう。

 通常、キツネは秋と冬に、より厚い毛皮である「冬毛」を生やし、寒冷な環境に対応し、春が始まるとこの毛皮は抜け落ち、夏場は短い「夏毛」で過ごすとされているから、春に一見ボロボロに見えるのは普通かもしれないが、しかしまだ寒く、春が来るのは一ヶ月も先であるからマチコの「痩せぶり」は尋常ではない。仔を生んだせいか?

 しかし、何日待ってもマチコが生んだかもしれない子狐達は現われなかった。それに、いくら目をこらしてもマチコの下腹に母キツネのしるしである乳房はみつからなかった。だいいちマチコより小さいのはチョロ太しかいないが、それ以外に子狐らしい小さいキツネは、全く現われなかった。どうしたのだろう。マチコはちゃんと「こども」を生めたのか? 生めたとして森の中で育てているのだろうか?

 ほどなくクロッカスが咲き、次に水仙が咲くイギリスの春がきたが裏庭にくるのはマチコとマチ太、チョロ太などで、子狐らしきものはついに現われなかった。ここまでくれば、私としても次のような結論を出さざるを得ない。つまり、「マチこは、子どもは産んだのだろうが、うまく育たなかったのか、それとも若すぎて早産でもしたのか? それとも去年の暮れ、お腹がふくらんでいるようにみえたのは我々の目の錯覚だったのか? それとも、そもそもマチコは雌ではないのか?

 イギリスの夏である6月頃になると、マチコの妊娠のことも我々の話題に上らなくなった。ある日、「一体、マチコやその同類たちは、森の中のどんな場所にすんでいるのかを急に知りたくなり女房と二人してゆるゆると散歩にでかけた。キツネの主な生活場所は、テキストブックによると「片面を里山や段丘崖に持つ人里の近くであり、そこは、昼は人目につき難く安全であり、夜は餌を求めるのに好都合な場所を選ぶ」とあるので、さて、それらしき場所を求めて森の中をあちこち探し回った。

 しかし、そのような里山らしきところも、段丘崖もなかったし、動物の巣穴らしきものは、ウサギが出たり入ったりしている土中に掘られた無数の穴だけだったが、ひょっとして無数にあるウサギ穴の近くにキツネの穴もあったのだろうか? しかし、キツネはウサギの天敵だから、ウサギがのうのうと巣作りしているところにキツネが居る筈がないと考えるのが普通である。結局、それらしき穴は見つからなかった。

 夏の盛りのある日の夜の8時頃、といっても日本と違ってイギリスは高緯度にある国なので夏はなかなか暗くならない。今日は、真っ先に勢い込んでチョロ太がやってきた。「ほほう、元気がいいなぁ」とひとりつぶやきつつ、さっそくパンを投げてやると、どこに隠れていたのかイジメッコがさっと現われ、いつものとおりチョロ太からパンを巻き上げようと襲い掛かった。

 今日はチョロタも元気が横溢しているのかパンを咥えながらジグザグに走って逃げ回った。しかしついに体が二倍くらいもあるイジメッコにパンを取り上げられてしまった。その時、チョロ太はクーン(またはケーン)というような鳴き声をあげたが、人間流に解釈すると「あぁ悔しい!」といっているようだった。彼の悔しさは私にも伝染し、イジメッコが憎くなった。

 ある夜は、すっかりもとのスラリとした体形をとりもどしたマチコに鯖の頭をやった。女房が捌いて「しめ鯖」にした残りで、かなり大きいからたべがいがあるし、生の魚の頭なんかご馳走だろう。マチコがかじりついた時、ワッという勢いで大ボスのイジメッコが体当たりするような勢いで飛んできた。小柄なマチコは蹴散らされ、鯖の頭はイジメッコの口にくわえられた。

 憤慨した私は思わずドアをあけ、「コラッ!」と怒鳴ったが、イジメッコは平気の平左で、一っ飛びで庭の隅に走り去り、生垣の隙間へきえてしまった。マチコは、いつもこの大狐には低姿勢である。彼が傍に来ると常に反抗もせずに餌を譲っている。マチコは彼の娘なのか? 何なのか? 自分の子どもから餌(食べ物)をとりあげる親は人間世界では考えられないが、キツネの世界では、一旦成人(成獣)したものは、ライバルなのだろう。生き残るためには、弱いものから躊躇なく食べ物をとりあげるのだろうか。

 夜の9時頃でも外はうすぼんやりと明るいが、そんなある晩、いつもの通り裏庭に現われた常連の一人(いや一匹)のチョロ太が足をひきずっているのに気がついた。どうしたのだろう。痛そうに後ろの左足を浮かすようにして三本足であるいている。トゲでも刺さったのか、鋭い折れた枝で切ったのか、それとも仲間内でケンカして噛まれたのか? 相手は野生の動物だから、捕まえて治療してやるわけにはゆかない。気にはなるが、どうしようもない。

 こんな時こそ、バターつきパンをたくさん食べさせてやろうとするが、皮肉なもので、こんな時こそ、他のキツネには余分のパンにありつくチャンスなのだ。チョロ太の近くにパンを投げてやっても、チョロ太がそれを口に入れる前に体が大きいくせに素早い大狐のイジメッコがサッと駆け寄って攫ってしまう。もう一枚なげてやると今度は、マチコがサッと駆け寄ってとってしまう。

 私はマチコには充分餌を与えていると思っているので、まさかチョロ太のパンを横取りするとは思わなかったが、よく考えてみると、それは人間の論理なのだ。チョロ太のみならず、時々くる名前をつけてないキツネの前に落ちたパンをマチコは、威嚇のうなり声をあげつつ横取りする。しかし、一方、マチコは、イジメッコには、人(キツネ)が変わったように従順で低姿勢である。人間の世界とおなじく、キツネの世界にもPecking order(序列)があるらしい。

 つまり、マチコはキツネだ。当然のことだが、キツネの本能と論理(?)で考え、行動する。彼らは知っているのだ。怪我をしたキツネは、行動が鈍い。鈍いやつから餌を横取りするのはやさしい。子育て中、つがいでいる期間の雄と雌、そして育児中の親と子の間だけに相合扶助が見られるらしいが、本来は、一人(個体)で生活する動物なのでお互いの協力関係、または助け合い精神なんかはないのが当たり前なのだ。

 イジメッコが他の弱いキツネから餌を取り上げる行為は、止まない。しかも私の目に前でそれをやるからイジメッコへの憎しみがつのった。マチコやチョロ太のようにちゃんとお座りでもして待っていれば、私も彼にバターつきパンを投げてやるのは、やぶさかではないが、イジメッコはそんな殊勝なマネは決してしない。いつも何処かに隠れていて他のキツネに投げられたパンをさっと横取りするか、追い回してもぎ取るかのどちらかである。そこで、ある日、対策を講じた。

 イジメッコの姿が見える度に、ドアを開けて「ワッ」とか「コラッ」とか大声を出すことにした。2〜3回目までは効き目があり、その度にイジメッコは、横っ飛びに逃げた。しかし、敵もさるもの、声だけで私が外には出てこないことがわかり、大声を出したくらいでは逃げなくなった。それにしても毎夜、日本語での叱り声を聞いたかもしれない隣近所の人達はどう思ったかと想像すると、「おれもバカなことをしているな?」と独り苦笑した。

 次ぎの手段としては、やむなくドアを大きく開けて草履を引っ掛けて、とにかくイジメッコの方へ2〜3歩近づく動作をした。しかしこれは良し悪しだった。おとなしく餌をたべている他のキツネたちも驚いて四方に散ったり庭から逃げ出したりした。しかし私も諦めず、イジメッコが来た時だけそうするのだということをほかのキツネが分かってくれるまでそれを続けた。私もかなりしつこい性格らしい。その甲斐あって約1ヶ月後には、イジメッコは、私がドアを開けて外にでるふりをするだけで、さっと逃げだしその晩は戻ってこないようになった。

 そんな騒ぎを繰り返しているうちにチョロ太の足も直ったらしい。すこし左の後足を引きずるようだが以前のようにチョロチョロと素早く走れるようになった。早く走れることが生き延びる絶対条件の一つであるキツネにとって足は致命傷だ。なんだか、こっちまで嬉しくなり、「足が治ってよかったねー」とチョロ太に呼びかけてみた。

 そうこうするうちに、また年が改まった。一月の終わり頃、マチコの身に起こった小さな異変に気づいた。どうやらお腹のあたりが膨らんでいるようなのだ。数晩かけて観察した結果、女房殿の結論は、「ありゃ、仔が入っているね!」であった。やはりマチコはVixen(雌ギツネ)だったのだ。Well done, Machiko!(よくやった、でかした! マチコ)そのせいか、マチコの食欲は旺盛で、続けて食べたら、しまいにはおいしく感じないと思われるバターつきの食パンを何枚も何枚も飲み込むように食べていた。

 数週間後にみたマチコは、お腹に乳房が見え、からだ全体が、パンパンにふくらんできた。尻尾もふさふさと豊かな毛並みで、キツネのプライム(最高の状態)にあるようだ。小柄なマチコが太ったので、丸々の毛の塊りが庭をあるいていうようにみえる。いつもは一度、餌をもらうとその晩は二度と現われなかったが、今度は違った。暫くすると戻ってきて餌ほしさに裏庭をうろうろ歩き回ることが重なった。とにかく、こっちもそれに応えるべくパンやペットフードの購入量を増やした。

 こうして段々、深入りするようになった。だが、言い訳めくが、我々も毎日、毎晩、家にいてキツネ達に餌をやるわけではない。仕事や、外出やホリデーで家を空けることもある。ホリデーなんか、二週間の休暇を年、二回とることにしているので、毎年、その間、マチコ達は餌をもらえないのだが、二週間後にみるマチコや他の狐たちは痩せてもいないし、弱ってもいない。きっと森には、たべものがかなりあるのだろう。それはともかく、孕んだマチコの食欲は、充分に満たしてやらねばならない。

 ところで、毎晩、彼らは、庭にフンを撒き散らしてゆく。これには、人間にも移住するキツネ特有の寄生虫であるエキノコックスがついている可能性があるので非常に迷惑な行為なのだが、キツネにとっては、自分のテリトリー宣言でもある。我が家の庭は、複数のキツネの共同のテリトリーらしく、それぞれが宣言の証を残してゆくので翌朝の掃除が大変だ。時々、あまりの量の多さにうんざりし「マチコ、チョロ太、いい加減にしろよな」とつぶやく。

 そのフンのことだが、よく観察すると色々なものが混じっており色は真っ黒にちかい。動物図鑑によると、キツネは雑食性で、ウサギ、野ねずみ、ヘビ、トカゲ、蛙などの小動物や、ミミズ、昆虫類などをたべ、しばしば野生の果実やナッツ(木の実)の類もたべるとのことだが、彼らが置き土産として残してゆくフンの中に未消化の果実らしきものや木の実のタネなどをよく見かける。さらにこの辺の家庭からでる生ゴミの類もキツネの重要な食料源となっているものと思われる。

 春も盛りの4月の終わり頃のある日、裏庭に来たマチコのそばをもつれるように濃い褐色のふわふわの塊りが一つまとわりついていた。子狐だ! 我々が待ちに待ったマチコの仔にちがいない。ついに来たか! 早速、子狐にパンを与えるため出来るだけドアをそっと開けたが、やはり子狐は、驚いたのか慌てて逃げていった。マチコは、急ぐ風もなくバター付きパンを拾って子狐の後をおっていった。

 次の晩、また子狐をみたくて、期待して待っていたが、いくら経っても現われなかった。その次の晩も、またその次も子狐は現われなかったが、マチコは、そんな我々の思惑に関係なく毎晩のように、裏庭に通ってきた。自分の分として2〜3枚パンを食べ終わると、その次ぎに貰ったパンを咥えて、そそくさと裏庭から出て行った。多分、お腹をすかした子狐達がまっている巣穴へ行くのだろうが、一晩に何回も何回も来てパンを貰って帰ってゆく。おかげで一晩に食パンの包み二袋があっという間になくなってしまう。

 しばらく姿を見せなかったイジメッコが、再び現われるようになった。いままでは、主に体の小さいチョロ太から餌をまきあげていたが、今度は、一晩に数回必ずパンを巣穴に運ぶマチコを「いい鴨」として狙い始めた。人間からみたら子狐に餌を運ぶ母狐には、他の狐も遠慮するものと思うのが普通だが、狐であるイジメッコは、そんな健気なマチコも容赦せず、途中でパンを巻き上げようとして待ち構えている。自分は食べたいし、食べるゾという強い意志が全身から伝わってくる。

 イジメッコを牽制するため私が外に乗り出しすぎると、肝心のマチコも遠くへ逃げるのでパンの投げ方を工夫した。まず、茂みにかくれているイジメッコにパンを投げて彼らがそれを食べている隙にマチコに投げ与えるのだ。だからその後は一晩につかうパンやバターの量が更に増えた。だから女房は、それらをスーパーからドサッという感じで買ってきて、「あぁ、大変!」と悲鳴をあげた。

 バターもどんどん消費量が増えた。バターといっても本物のバターは、値段も高いし、常温では、チーズのように固まっているので、パンにサッと塗って投げ与えるやり方には合わないので、塗りやすいマーガリンを使っているが、マチコやチョロ太へやるパンには、それをたっぷり塗ってやる。

 とくに子育て中のマチコとその子狐が食べると思われるパンにはこってりとバターを塗るが、イジメッコもバカではない。マチコがもらうパンの方が美味しいと知ったのだろうか、時々、すでに口に咥えたパンを放り出して森に帰るマチコを追いかける。そんな小ドラマが毎晩のように繰り広げられた。

 2〜3週間たったある晩、マチコが来たので餌をやろうとして子狐が二匹、マチコにまとわりついているのを見た。やっと来てくれたのだ。ドアを開けなければ餌をやれない。しかしドアを開ければ、前回のように子狐が逃げてしまう。仕方がない。できるだけ静かにあけたつもりだが、やはり子狐達は驚いて逃げたが遠くへ行かず庭の隅に蹲くまっている。マチコは、委細かまわずパンに食らいついている。それをみて子狐達も恐る恐るパンが着地するあたりに戻ってきた。

 マチコがパンを咥えると、子狐達は、「ちょうだい、ちょうだい」とでもいうようにマチコに飛びつく。マチコは、逆らわずにパンをポトンと落としたり、口に咥えたままのパンを子狐達に食いちぎらせて与えている。面白いことに子狐達は、自分の身近にパンが飛んできても自分でひろうことはなく、マチコがくわえているものを欲しがる。その様子は、何か人間の親と赤ん坊との関係に通じる。心が和む風景だ。しかし、心の片隅で、「こいつら(子狐達)、人間の食べ物に慣れすぎてしまうなぁ」との心配が疼きだした。

 その晩以後、マチコと二匹の子狐がセットのようにしてくるようになった。一匹は、もう一匹よりかなり大きく、ドアがあいてもあまり驚きもしなくなったが、もう一匹は、何か物音がすると、さっと植え込みに隠れるが、すぐでてくる。だからマチコが生んで育てているのは、これらの二匹だけとばかり思っていたら、どっこい、一週間後に、マチコは、他に3匹、つまり合計、5匹の子狐を連れてきた。

 どうやらマチ太が、マチコの旦那さんのようだ。自分が貰ったパンをマチ太が一匹の子狐に与えているのを偶然にも見たからだ。雄は仔にも直接、食べ物は、やらないと聞いたので、これは本来、母親のマチコの役割なのだろうが、子狐達は、生まれたばかりだから雄のマチ太も子狐に餌をやるものと思われる。そう思うと、いつも憎たらしいくらい落ちつきはらっているマチ太も急に可愛くなる。現金なものだ。

 ボアボアの毛並みの褐色のボロの塊のような五匹が、キーキーいってマチコにまとわりついて餌をねだる様子は、肩の力が抜けるように可愛い光景だが、よく観察していると奇妙なことに気がつく。マチコは、五匹全部に万遍なく餌を与えているようだが、どうしても最初、一緒にきた二匹により多くやるようなのだ。これらの二匹が積極的にマチコに餌をせがむせいか、あるいは何事にも積極的な性格なのか、マチコのアテンション(注意)はどうしてもそれらの二匹により多く向けられているようだった。

 五匹も来たので、我々も混乱気味だ。誰が誰やら分別するために、目算で体のサイズの大きい方から「大」「中」「小」「小々」「ピッコ」(Picco)となづけた。もちろん、「大」と「「中」は最初にマチコと一緒に裏庭にきた二匹である。「小々」はからだが一番ちいさく、「ピッコ」は、足を引いている。生まれつきかもしれない。

 この日以後、五匹が全部、賑やかに裏庭にくるかと期待しているとそうでもない。次の日はマチコが一匹で、自分の食べる分を食べたあとは、パンを咥えて森に帰って行く。ほんとにセッセという感じで、いそがしくその何処か(巣穴だろう)と我が裏庭を往復している。その2〜3日後には、3匹の子狐がきたり、一匹だけ一緒だったり、そうかとおもうと五匹が全部一緒に来たりと、まちまちだが、マチコにはマチコのやりかたがあるのだろう。

 それから二ヶ月くらい経った頃から、子狐達もマチコの口からでなく自分でパンを拾ってたべるようになったが、はやくも個体別の特長が現われてきた。一番からだが大きい大は、とても活動的だ。走るのも早いし、すばしっこいし、攻撃的だし、あまり物音に頓着しないなどなどで、どこからみても雄としか思えない。

 中は、四肢の膝から下が真っ黒でそこだけマチコにそっくりだ。物音に敏感で、私が開けるドアにもすぐ反応するが、一方で非常に好奇心が強いらしく、時々、ガラス戸のすぐ外側までちかより家の中を覗き込む。まるで「誰かいるのかなー? 餌をくれるいつものオジサンは、居るのかなー? いつ次ぎの餌をくれるのかなー?」と云っているようだ。今まで我々が散々、狐たちを覗き見していながら、まさか反対に狐に人間の家の中を覗き見されるなんて想像もしてなかったので、その光景に女房と二人して腹を抱えて大笑いしてしまった。

 小は、その名の通り小さいが弱々しくはない。素早い身のこなしと勘がいいのか、私が投げるパンの着地場所に駆けつけるのが早い。しかしなんとなく綺麗な顔(狐に綺麗もないもんだが)をしており、マチコを小型にしたような感じである。性別はまだ分からないから、仮に雌としておこう。

 小々は、小と同じくらいのサイズだが、もっと細いし、あまり元気がないし、なんとなくボンヤリしており、餌がばら撒かれている時も要領がわるく、いつも誰かに横取りされている。最近ぐーんと大きくなった大に比べると、半分くらいの体長しかなく、見ていて痛々しい。

 もう一匹は、足を引いている。初めは、怪我でもしているのかと思ったが、いつまで経っても、そのままだから、生まれつきなのだろう。野生では、五体満足でも生き残る確率は高くないのに、これでは長生きはむずかしいかもしれない。それでもマチコから餌を貰っているのか、自分でも多少、森のものを食べているのか、左の後ろ足をひきずりながら、なんとか生きているという感じだ。

 輝ける6月がきた。イギリスでは最も晴天日が多く、一日の日照時間が一年で一番長い月である、高緯度の北ヨーロッパに位置するイギリスでは、この月が真夏で、日は遅く沈む。夏でもここは湿気が少ないから真昼の暑さとはうってかわりヒンヤリと過ごし易い。完全に暗くなるのは、夜の10時以降だから、裏庭にくる狐たちを観察するには絶好の時期である。

 目の前で、無邪気に餌をあさっているキツネ達をみていると、いずれは必ず死ぬ運命にある我々、「生き物」への同情(連帯というべきか)と哀しみが湧いてくる。どこに逃げても、どこに隠れても、どんなに逆らっても、いずれ全ては、終わり、この世から消えてゆく定めだが、それを避ける力も術もない我々、生き物の、頼りなさ、無力感がキツネ達から伝わってくるようだ。

 しかしその時がくるまで、我々人間も庭で餌を食む狐たちも、どんなことがあろうとも生き延びなければならないし、また生き延びる努力を怠らないであろうと思うと「この世に生れ落ちた」ということは、それぞれにとって大変な「負担」だとも思ってしまう。「生きる」ということの重々しさ、そして悲しさを強く感じる。

 ある晩、ヘッジホッグ(ハリネズミ)がでてきた。Hedge(ヘッジ、生垣)で囲まれて居る我が家の庭には、その名のとおり生垣のHog(本来の意味は豚、転じて子豚のような動物)であるヘッジホッグのつがいが、住んでいたことがあったが、いつの間にか、どこかへ往ってしまった。時折、コンポストの山の裏がわとか庭の隅に積み上げてある古タイヤの内側なんかで、ヘッジホッグをみかけるが、体がちいさいのできっと別のものだろう。

 その同じホッグか、別なのか分からないが、直径20cmくらいの中型のが裏庭をのそのそ這っていた。まだキツネ達は到着してなかったので、丁度、用意してあったやわらかい食パンを細かく千切って投げてやると、まず匂いをかぎ、大丈夫と思ったのかゆっくりと食べ始めた。ヘッジホッグの食べ物は、昆虫類やミミズやカタツムリやナメクジの類であるが、雑食性だから果実類もたべるし、勿論、パンも食べのだろう。

 そうこうするうちにマチコとチョロ太がやってきたが、ヘッジホッグには一瞥もくれない。全く無視している。しかしマチコと一緒にきた子狐達はそうは行かない。生まれて始めて見たからなのか、性本来、好奇心が強いのか、早速、チョッカイを出しに近寄っていったが、ヘッジホッグの方は、キツネに全く興味をしめさない。あまり嗅ぎ回られるものだから、面倒になったのか、パンをたべるのを止めて、手で顔を隠し体を丸く大きくふくらませた。

 怒ったり、防御体制をとる時は、体中のトゲを逆立てて、毛の生えていない柔らかな腹部を抱えるようにして体を丸くする。以前、庭の端っこをノソノソ這っているヘッジホッグに触ってそのトゲがどの位威力のあるものかを試したことがあるが、そのトゲは鋭く固く、ちくちくと痛い。トゲを立てているときは、キツネでもアナグマでも、とても咬みつけないのではないか。とにかくこうなったら誰もどうしようもない。子狐たちは餌のほうに興味をうつし、ヘッジホッグは、再びパンを食べ始めた。

 裏庭における時は平和に過ぎていった。8月になったが、もう秋である。日差しは、強く晴天がつづく良い気候だが、朝夕は6月にくらべ確実に温度が下がっている。裏庭にくる子狐達も赤ん坊の頃の褐色の毛が、いつの間にか、茶色、いわゆるキツネ色に変わっていた。一晩で変わるわけはないから、段々に茶色に変化していたのだろうが、人間の目という感覚器官なんかは、時にあまり頼りにならないようだ。それまで変化をずうっとみてきたであろうに、ある日、突然、なにかの拍子に気がついて「あっ、茶色になっている」と驚いたのだろう。

 毛の色は変わったが、大と中と小をのぞいて、他はまだ小さく細い。動作もいつまでも子狐っぽく、おどおどしてマチコを付回して餌を貰っている。一方、ほんの数ヶ月で大はその名の通り、マチコと同じくらいのサイズに成長した。中も、ひとまわり小さいが、その分、非常にすばしっこい。小も小さいが頑張っている。この三匹とも、もうマチコが、餌をくれるのを待っていない。庭に投げられたパンを自分で積極的に拾う。

 彼らは、人間でいえば「小ワル」といえる。他の小さな兄弟から餌は取り上げるし、母親のマチコを追い回して口からパンをもぎ取るし、チョロ太やマチ太など他の大人のキツネに張り合って餌めがけて突進する。立派なもんだ。そのくらい攻撃的で、たべることに関して容赦ない性質でないと野生としては生き延びてゆけないのかもしれない。

 8月の終わりが近づいた。大人達に混じって子狐が5匹もウロチョロするので賑やかというより騒がしいくらいだ。お互い餌をめぐって諍いをおこして相手を威嚇するため唸ったり、餌をとられまいと悲鳴をあげたり。ご近所にもなるべく迷惑をかけたくない。なぜなら、フォックスハンテングがつい最近まで、英国貴族のスポーツだった伝統のせいか、キツネが嫌いなイギリス人も結構いるからだ。

 キツネのドキュメンタリーをテレビなんかでみると、彼らは昼間は巣穴で居眠りをしているか、ぶらぶらしているかだが、夕方になると元気づき捕食活動を始め、それは、翌朝までつづくらしい。まだ会社に通っていた頃、私は朝がはやく6時頃には家をでて6時15分から20分ころには、高速道路に乗るのを日課としていたが、明るくなった早朝も、ご近所での餌あさりのためか道路を横切るきつね達をよくみかけた。

 また同じことを言うようだが、子狐のうち元気のよい大、中、小は、さておいて、発育の悪い小々とピッコが気になる。二匹とも体が小さく、細く、動作も活発とはいえない。人間流に考えれば、母親のマチコは、これらの出来損ないにこそ、多くの餌を運んだりして面倒みるべきだと考え勝ちだが、どうもマチコは、これらの不出来達には、つめたいようだと分かってきた。

 マチコは、自分の分の餌をたべている最中でも、大や中、または小が近づくと自分が食べていたのをプイと止めて、それを彼らにやる。全然、逆らわない。マチコ自身も空腹なんだろうから、こども優先もほどほどにするのかと思いきや、これらの三匹には全然、大甘で、すぐギブアップして餌を与える。ところが、ビッコと小々が「頂戴!」というように近づくと、くるりと尻を向けたり、威嚇して追い払うことを1〜2度みたので、その後、特にその点を注意するようにした。

 どうやら母親としては、明らかに「えこひいき」をしているようにみえる。これは、一体どうしてなのかを考えてみたが、「動物は、子を産むと強くて生き残れそうなのを育て、そうでないものは、見捨てる」とよく言われているが、現在、マチコが、彼女の仔狐たちを区別しているようにみえるのは、それと何かの関係が、あるのかと思ってしまう。

 9月になった、ある日、大きなキツネがゆうゆうと裏庭へ侵入してきた。大きさは、イジメッコに次ぐほどもあるが、まだ顔が幼い。よくみると大だった。いつの間に、こんなに大きくなったのか? そういえば、最近、一ヶ月くらい見なかったが、その間にそんなに大きくなったのか? キツネは生後10ヶ月で巣立ちをして単独の生活に入るということだから、2月か3月にうまれたとしてもそろそろ成獣並みの体格になってもおかしくはないが、それにしてもその成長ぶりはすさまじい。

 大きくなった大を見た後、中と小をみると、彼らもそれなりに大きくなり、なによりその動作が、素早く、しっかりとしており、餌の取り合い競争でも充分、大人の狐たちに伍してゆけそうだ。もうこれらの三匹には、何の心配もないだろう。自分で餌をみつけて生き延びてゆけると確信した。

 しかし小々とピッコはちがう。秋になったのに、いまだに小さく、か細い。顔も赤ん坊のように小さく哀れだ。そこで彼らが兄弟から餌をとられないようにする一策を講じた。私がドアの外に出るとキツネたちは、マチコをのぞいて全員、散って逃げ、バラの植え込みや潅木の茂みに隠れる。

 そのように裏庭は、隠れやすいから強い兄弟たちが弱い二匹から取り上げるチャンスが多くなる。しかし表庭では、事情が少し違う。バラの植え込みや、花壇は家の壁に密着しており、あとは広々と展望が開けているから彼らの隠れ場所もほとんどなく私の監視地域も広がる。

 そこで表庭で餌をやろうと決め、裏庭の生垣に開いていた穴を閉じた。案の定、翌日からキツネ達は表庭に集まりだした。マチコはあまり私を恐れないから、餌をやるためドアを開けて私が外にでても約2メートルくらいの間隔をとってそのままバックして餌を待つが、他のキツネは私が少しでもドアの外へでるとパッと散って10〜15mくらい彼方へ避難する。しかし動作が鈍いのか、充分成長してないせいか小々とピッコは、私が外に出てもマチコにウロウロまとわり付いている状況を利用しようという考えだ。予想通りになった。二匹はより多くのパンにありついた。

 一週間くらい経って、今度は別の問題が起きた。今までの常連ギツネに混じって全く見慣れないキツネ達も出没しだしたから、夕方になると我が家の表庭の側の道路はキツネだらけになった。よくもこんなに沢山の狐があの森にいるものだ。きっと他所からも出向いてきたのだろう。

 ある日おそく帰宅した女房は、キツネが多すぎて(車で)轢きそうになったとその密集度に驚いていた。よくご近所から苦情がこないものだ。翌朝、そこらへんは狐の糞だらけになる。毎朝、自分の庭とご近所の庭の糞掃除に追われた。とにかく多く集まりすぎる。こんな異常な状態は、続けられない。結局、また裏庭の生垣の穴を開けた。そしたら裏庭にくるのはいつもの常連だけになった。やれやれ。

 しかし、小々とピッコが、パンにありつく回数は、心配していたとおり以前と同じように少なくなった。強く素早い兄弟達に横取りされるからだ。これらの遅れもんとマチコだけに餌をやるという私の目論見は失敗した。その目論見とは、「イジメッコ、マチ太、チョロ太、大、中、小などの強い奴らは自分で餌探しができるから餌は、適当にやればいい。マチコは長い間の顔なじみだし、私に一番なれており将来、また母親になるだろうから餌は多くやりたい。小々とピッコの二匹は、可哀そうで放っておけないから餌をやりたい」というはなはだ感情的、人間的な考えでキツネ達に対しているが、どうも思いどおりにいかない。

 9月の半ばくらいになったある日、マチコに起きた異変に気がついた。いままで自分が食べるものも食べないで子狐達に分け与えたり、せっせと巣穴へ運んでいたマチコが、時々だが、餌を独り占めにして、子狐達に分けてやらなくなったのだ。どうもおかしい。しかし、あることに気がついた。「ハハーン、子狐達の巣立ちは終わったのだな」と独りごちた。つまり、母親としてマチコの子育て期間は終わり、次の世代を生む準備期間にはいったのだと勝手に解釈した。

 例え、体が充分、成長していなくても、自分で餌がさがせなくとも、ある一定の時が経つと、子狐達は、巣穴から出て行かなければならない。ぐずぐずしていると親たちに巣穴から追い出されるという。欲する、欲さないに拘わらずその日、その時から子狐達は、自分で食べてゆかなければならない。自立の時である。自然の掟とはいえ、厳しい。案の定、心配していたことが現実となった。

 その晩、裏庭に現われた小々とピッコは、怪我をしていた。二匹とも全く同じ高さのおなじような場所、つまり左側の腰(尻)あたりに噛まれた傷跡があり、7〜8cm四方くらい毛がむしりとられたように赤むけになって血が流れている。痛々しい。交通事故でついた傷ではないようだし、ワナに嵌って逃げてきたようでもない。第一、最近のイギリスではいくらキツネが嫌いだからといってワナを仕掛けるのは、違法だし、そんな暇人は、もう居そうもない。

 これはきっと巣穴からなかなか出てゆかない小々とビッコをマチコか、その連れ合いが、追い出した時の傷なのではないか? キツネは、生後約10ヶ月で巣立ちし独立すると云われているが、力の弱い小々とビッコはついつい古巣に執着したのだろうか? それにしても二匹の体の同じような場所に、同じような大きさの咬まれたような傷があるというのは、偶然そうなったのではなく誰か、何かがある意思をもって故意にそうしたとしか思えない。

 これら二匹が、血のこびりついている腰をみせながらパンを求めて右往左往する様は哀れだ。彼らめがけてパンをなげてやるが、二回に一回は、兄弟達や、他の大人のキツネ達に奪われてしまう。当たり前だろうが、弱い二匹への遠慮も同情もない。可哀そうだが何も出来ない。これらの二匹は、この冬は越せないのでは、と心配になる。マチコは、この春に生んだ5匹の子狐全部をすでに見捨てた(巣立ちさせた)のだから。

 それでも次の日も、次の日も他のキツネたちに混じって小々とビッコがやってくるが、ほんの1枚くらいしか口に入らない。彼らめがけてパンをなげても他の兄弟たちが駆けつける方がはやい。それをさせまいと私がドアの外に出て牽制すると兄弟達は植え込みの後ろに隠れてしまうので私の牽制策もあまり有効とはならない。色々と頭をしぼったが、良い解決策はみつからない。止む無く、またもや、餌をやる場所を監視しやすく、私の威嚇作戦が効く表庭の方で餌をやることにした。

 予想通り、二匹はマチコから、あまり離れないので、マチコのまわりにパンを投げると二匹が、より多くパンにありつけたのを見てよろこんだのもつかの間、またまた見知らぬキツネ達が、大勢あつまり、表の道路際に右往左往、狐のコンベンション(大集会)のようになった。どうしてそれを知るのか不思議だが、またもやこんなに大勢集まってギャーギャーさわぎだした。狐も人間と同じとみえて、集団心理が働き、同類が沢山集まると勢を頼んで、大騒ぎするらしい。こんどこそ本当にご近所から苦情がでるのではと真剣に心配した。

 騒音に加えて大勢のキツネが大量の糞をこれらの家の庭に撒き散らしてゆくからだ。またもや私はスコップをもってよそ様の庭を汚しているキツネのフンを黙々と掃除する毎日がつづいた。何回、同じ愚行を繰り返すのか。しかしこれは愚行とは言っておられない。なんとか可哀そうな二匹に一枚でも多くのパンを食べさせたいとの思いなのだが、他の狐たちは、そう簡単に人間の想いを察してはくれない。

 再度やむなく、二匹のチャンスが少なくなるのを承知の上で再度、餌場を裏庭に移すべく生垣の穴を開けた。どうしてそれを知るのか不思議だが、常連達はすぐ裏庭に入ってきた。賢いものだ。こんなバカな騒動を繰り返しているうちに我々も半年ぶりでホリデーにゆくことになった。一年に二回、二週間の長期休暇をとるのが決まりになっているが、今回は、北京で一週間、東京で一週間の旅程である。

 二週間以上、家を空けることは、少なくないし、その間は、キツネに餌をやれないが、これまで、マチコをはじめ他のキツネ達が目立ってやせたりしたことはなかった。今回も、ホリデーに出かける前、大人の狐達や元気のいい大、中、小のことは、全然、心配しなかったが、小々とピッコのことを考えると、気が重くなった。

 しかし、まさかご近所に不在中、代わりにキツネに餌さをやる仕事をたのむわけにも行かないし……私が餌をやらなければ小々とピッコは、食べ物に恵まれるチャンスが減るだろうし……しかし、私に小々とピッコの生存の責任があるわけではないし……彼らは野性の動物なんだし……とにかく、不在中、二匹は、どこで食べ物を探すのか心配だが……などなど、色々、考えたが、やむなし……ホリデーには出発しなければならない。

 旅行は楽しかった。初めていった北京の故宮、天壇、郊外の万里の長城などで、異国情緒を存分に楽しんだが、その間も頭を去らなかった心配が帰国した翌朝、現実となっていた。朝、明るくなった裏庭をみて驚いた。何か、動物のようなものが蹲っていた。庭へでて傍まで行った。キツネが一匹横倒しになっている。全然動かない。二年前に死んだパッチのように横になったまま、うつろな目で中空を睨んでいる。

 小さいし痩せている。きっとこれは、ピッコだろう。左の後ろ脚が極端に細い。死んでからかなり経っているのか、ウヨウヨわいた蛆虫が、かなり肉を蚕食して、ところどころ骨がみえる。兄弟達や他のキツネにCannibalize(とも食い)されたとは思いたくないが、ほとんど骨と皮ばかりになっていた。かわいそうに。いつも餌を貰うちょうどその場所で「あてつけ」のように死んでいた。これは、ショックだった。

 「お腹が空いた。ひもじい。なにか食べたい。ここで待っていれば何かもらえる」と思いつつピッコは、ずっと待ち続けていたんだろう。待ちつづけているうちにフラフラになり、ついに力尽きて倒れてしまったのだろう。人間にとっては、いつものホリデーで、たった二週間、家を空けただけだが、ビッコにとっては命が、かかった長い長い二週間だったのだろう。かわいそうに。

 スコップを持ち出し、その死骸を掬うようにして庭から持ち出し、森へ向かった。適当な場所に穴をほって埋めてやろうと思ったのだが、死骸のあまりのひどい臭いと白いウジがうごめいている様に我慢ができず、藪に放り出すようにしておいてきた。しかしその夜、可哀そうなピッコをあのまま、あそこへ置いてくるべきでなかったと反省した。翌日、さっそくその現場に向かい今度は、まわりの土をとって死骸を覆い隠し小さいマウンド(盛り土)を作ってやり、無宗教のくせに、「南無阿弥陀仏!」と三度小さくつぶやいた。

 死んだのは、ピッコだとしたら同じように小さく弱々しかった小々は、その後どうしたのか? 小々は、まだ生きているだろうか? 母親のマチコにも見捨てられたのだから、生きているとしたらたった一人で、どこでなにをたべているのか? それとも、森のどこかでビッコのように餓死したのか?

 帰国したその夜から、マチコをはじめ他の常連ギツネが、いつものように来るようになったが、いくら待ってもピッコと小々は現われなかった。やはり死んだのはピッコだったのだろう。そして小々も、多分、力尽きてどこかで倒れてしまったのだろう。一瞬、二匹とも一緒に裏庭で死んでなくてよかったと不謹慎なことを思った。

 突然、自分のしてきたことは、単なる自分勝手なHypocrite(偽善者、いいフリをする人)な行為ではなかったか? 実際には、自然の流れに逆らい、野生の掟をねじ曲げ、結果として純真無垢な自然物であるキツネを苦しめ、彼ら本来の野生の生活を邪魔してきただけではないかという思いがどっと押し寄せてきた。

 マチコは五匹も生んだが、普通、狐は、そのうちの二匹か三匹が乳離れ後まで生き、さらにその冬を迎えて一匹が死に、翌春まで生き延びるのは、精々、一匹か2匹くらいであり、更にそのうち成獣になるまで生き延びれるは、残りの一匹といわれているが、そのくらい野生の状況(掟というべきか)は厳しいらしい。

 ただケモノがすきだから、マチコや子狐が可愛いから、どこかに死んだパッチの身代わりだからという甘い人間の考えで人間の食べ物を深く考えもせず投げ与えてきたが、野生の習いですぐに死ぬべき子狐達を、自分の勝手な感傷と甘えで長生きさせ、生きる苦しみをわざと引き伸ばしてきたのではないか? 例えば、小々にしろピッコにしろ、とても自然界で生き延びてゆけるキツネではないと薄々分かっていたはずなのに。

 これからも、マチ子、子狐達、常連ギツネたちに餌をやりつづけると、個体差はあるだろうが、どうしても人間の食べ物を頼りとするようになるだろう。そして自分で餌を探す努力を怠るようになるだろう。マチコも、また来年の春、子狐を生むだろう。そうすると、その子狐達が、またマチコに連れられて裏庭にきて、「餌だより」になりそのうちの弱いものが、またおなじ場所で死ぬかもしれない。結局、私のしてきたことは、本来のキツネの生き方を、ムリに人間の世界の方に捻じ曲げて、キツネ達の野生を弱める方向だったのではないか?

 では、キツネにとって、一番、「よい方向」は何なのか? 結局、彼らのやり方で、かれらの本能の導くままの方向、つまり人間が下手な干渉を一切しない方向が一番良いのではないか? つまり、全て自然に任せるのだ。キツネも人間も自然体でやるのだ。人間は、彼らの邪魔をしないし、かといって迫害もしないし、干渉もしないことだ。勿論、餌は、やるべきではないのだ。

 死ぬべき個体は、死ぬべきなのだ。動物の保護施設でも経営するなら別だが、人間の感傷で生き延びさせたり、人間の食べものに馴れさせてはいけないのだ。本来、彼らは、森の中でウサギやへび、かえる、虫、ときおり果実類などを食べればよいのだ。時々、人家まで出張ってきて食べ物になりそうなものを探すが、それに人間が餌を投げ与えるのでなく、キツネはキツネらしく危険を冒して犬小屋の餌をくすねるか、生ゴミを漁るかすればよいのだ。すべて彼らのやり方にまかせるのが最上なのだ。

 こう思い至り、11月初めのある夜、ついに生垣の穴を閉じた。その夜、突然、餌がもらえなくなったキツネ達は道路に面した表庭に集まりいつまでもウロウロしていた。「食べ物は自分で探しなさい」と彼らに呼びかけたが、勿論、キツネが私の本当の気持ちを分かる筈もない。次の日も、その次の日も、彼らは表庭でウロウロしていた。特にマチコはいつまでも、夜遅くまで待ち続けていた。

 ついに根負けした。その夜は、一匹だけ残っていたマチコだけに餌をやった。しかしキツネ同士で会話をするのだろうか、次の夜から、常連が表庭に集まり、いつまでも立ち去らなかった。彼らは犬と同じくらい賢いから、待っていればマチコのように餌をもらえると知っているのだ。三日目、彼らがかわいそうになり、ついに我慢しきれず、全員に餌をやった。なんのことはない、いままで裏庭でやっていたことを車と人が時々通る表庭にうつしただけだった。

 それは、二週間くらいつづいたが、ある日、もう本当に止めようと一大決心をし、実行に移した。気弱くも再び狐達に餌を与えていたが、結局、私のやっていることは自然の掟を捻じ曲げているだけなのだ。マチコは、人間の餌が無くても生きてゆけるだろうし、チョロ太もマチ太もイジメッコも、叩いても死にそうにないタフな狐だし、大、中、小の生き死にも自然に任せたほうが結局、かれらのためだ。

 しかし、人間、そう簡単に理屈どおりに思い切れないものだ。表庭で、沢山のキツネがうろうろしている中、マチコは、芝生の真ん中あたりで、いつものように食べ物をもらう時の姿勢の「きつね坐り」をして待つようになったが、その姿をみると、にわかに可哀そうになり、思わずパンをやりたい衝動に駆られた。だが、なんとか自分を抑え、「マチコ、ごめんな」と呼びかけた。

 次の日、ローンモアで裏庭の草を刈った。ピッコが死んでいたその跡は、丁度狐が横たわっているように頭、胴体、脚、尻尾がハッキリわかる形で草が枯れていた。死体が腐敗する過程で腐敗熱が草を枯れさせたのだろう。しかし根までは、死んでないから、いずれ草は生えてくる。しかしビッコが死んですでに5〜6週間、経ったのに、そこの草はなかなか生えて来ない。まるでビッコのひもじい、食べたい、という執念がそこに焼きつけられているようだ。可哀そうなことをした。
(2008.1.15.)
text ©Denzo Takano

筆者・デンゾー高野のこと
 イギリス在住のフリーランス・ライター。アングロサクソンの歴史と彼らをめぐる現代の世界情勢に興味がある。

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