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第1章 反「IT革命」は間違っている(部分)
‥‥ところで、日本の企業はIT革命をどのようにとらえているでしょうか。
「IT革命云々ということについては、当社はほとんど意識していません。というのもITという言葉がない頃から、当社は経営の効率化をはかる経営システムを考え、精度の高い鉄をつくりつつ、それをいかに効率的に販売していくか、その一貫したシステムをコンピュータ化させてきました。要はITをいかに理解して、経営に取り入れるかということなんです」(新日鐵秘書部広報センター)
「当社はもう15年も前から、今でいうITを取り入れています。たとえば、それまですべて熟練工、つまり人手に頼っていた溶接や、港湾のクレーン操作など、コンピュータ管理をしています。鉄板切断でもIT技術を独自に駆使して無駄を省き、効率性を追求している。当社は、これに対応するエンジニアを社内で養成し、そのため今では別会社までつくってそのIT技術を販売するまでになっています」(三井造船広報室)
これらはいずれも、重厚長大産業が「淘汰」されるのではないかという危惧に対しての反論ですが(『週刊新潮』2001年4月19日号)、どちらにも共通しているのが、「IT以前からITを導入していた」ということです。IT以前とはインターネット以前ということでもあります。実際には、コンピュータ技術を生産と販売に活用して「効率化」をはかったということでしょう。日本では、いまもITとはコンピュータを使った技術のことと理解されているようです。
インフォメーションがビジネスを動かし、会社の体質まで変えるし、そうしないとフューチャー・カンパニーとして生き残っていけないというところの認識は、いまも確立していません。
オンライン・メディアの『ビジネスウィーク・オンライン』(2001年4月18日)で、ケン・ベルソンという東京在住の通信員が、日本企業に対して、次ぎのように警告しています。
「経済成長のキーはインターネットにある。早い時期に対策を立てないと、経済はさらに落ち込んでいくだろう。グローバルな競争力をつけるには生産性を上げていくほかにないのだ。アメリカやヨーロッパのものを改善し活用するのが得意な日本が、インターネットについてはそれをしないのは不思議なことである。権力者たちは、寄ってたかってイノベーションを圧殺している」
この東京レポートには、ワシントンD.C.の国際法律事務所デューイ・バランタインの報告が引用されているが、そこには、「ネットは、国内の既得権益をあやうくする危険をはらんでいるのである。いままでもそうだが、自らが時代遅れになっていることを簡単に認めない連中が、日本にはたくさんいるのだ」
ベルソン通信員は、さらに具体的に、NTTによるネット・インフラ支配、光ファイバーをはりめぐらそうという日本政府案の利益誘導的性格、新株発行に資産の裏付けを義務づける商法の不合理、厚生年金の硬直性、あるいは、ストック・オプションがキャピタル・ゲインにならない税法の不当性など、インターネット環境の構築を阻害している要因を次々に批判しています。
企業にしろ政府にしろ、このような時代錯誤が平気で罷り通っている背後には、重要な問題が見え隠れしています。それは、インターネットを受け入れたくない「気持ち」です。馴染みのない観念に対して、これを理解し克服しようという、ポジティヴな姿勢が形成されずに、なるべくなら避けて通ろう、後ずさりして向こうが通り過ぎていくのをやりすごそうという、ネガティヴな姿勢に終始しようとする。日本人の間に、こうした意識の萎えが生じているのではないでしょうか。
明治以来、日本を引っ張ってきたのは、進取の精神でした。とくに、欧米に学んで近代化を成し遂げたエネルギーはすさまじいものがありました。また、戦後の日本経済の牽引車となったホンダやソニーなどの活躍は、世界中を瞠目させたものです。
しかし、日本人は高度成長を成し遂げたあたりから、前進する心を失い、停滞しときには後退することをよしとする方向へ転換をはじめたようです。バブルの崩壊は、この後ろ向きの精神に拍車をかけることになっています。
本来なら、積極的に受け入れ、活用するはずのインターネットに対してみせる「ひるみ」は、このことをもっとも雄弁に物語っています。インターネットの核心と言えるデータについて、この点を見てみることにしましょう。
しばらく前に、『タイム』誌が、21世紀の「もっともホットな仕事」を列挙したことがあります。ビジネス・コンサルタントのトム・ピータースによれば、アメリカでは、今後10から15年の間に、現在のホワイトカラーの仕事の9割は消失すると述べています。仕事は大転換しようとしています。そこで、いったいこれから何を目指してキャリア・チェンジをしていけばいいのかが、大問題になるでしょう。
『タイム』の挙げた未来職種には、肝臓や心臓をつくる体組織エンジニア、遺伝子プログラマ、あるいは、遺伝子変換食物の生産者など、バイオ関連が多いのですが、なかに、「データ探偵」という新職業があります。これはインターネットによって膨大なデータが入手可能になったけれど、自分のほんとうにほしいものを見つけるのは、きわめてむずかしい現状への回答のひとつです。データ探索のプロが代わって探す、新手のサービス業ということになります。
もっとも、正確にはこれは、すでに存在した職業のようです。と言うのは、『IT革命? そんなものはない』のなかで、共著者のひとり柳沢賢一郎氏が、ネットが普及する以前にデータベースをサーチするサーチャーというプロがいたことを指摘しています。そのころはパソコン通信の時代で、企業などの依頼を受けて、データを絞り込みながら探すのですから、やはり「探偵」だったのでしょう。
ともあれ、インターネットに蓄積されているデータは、「データ探偵」が仕事として成り立つくらいに日々に巨大になっています。怪物のようなウェブを相手にするユーザはデータの海におぼれて、もがき苦しんでいる状態です。たしかにサーチ・エンジンはいくつもありますが、いずれの「エンジン」も十分ではありません。その性能は大同小異で、この大海を航行するにはものたりません。
1994年に、インターネットに初めて登場したサーチ・エンジンのライコスは、54,000ページをインデックスするところからはじめました。ところが、2000年7月の段階で、ヤフー、グーグルなどのエンジンに集められているドキュメントは10億ページにのぼっています。当然、その後も増殖をつづけているわけです。しかし、これでも、実際にウェブ上に流通しているデータの500分の1に過ぎないと言われています。まさに氷山の一角です。現在行われている検索という手続きではページまでは明らかになりますが、そこからデータベースの奥深くへは入れないからです。
結果、だれもかれもがサーチ・エンジンに対して不満を抱きます。これではほしい情報が入手できません。せっかく、インターネットという宝の山を発見したのに、そこからほしいものをかくとくできないとあっては、宝の持ち腐れになってしまいます。
さて、どうするかが問題になります。
広大な「見えないウェブ」を探索して、データを探すデータ探索ソフトの開発がはじまりました。これは、通常のサーチエンジンにあるページばかりでなく、データベースそのものに入り込んで、情報をピックアップしてくる「優れ者」である。有料ソフトであるうえに、結果が出るまで、長い場合には1時間半もかかります。一般向きではありませんが、企業や研究機関、あるいは大学などでは、威力を発揮します。
サウス・ダコタ州のインターネット・コンテンツ企業レッドプラネットでは、「レキシボット」という探索ソフトを発売していますが、同社によると、このソフトで探せるデータの95パーセントは無料だといいます。
「特殊エンジン」への需要も高まっている。「レキシボット」のような「中央集権」化された方法ではなくて、限定された分野の情報をカスタマイズして探してこようというものです。
どちらの場合にも、インターネットの拡がりと深まりに対応して、新たなビジネスが興っています。測り知れない情報を抱え込んでいる海を探検し、隠れた資源を発見しようとするアドヴェンチュア・スピリットが、ここには感じられます。
しかし、日本では、このようなインターネットのはかりがたさは逆に、「だからインターネットはダメだ」という例として使われているのに驚かされます。
柳沢 本当に、時間は食うし、自分が欲しいと思ったものにピタッとくるものがまず手に入らない。あるときは、情報が多すぎて、何千件もヒットしてしまうということもあるし、間違うと「0件です」と、なにもなかったりする。これはちょっと、神業的なある種の勘が必要ですね。(『IT革命? そんなものはない』)
手続きが煩雑だったり、的確でなかったりして、欲しい情報にたどりつけないというのである。さらには、情報そのものにも信がおけないと考えているようです。
柳沢‥‥都合の悪い情報は、企業であれ、個人であれ自分からは出さないのは当然のことですが、どこかを探すと都合の悪い情報はあるんですね。でも、それは誹謗中傷のたぐいであって、それは個人がある企業やある個人を主観的に評価したものです。その人の個人的な観点からの評価であって、それに客観的な意味があるかどうか、使用するに足りる情報であるかどうかはまったくわからないし、信用できるかどうかという観点から言ってもまったくわからない。(『IT革命? そんなものはない』)
山のような情報があることはわかっています。しかし、そこへともかくも分け入ってとってくるのではなくて、その手前で立ち止まって考えているような感じがします。インターネットを眺めやり、そこに至る道筋や、そこに隠されている「宝」の価値について、疑問を呈しています。ゴミだけしかないか、そこにきらりと光るものが混じっているかは、掘り返す努力をしつづけないことにはわかりません。
ここには、インターネットを前にして、尻込みしている日本人のいまが、はっきり見て取れるのではないでしょうか。
IT革命において、企業活動や流通のIT化といった、実戦的課題はもちろん大切ですが、日本の社会と日本人自体が、インターネットを「我がもの」にしようとして、心を開き、そのために努めないかぎり、完遂できるはずがありません。‥‥
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